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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三部
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第七十八話 訓練

 セラムはバッカスを訓練場に呼び出した。様々な武器の中から指揮官用のサーベルに形状が近い木刀を物色しつつ、バッカスに声を掛ける。


「悪いな、付き合ってもらって」


「いや、俺はかまいませんが、何で俺なんですかい? 俺は人に教えた事なんざねえし、ましてやタイショーみたいな身分の高い方の相手なんざ、普通だったら候補の端にもかからねえ。訓練ならフィリーネの嬢ちゃんでも十分に強い気がしますが」


「身分ってそんなに重要かね? バッカスは僕が知る限り一番強いからな。全力でかかってもお前相手ならお互い怪我をする心配はないだろう?」


 付け加えるならば、フィリーネの専門は暗殺だ。強いが、真っ当な戦闘となるとバッカスには勝てない。様々な武器を扱えるバッカスは、自分の向き不向きを見る上でも適任と言えた。


「タイショーはほんと身分を気にしませんよね。俺みたいなもんを信用してくれるし」


 バッカスは照れているのか、少しにやけて頭を掻いている。


「人を疑って生きるよりは人を信じて生きた方が楽だ。立場がそんな生き方を許さない場合もあるが、自分の生き死にだけで済む事なら信じたいのさ。っと、これくらいかな」


 丁度良い長さの木刀を見つけ、抜く。練習用の物とはいえ、材質は木そのもの。それなりに重量もあり、竹刀と違って本気で振り回せば骨くらいは折れそうな代物だ。

 竹刀も開発するべきだな、と考えながらセラムは一、二度振ってみる。力が足りずに少々振り回される感がある。


「さて、どうすればいい?」


「んー、取り敢えず打ち込んできてもらえますかね? タイショーの実力を測らんとなんとも言えやせん」


「分かった」


 と言っても剣道は中学校の授業でやったきりだ。遠い記憶から型を思い出し、足を前後に広げ正眼に構える。

 かたやバッカスは長い棍を肩に乗せ力を抜いている。どう見ても隙だらけだが……。

 摺り足で剣の間合いの一歩後ろまで近寄ると、気合一閃、胴を見舞う。


「はっ!」


「よっと」


 乾いた音がして、棍の反対側を狙った胴がいとも容易く受け止められる。

 構うものかと剣を引き、やたらめったらに面、胴、小手を放つ。が、全て片手で受け止められると、間隙を縫って腹を小突かれる。

 皮鎧の上からとはいえ、衝撃で半歩後退し動きが止まる。


「うっ」


「そこまで」


 バッカスが棍で地面を突き、空いている手で首の後ろを掻いた。


「……言い辛そうだな。遠慮なく言ってくれ」


「んー、タイショー。正直に言いますと、才能ないですわ」


「本当に遠慮なく言ってくれたな……」


 だが、自分でも予想できていた事だ。剣を振り回しただけ、どころではない。ただ振り回されていたと言った方が正しい。


「そもそも何で訓練しようと思ったんで? 別にタイショーが率先して戦う必要もないでしょうに」


「……あの時」


 セラムは俯き加減に訥々(とつとつ)と話し始めた。


「森の中を退却していた時、僕が真っ先に捕まっただろう? あれで思い知ったんだ。戦場で想定外の事が起きれば、僕は間違いなく足手まといになる。それじゃあ駄目なんだ。せめて自分の身くらい守れるようになりたい」


 バッカスは黙って聞いていた。彼なりに真剣に返答を探しているようだった。生兵法は怪我の元という言葉があるが、武芸者である彼は、中途半端に習うよりは突き放そうとしていたのだろう。だが真剣な者には真剣に返さなければならない。


