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少女と戦争  作者: 長月あきの
第二部
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第六十三話 ホウセンという男1

 今この男は何と言った? 日本人? そう言ったのか?

 僕が異世界から来たとバレている? いや、この世界にも日本という国があるのか? 違うな、僕がヴァイス王国人だという事は明らかな筈だ。ならば何故そんな事を?

 もしかしてこの男も……?

 様々な疑問がセラムの頭に去来する。ホウセンの一言で明らかにセラムは動揺していた。


「あんたぁ分かりやすいなあ。嘘とか隠し事とか苦手だろ」


 ホウセンの嘲るような言葉に紅潮する。口に出さずとも見事に相手の聞きたい事に答えてしまったようだ。


「もしかして貴方も」


「ああ、日本人だ。いかにも胡散臭いゲームをやっててここに飛ばされた。あんたもそうか?」


 セラムがこくりと頷く。まさか同じ境遇の人間が他にもいるとは思ってもいなかった。

 自分一人ではなかった、その事実は手放しに喜べるものではない。少なくとも今は敵味方に別れている。ゲームのシナリオは意味を成さなくなり、道標も無い。だが世界にたった一つの異物だと思っていたものが孤独な存在ではなくなり、敵とはいえ仲間意識のようなものを感じる。


「まずは俺の方から話そうか。茶ぁ飲むか?」


「あ、お願いします」


 思わず普通に答えてしまったが、何かしら疑うべきかもしれないとセラムが思い直す。が、ここで毒殺などは意味が無いし、茶に細工する理由も思い浮かばなかった。少なくともこの場は本当に話をしたいだけなのだろうという結論に達する。

 ホウセンはティーポットを台座に置くと、指先から小さな火を出し、台座下のランプを燃やす。

 何もない空間に火が灯った現象に、これが魔法かとセラムが再確認する。魔力は見えなくともそれによって起こされる現象は見える。セラムとて今まで全く魔法に触れてこなかったわけではないが、目に見える魔法というのは初めてだったので物珍しそう見ていた。


「何だ、魔法を見るのは初めてか?」


「いえ、そういう訳ではないのですが、魔法が使えるというのはどういう感覚なんだろうと思いまして。どうやって使うのですか?」


「はっは、特別な能力を得るってのは気持ち良いもんだぜ。んー、まあどうせノワールの連中からいつでも聞ける事だしな。いいぜ、教えてやる」


 ホウセンは得意満面に頷き、楽しげに話し始める。単純に話し好きというか、根が明るい男なのだろう。口が悪くてもどこか憎めないのは悪気がないからなのか。


「まず自分に魔力があると分かっても形を成すのは難しいんだ。自分の中から湧き上がるこの物質をどうすればどのような現象になるか、そのやり方がまず分からない。多くの魔法使いは何となくで使ってる。俺らが電化製品を使えてもどんな原理か分かってないみたいなもんだ。それじゃあ効率的な魔力の運用なぞ望むべくもなく、出来る事といえばちっぽけな魔法が一つ二つ使える程度が関の山だ」


 確かにセラムが以前魔法使いの履歴書を見ていた時にも複数の魔法が使える者は珍しかった。それも日常生活が便利になる程度の効力でしかなく、例えば目の前の男がさらりとやってみせている「真空状態を維持する」などという魔法はお目にかかった事がない。


「アプリのないパソコンみたいなもんだ。OSすらないからどうやればどんな風に動くかが分かんねえ。どんな部品で構成されてるかは知っててもそれがどんな原理で役目を果たしてるのかなんて分かんねえだろ? 究極的には電気が通るか、通らないかで命令してるなんて言われてもミクロの単位すぎて全くピンとこねえ」


 ホウセンはティーポットを突付き、熱さを確かめて中の液体をカップに注ぐ。紅茶の良い香りが鼻腔をくすぐる。


「ほんとはコーヒーが飲みたいんだがな。生憎豆が見つからねえ。もし発見したら教えてくれよ。昔は毎日飲んでたからな、有れば是非飲みてえぜ」

「そうですね。紅茶も好きですが、僕もよく飲んでましたから気持ちは分かります」


 珈琲豆は暖かい地域に自生する植物だ。寒さが厳しいグラーフ王国領では採取出来ないだろう。長い間グリムワールで生活していて動植物に元の世界とかなり共通点がある事が分かってきたが、少なくともヴァイス王国でコーヒーをお目にかかった事がない。あるとすればノワール共和国の南の方だろうか。可能ならば是非輸入、栽培したいものである。


「んで、魔法の使い方なんだが、究極的に言えば具体的なイメージが大事なんだ。つっても思った事が実現するなんて簡単なもんでもねえ。そこで俺は定義付けをした。これは『何かを操る能力』だってな。出来る限界を設ける事で理解が及ぶものにしたんだ。けどまあさっきみたいな火を出す魔法は気付いたら出来てたやつだから例外だな。あれは魔力を炎に変換してる感覚に近い。俺にも原理がよく分かんねえ。便利な魔法なんだがよく分かんねえからあんま威力も出ねえ。それに比べて『空気の断層を作る』ってのは空気そのものを『操る』事で生み出した現象だ。魔力を周囲に張って、鎖を編みこむように魔力を強固にし、魔力と空気を混じらせて魔力で空気を移動させるイメージだ。どうも魔力は意識しねえと分散しやすくてな、陣を張るように魔力を形作るってのも強力な魔法を使うには重要だ。これがノワールで大規模魔法を開発した賢者マックスウェルの言う『術式』ってもんだと俺は解釈してる」


 魔力で空気を押し出し、戻ろうとする空気を力技で支える感じだろうか。しかし「何かを操る」なら出来る範囲はかなり広い。例えば相手の体液を沸騰させて殺す、なんて事も可能ではないだろうか。そうだとすると魔法使いに普通の人間は対抗出来ない事になる。


「それは人間相手にも通用する能力なのですか?」


「いや、それぁ無理だ。人間に限らず植物に至るまで有機物には効かねえ、抵抗レジストされちまう。無意識だろうがな。相手が寝てても気絶してても、試しに自分にかけようとしても無理だった」


 だとすれば魔法使いに出くわしたとして直ちに命の危険があるわけではなさそうだ。あくまで魔力が生み出した物質や現象によるもののみに殺傷力があるというわけだ。


「けれど、じゃあ治癒術師はどんな原理で?」


「それぁ俺にも分かんねえ。あれだけ魔法とは別モンなのか、まだ分かってないルールがあんのか。治癒術師ってのはユーセティア神の敬虔な信者が殆どって辺りになんかありそうだが、効く効かんにもかなり個人差があるみたいだし、貴重な能力だしで分からん事だらけだな。賢者マックスウェルが見つかれば何か分かるかもしれねえが、今は行方不明だしなあ」


 ホウセンも魔法使いとなって色々研究したのだろう。魔法に対しての造詣はセラムのそれとは比べ物にならない。そんな彼にも治癒魔法は手が出ない分野と言えそうだった。


「ここまで聞いておいてなんですが、敵である僕にそんなに情報を与えていいのですか?」


「まあ気にすんな、それで恩に着せようってつもりじゃねえ。それに今後敵になるとは限らねえだろ? 何せ初めて会ったこの世界での日本人、たった二人の仲間なんだからよ。それに……」


「それに?」


「敵味方に別れたとしても条件は対等な方が面白えしな。このままじゃ俺が有利すぎる」


 冗談かどうか判別がつきにくい言葉をホウセンはさらりと言ってのけた。


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