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少女と戦争  作者: 長月あきの
第一章 第一部
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第十五話 夜はまだ

 空馬車を余分に連れてきたのが功を奏した。だがそれでも足りない程に負傷者は多い。

 セラムは緊急避難の大義名分のもと苦汁の決断をした。


「アドルフォ副将軍、街の荷車を接収しても?」


「許可します。引き続き残兵の誘導を頼みます。私は防衛の指揮を執りますので」


「分かりました。荷車に予備の馬具を取り付けて! 走れる人は走って門前の広場に集合!」


 味方の筈のヴァイス兵が街の備品、私物を奪っていく。これでは強盗だ。勿論ヴァイスの領地なのだから不要な略奪はしない。だが街の人にしてみればどちらの軍にせよ迷惑だろう。

 これが戦争。これが現実。分かっていた筈だろうセラム。そんな事はとっくに理解していた筈だ。だがこれでは。


「くそ!」


 思考のループに嵌る。

 綺麗事では済まされない事は理解していたつもりだが、不条理を強いる側にいる事にセラムは苛立ちを感じる。「命令だ」と言われて従う方が気が楽だろうか。いや、そもそも家でじっと待ってる選択だってあった。ゲーム上ではまだセラムは表舞台に立っていない筈なのだから。


「莫迦か僕は」


 そんな事は散々考えたじゃないか。今になって蒸し返す話じゃない。


「他にはいませんか!?」


「こっちを手伝ってくれ! 動けない奴がいる!」


「はい!」


 頭を切り替えてセラムは次の傷病者の元へ向かう。


「うぅっ」


 そこは今までよりも凄惨な現場だった。血だらけの兵士が応急手当てもなされずに折り重なるように固まっている。

 セラムはその中の一人に肩を貸そうと走り寄る。


「もう大丈夫です。今……」


 肩に回すべき腕が、無かった。

 明らかに致命的な出血量。セラムは自分の血の気が引いていくのを自覚した。


「殺してくれ……」


「何を言ってるんです! 絶対に、見捨てません!」


 セラムは体が血に塗れるのも厭わず背でその重傷者を支えようとする。


「いいんだ。もう、手遅れだ」


「莫迦を言わないでください!」


 現代医療なら助かるんだ! 今すぐ医者に診せれば助かる命なんだ!


 重傷者の体重を支えきれずセラムが潰れる。それでも上体を起こし膝で支えながら一歩一歩進もうとする。


「何をやっている!」


 背中が軽くなった。援軍に来た兵士が重傷者を乱暴に引っぺがしたのだ。


「まだ助かるかもしれないんです! 馬車に……」


「無理だ! この傷では助からん!」


 そう言って兵士は短剣を抜く。


「何を……!」


「遺言はあるか」


「いや、いい。……もう痛くて死にそうなんだ。早く楽にしてくれ」


「そうか」


 セラムは動けなかった。その首に短剣が突き立つ光景を、顔に掛かる血飛沫を受け止めるしかなかった。


「うっ」


 誰のとも分からない家の壁が吐瀉物に塗れた。

 分かっていた筈なのに。ここに現代医療の技術や設備なんて無い。そんな時間も無い。彼が助かる見込みなんて万に一つも無かった。理解わかっていた。ただ目の前で人が死ぬのを見たくないだけだってのは。

 兵士は、涙と鼻水を垂らしながら口を拭うセラムに見向きもせず作業を進める。


「大丈夫ですか?」


 そんなセラムに声を掛けたのはヴィルフレドだった。


「無理をせず休まれた方がよろしいかと」


 この地獄の中、ヴィルフレドはこれ以上無い程に気を使ってくれている。だがその言葉の意味するところはセラムにも分かる。覚悟の決まっていない者など、この戦場では邪魔なだけなのだ。

 冗談じゃない。態々邪魔をしに来たわけじゃない。固めてきた覚悟の量が足らなかったなど、認めるわけにはいかない。


「大丈夫です。やれます」


 セラムは意思に反して垂れ流れる涙を拭い言う。ヴィルフレドもそれ以上は何も言わず自分の作業に戻る。再び地獄に入り、選別が終わった重傷者を空馬車に誘導する。

 重傷者を乗せた馬車が粗方広間に集まった頃、アドルフォが戻ってきた。

 アドルフォはセラムに駆け寄りその赤黒く染まった顔を見下ろす。


「敵は防壁に張り付きもうあまり持ちません。私はこのまま指揮を執り殿を務めます。セラム殿は皆と一緒に退避を」


「僕も一緒に……」


「駄目です。あなたを守る余裕はありません」


 アドルフォがぴしゃりと言った。


「あなたは先頭で兵を先導してください。大事な役目ですよ」


 やんわりと一番安全な位置にセラムを配置する。つまりは戦力外なのだ。だが役割は与えてくれた。やれることが残っているならば従わない理由は無い。


「アドルフォさん、どうかご無事で。貴方はまだ死んではいけない人だ」


「私も死ぬ気は無いよ。さあ、もう行きなさい」


 潤む目を伏せてセラムが踵を返す。ヴィルフレドの馬に乗り後ろを振り返る。アドルフォ達が向かった方角が明るくなった。

 炎の紅を見ながらセラムが呟く。


「絶対戻ってくる……!」


 守れない。今の僕ではあまりに無力だ。自分一人では何も出来ない。力を付けなければ。腕力、知力、権力、財力、何でも良い。この不条理を吹き飛ばすための力を。


「これより退却を開始する! 我に続けー!」


 セラムを前に乗せたヴィルフレドが馬上から号令を掛ける。

 闇の中、松明の明かりに導かれてヴィグエント防衛軍は走る。夜はまだ明けない。


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