「そういう事なら相手になりやしょう。けど俺は人に教えた事なんてないから、何でも教わろうっていう姿勢ならその場でやめにしますぜ」


「了解だ」


 踏み込みと同時に放った面を即座に払われ、木刀が手を離れて飛んでいく。


「剣速が遅い以前に挙動が分かり易すぎます。それじゃあ犬も殺せません」


 フェイントを織り交ぜた袈裟切りは、防がれると同時に棍先を肩に当てられる。


「引きが致命的に遅いすっね。タイショーの力ではその剣は長すぎるんじゃないっすか?」


「普段持ってる指揮刀がこのくらいだからなあ」


「別にそれで戦う必要もないでしょう」


 まあなあ、とセラムは短い木刀を探す。振ってみて無理が無い物となると、少し大きめのダガーくらいの物になった。

 どう扱えば良いのか迷い、試しに半身に構える。

 ふっと息を吐くと同時に踏み込み、突きを繰り出す。木刀の先を棍で受け止めるという離れ業をされたが、構わず二撃、三撃と突く。

 三撃目で横に受け流されたところで手首を捻り、体ごと前に倒れるようにして横に薙ぐ。それさえも完璧に受け止められ手に痺れが走ったが、漸く初めてバッカスに半歩分足を動かさせる事に成功した。


「っく~~」


 手をぶんぶんと振って痺れを取る。


「さっきよりも随分と良くなりやした。けど、このままだといつ攻めてくるのかが丸わかりですね。ちと俺から攻めてみますんで、避けてみて下さい」


 お互い二歩分離れ、セラムは先程のように半身に構える。

 バッカスは棍で肩をとんとんと叩きつつ無造作に立っている。セラムはその一挙手一投足を見逃すまいと棍の行方に集中する。

 バッカスは手加減してくれていたのだろう。棍の軌道は見えていた。だが体は何の反応も出来なかった。気が付いた時には肩のところで寸止めされていた。一瞬遅れて風圧が頬を叩き髪をなびかせる。

 もし実戦だったら肩口から縦に裂かれ絶命していただろう。死んだ事にすら気付けないかもしれない。セラムは冷や汗が垂れるのを自覚して、震えた声で聞いた。


「……凄いな。今何をやった?」


「ただ振り下ろしただけですよ。相手の呼吸に合わせてね」


「呼吸?」


「ええ、タイショーが息を吸った瞬間に攻撃したんです。人間息を吐く瞬間が一番力が出ますが、その逆で息を吸う瞬間に急に動こうとすると硬直するんです。だから相手が息を吸う時に息を吐きながら攻撃すると反応しづらい」


「ああ、確かに」


 思えば習っていた格闘技でも呼吸の大事さを説かれていた。忘れていたわけではないが、その理論を実戦レベルで使われた事は初めてだ。


「じゃあ今の要領でやってみて下さい」


「簡単に言うけどな……」


 バッカスの口元や肩をじっと見て動きが無いか気を付けつつ攻撃の機会を窺う。しかし、狭まった視界外から棍が飛んできて頭を軽く叩かれる。


「あたっ」


「凝視してどうすんですか」


「そう言うがな……」


 いきなり呼吸を読めと言われてもどうすれば良いか分かるものではない。頭を押さえながら口を尖らせるセラムに、バッカスは自分の目を指さして言う。


「戦う時は相手の目を見る。手練れでなければ相手の心理が目に出ます。呼吸は耳と間で計る。生きている以上息を吸う瞬間は必ずあります。敵が吸いたい時を考えるんです。例えば攻撃の後、大振りが来る時の予備動作の時なんかですかね」


「お前さっきそこら辺の事やらなかったよね」


「すいやせん、タイショーの行動が面白くて」


「わざとかよ」


「敵が息を吸う時に攻撃し、こちらの呼吸は読ませない。あとは攻撃と防御をきっちりと分ける事でさあ。分かり易いように攻めと守りを交互に繰り返しますんで、タイショーもそれに合わせてみてくだせえ。俺は片手しか使いやせんが、もし俺の体に一回でも打ち込めれば大したもんです」


 バッカスは比較的ゆっくり、軽く打ち込んでくる。左肩を狙った一撃目、右肩を狙った二撃目までは木刀を合わせるものの、下段を狙った三撃目に反応しきれず足で受けてしまう。手加減されているため左程痛くないが、一度食らうと立て直す事が出来ず、続く四撃目、五撃目も無様に当たる。

