第十四話 戦火の街へ
目的は程なく達せられた。援軍が間に合ったのではない。砦から少し離れた所でダリオ副将軍を発見したのである。アドルフォは馬上のままダリオと相対する。
「ダリオ副将軍、ご無事で何よりです」
「来るのが遅いわ。敵はすぐそこまで迫っている、我々はもう撤退するぞ」
「それにしては随分と兵が少ない様子、他の部隊はどうされました?」
「貴様は阿呆か。食い止める兵がおらんと撤退出来んではないか」
ならば何故貴様はここにいる! セラムは喉元まで出た言葉を飲み込み歯噛みした。最後まで残り指示を出すのが指揮官ではないのか。
あまりの言い草に噛みつかんばかりのセラムをアドルフォが体で遮って話を続ける。内心はどうか分からないが口調だけは冷静だった。
「成る程、道理ですな。それで残った兵にはどのような指示を出されましたか?」
「死んでも食い止めろとしか言っておらん。奴らに止めてもらわんと背後が危うくなるからな」
アドルフォの背中から怒気が発せられたような気がした。表情は見えないが恐らくなけなしの理性を掻き集めて平静さを保っているのだろう。
「アドルフォ副将軍」
アドルフォが開きかけた口を遮ったのはセラムだった。
「今すぐ残った兵の退却を援護するべきです」
「何だ小娘、何者だ! 女子供がでしゃばるでないわ!」
「彼女はエルゲント将軍の娘です。私の判断で連れてきました。セラム殿、続けなさい」
「彼らは死兵となっても残る忠義者であり、長くいくさの無かった我が国において大規模な戦争の経験がある貴重な兵であります。敗戦を知った彼らは今後の戦いに必ず必要でしょう。絶対に助けるべきです」
只の我儘かも知れない。上司に見捨てられた彼らと、非正規雇用時代に切り捨てられた自分の境遇とを重ねてしまっただけかも知れない。ただ、許せなかった。こんな傲慢な人間にいとも簡単に切り捨てられた兵達を放ってはおけなかった。
「……我々はこれから三方に分かれて残存兵の撤退を指示、これを援護する!」
「アドルフォ貴様! 指揮官は私だぞ!」
「ダリオ副将軍、あなたはヴィグエント防衛隊の指揮官ですが、援軍部隊の指揮官は私です」
「……ちっ、勝手にしろ! 我が隊から兵は出さんぞ」
「了解しました。ではご武運を」
アドルフォはわざと慇懃無礼にそう言った。ダリオが去っていくのを見届けると隊を三つに分け、セラムとアドルフォ達は街へ急ぐ。
「セラム殿にも危険な場所に付き合ってもらう事になります。申しわけないが」
「いいえ副将軍。僕が自ら望んだことです。お気になさらず」
敵の妨害も無くセラム達は街に入る。北の方で残った兵達が文字通り死に物狂いで敵の侵攻を防いでいるのだろう。
街は負傷兵で溢れかえっていた。どうやらダリオは足手まといを全て置いていったらしい。
喧騒と怨嗟で溢れかえり、平時であれば気が狂いそうな空間の中、セラムは自分でも驚く程冷静だった。非日常より怒りが遥かに勝っていた。
アドルフォの指揮に混じりセラムも声を張り上げる。
「重傷者、脚を痛めている者を馬車に運んでください! 血が出てない者で弱っている者は糧秣を積んである馬車に押し込めて!」
助けが来た、と負傷兵達が生気のない顔を上げる。当初の予定より多めに持ってきた馬車がすぐに満員になる程酷い有り様だった。
「いてえっ……くそ、いてえ!」
「大丈夫です。王都まで行けば助かります。全員、絶対に見捨てません。一緒に行きましょう」
「まだ戦ってる奴がいるんだ。俺も戦わなきゃ、街が陥ちちまう。俺も……」
「貴方がたは十分に戦いました。後は我々に任せてください。さ、立ちますよ」
セラムもまた一人では動けない兵士に手を貸す。重傷者が集められたその場所はむせ返るような血の匂いで溢れている。このような惨状に慣れていないセラムは、胃の腑から込み上げるものを押さえながら必死で重傷者の体を支える。
「まさかこんな形で持ってきた馬車が役に立つとはな」
セラムが空き馬車に重傷者を誘導していると、近くまで来ていたイグリ軍団長がセラムに話し掛けてきた。
「ヴィル、セラム殿を頼むぞ。俺は北の防壁の様子を見に行く。その方を何事も無いよう護衛しろ」
「了解しました、イグリ軍団長」
そう言ってイグリは街の奥へ走っていった。彼なりにセラムの事を認めたのかもしれない。