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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三部
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第七十四話 祭りの夜

 年越しの夜、王都インぺリアは不夜の都のようだった。

 街中が浮かれ、あちこちに焚かれた火の周りで踊る人々。多くの国民が日の出を待つ間こうして騒ぎ新年を待つ。機械式の時計がまだ無いこの世界では日が落ちている間は年末、日が昇って初めて新年となる。そして初曙光と共に身に着けていた帽子や小物を空へ投げて新年の始まりを祝うのだ。

 セラムはこの世界での初めての年越しに落ち着かない心持ちながらも、この後の「新年の儀」の準備を進めていた。新年の儀とは日の出後の国王の挨拶である。国王が民の前に姿を現す式典だけあり、警備には軍部が総出であたる事になっている。

 今回の新年の儀は特に重要な意味を持つ。その場で国民にレナルド王の崩御、そしてアルテア王女の戴冠式の日取りを公表するからだ。

 何かあってはいけない。セラムは現場指揮官として警備の陣頭に立っていた。しかし異国の地で初めて迎える正月の祭り、気にならないわけがない。浮かれ騒ぐ国民の様子をちらちら見ながら雰囲気だけでも味わえたらと思ってしまう。

 その想いが外に出てしまっていたのだろう、隣の士官がセラムに話しかける。


「少将、休憩を取って少しくらい祭りを楽しんでも罰は当たらないのでは?」


「ば、莫迦者、責任者が現場を離れてその間に何かあったらどうにもならんじゃないか」


 将校の気遣いはありがたいがこればかりは部下に押し付けるわけにもいかない。セラムは将校の言葉に心を動かされながらも自制する。


「行っても良いぞ」


 不意の言葉に驚き振り向く。そこには義足に片杖姿のアドルフォが立っていた。


「アドルフォ大将! こんな所まで歩いてくるなんて大丈夫なのですか?」


「ずうっと座りっぱなしでは却って調子が悪くなるもんだよ。それに私だって偶には現場に出たい。私が居れば少将が席を外しても問題無いだろう?」


「しかし僕だけそのような事は流石に、皆に悪いというか……」


「王都の警備に将校二人もいらんよ。それとも何か? 私の現場復帰という滅多にない機会を潰そうというのかい?」


「いえ、そんなことは……」


「なに、少将にはいつも世話をかけている。君が誰よりも忙しく多くの仕事をしている事は皆分かっている事だ。こんな時くらい楽しんでも誰も咎めやせん。ただ新年の儀が始まるまでには戻ってきてくれよ」


「……はいっ」


 照れ笑い気味にセラムが返事をする。ぺこりと頭を下げすぐさま街の喧騒の最中に駈け出そうとし、はたと自分の服装に気が付いて慌てて引き返す。このままでは公務中だと思われてしまう。せめて私服に着替えなくては。

 動きも賑やかに去ってゆくセラムをアドルフォと士官が微笑ましく見送った。


「助かりました、アドルフォ大将。どうやってセラム少将に休憩を取っていただくか考えあぐねていたところです」


「私も彼女にどう休んでもらおうかと常々思っていたのだ。彼女は本当によくやってくれているからな。せめてこんな日くらい年相応に振る舞ってもらいたい」


 子供が子供らしく振る舞えないのは大人の責任だからな、そう小声で付け加える。

 これは日頃の礼などではなくせめてもの贖罪なのだと。そして彼女の行く末に幸多からんことをと。

 アドルフォは心の中で懺悔と祈りをユーセティア神に捧げた。


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 セラムは王都にある館に戻ると普段着を物色しはじめた。年末から年明けにかけて家人は殆ど出払っている。メイド隊も全員休暇を取らせていた為、セラムは自分で服を選び着替える事となった。

 当然と言えば当然の事なのだが、今までこの国の服、そして女物の服の事に疎い事と忙しさを理由に、身の回りの世話をメイドに放り投げていた。完全に一人で着替えるのは戦場以外では久しぶりだった。

 セラムはプライベート時に好む楽な服装を手に取ったが、はたと思い直して吟味する。


「折角の祭りだし、今は一人だしな。ちょっとくらい可愛い恰好も良いか」


 思いがけない事とはいえ、女の子の体になったのだ。セラムとておしゃれに興味が無いわけではない。ただ普段は人目が気になり気恥ずかしいのと、楽だからという理由であまり女の子らしい服装をしないだけなのだ。スカートを履く時も必ず下にズボンを履く。例え正装時でもそのスタイルを崩さないのは、何かあればすぐに馬に跨がれるようにという軍人としての心構えもあるが、知り合いの前でスカート姿になるのが恥ずかしいという男心であった。

 しかし今は完全な休暇中、しかも知り合いの目もなく皆が開放的な気分になる祭りの日。滅多にないチャンスなのではと自分に言い訳をして服を選びなおす。


「つーか、服増えてるなあ。そういやベルが祭り用の服を拵えたって言ってたなあ。……格好良い系は似合わないだろうし、外は寒いから厚着で……いやいや折角だからチャレンジして。メイド達がこの日の為に作ってくれた服だしな。うん、厚意を無駄にするわけにはいかないしな」


 誰にともなく言い訳がましい独り言が多くなる。結局何かの理由を見つけなければ着る勇気がないのだ。

 物色すること暫し、セラムは自分の趣味に合致した服を見つけ出した。黒を基調とした緑と赤のチェック柄のワンピースドレス。胸と袖は白いブラウスのように見えるが、全て一体型になっていて着るのがとても簡単だった。下にパニエを着けている為スカートが広がって女性らしいラインを強調している。正面の編上げの紐と腰から伸びる前掛けが可愛い、北欧の民族衣装のようなドレスだった。

 セラムは姿見の前でくるりと回ってみる。スカートがひらりひらりと広がって自分の姿ながら見惚れてしまう。


「うん、良いじゃないか。ゴスロリのも気になったが流石にイタいだろうし、何より着かたが分からんしな。これに編上げのブーツを履けば良い感じになるだろう。個人的にはこの長くぶかぶかな袖から出る指がなんとも……。おおいかんいかん、時間がなくなってしまう」


少女と戦争外伝「メイドさんの凶悪」をシリーズに追加しました。

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