 連続攻撃が終わり棍を引いたところでバッカスが分かり易く音を立てて息を吸う。セラムは逃すまいと斬りつける。棍で受けられるも、素早く木刀を返し、薙ぎ、突く。

 最後の攻撃を跳ね返し、バッカスが攻勢に転じる。セラムは後方に飛んでやり過ごすが、追いかけてくる棍を躱すために距離を取り続けねばならず、立て直す事が出来なくなってしまった。結果、バッカスが棍を引いた時に攻めに転ずるタイミングを逸し、逆に横薙ぎの一撃を受ける。


「そこまで。跳ね上げられた剣に拘らず飛んで躱したまでは良かったです。しかしその後がいまいちでしたね。どっかで受けるか、懐に飛び込まないとジリ貧ですよ。結局攻撃しないと敵は止まりやせんからね。攻撃は最大の防御っつうか、敵を殺さなきゃいつかは敵の攻撃に捕まります」


 その後の訓練はもう滅多打ちだった。軽くとはいえ、何度も叩かれれば痛みが勝る。動き回り疲れ切って、呼吸も切れ切れになる。だがセラムは弱音を吐かなかった。足がもつれ、地面に顔を打ち付け砂を噛む事になろうとも起き上がる。

 打たれ続ける内にセラムは昔の事を思い出していた。格闘技を習い始めた頃の気持ちを。


(強く、もっと強く)


 あの時はまだ若かった。他に手段を知らなかった。ただ目的の為に修練に打ち込んだ。


(守れるように、もっと強くあれ)


 止まろうとしないセラムに、バッカスの制止が入る。


「タイショー、流石にもうやめた方が。これ以上はタイショーが倒れちまいやす」


 言われて、セラムはふらふらと壁際にある木刀置き場に足を向ける。そのまま壁にもたれ座り込み、乱れた息を整える事に集中する。


「タイショー、強くなるのは結構な事ですが限度ってもんがありやす。そこまでになる程訓練しなくてもいいでしょうに」


 セラムは焦点が定まらない目のままで答える。


「僕はな、守れるように強い男になりたかったんだ」


「は?」


 バッカスが疑問符を浮かべる。

 セラムは幼馴染の女の子の顔を想い浮かべていた。好きな人を。


 ――沙耶を守れるように強く。


「才能は無かったがな」


 セラムは自嘲を浮かべ立ち上がる。持っていた短木刀を腰の後ろに差し、木刀置き場から長めの木刀を抜く。


「最後にもう一本」


「それ最初の木刀じゃないですか。いいんですかい? それで」


「ああ、少し掴めそうなんだよ」


 セラムは半身に構えて木刀を後ろに引く。最初に試した剣道の構えではなく、重心を前に置き、体で剣を隠すように切っ先を後方へ。

 バッカスは今までとの違いを感じながらも構えは取らない。ただ右手で無造作に棍を持っている。


「はあああああああ!」


 セラムは守りを考えずに走り、木刀を振りかぶるように袈裟切りに。

 バッカスは反射神経だけでセラムの木刀目掛けて斬り上げる。乾いた木が激しくぶつかり、撃音と共に木刀が跳ね飛んでいく。

 否、そう仕向けたのだ。握りをわざと緩くし、インパクトの瞬間手から抜いた。隠していたのは剣の軌道ではなく握りだったのだ。そのまま素早く腰の後ろに手を伸ばす。


 ――狙いは二の剣!


 その動きをバッカスの目が追いかけるのが見えた。だが、棍を持つ手がそれに連動するよりも速くセラムの右手が腰の短木刀を引き抜き、バッカスの胴に向かって滑り込む。

 激しく打ち付けた音が鼓膜を震わせる。


「お見事……!」


 必殺の剣は届かず、短木刀はバッカスの左手で掴まれていた。


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