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少女と戦争  作者: 長月あきの
第二部
143/292

第六十二話 捕虜の身

 固く、冷たい感触の中でセラムはゆっくりと目を開けた。目の前には鉄製の地面。

 あれからどうなったかは分からないが、何故こうなっているのかは分かる。落馬した後気絶したのだ。捕縛され敵の陣営に連れて来られたのだろう。どうやら後ろ手に縛られ檻の中に入れられているようだ。目を覚ました時鉄しか見えなかったのはうつ伏せになっていたからだ。

 たかが小娘一人に随分と仰々しい。

 セラムは全身を軽く動かし、ダメージを確かめる。痛みはあるが、どこかが折れているとか、重傷な部位はないようだ。持っていた物も、取り上げられたのは剣くらいなもので、特に何かされた感じもない。護送を優先させ、ボディチェックもほぼしなかったという事だろうか。

 どのみちセラムは暗器の類いは持っていないし、あったとしても鉄の檻の中ではどうする事も出来ない。

 セラムは仰向けになって上体を起こす。どうやら本陣に運び込まれたようだ。周りには獣人族と思われる男達が立っている。


「どうやら起きたようだな」


 その中の一人がセラムの動きに気付いて声を掛ける。その声に周りの獣人達も寄って来る。

 セラムは頭の中で状況を整理する。バッカスやフィリーネ達がチカ将軍を連れて首尾よく逃げ切れていられれば自分は大事な人質だ。失敗していればどうなるか分からない。拷問、処刑、もっと最悪なのはゲルスベルグやヴァイス王国攻略の為の人質として使われる事だ。

 だが今は情報がない。どう動くべきかも判断出来ない。

 とにかく喜ぶべきは五体満足で生かされているという事だ。取り敢えずは今聞きたい事を端的に。此方は敵の将軍格なのだ。不要に下手に出る必要はない。

 セラムは楽な姿勢に座り直して近くの男に聞く。


「で、僕の処遇は?」


 目の前の男の眉がピクリと動いた。隣の男はあからさまに苛立っている。

 セラムは弱みを見せる事は得策ではないと判断した。チカ将軍が奪い返されておらず、今なお逃げまわっているのなら、弱気な態度は此方に策無しと思われかねない。ハッタリであろうともこの状況で自信を見せる事がバッカス達の援護になると考えた。


「答える必要は無い」


「ふん、そうかい」


 セラムは周りを見渡す。設営されたテント群や立っている獣人達から見るに、ここが敵の本陣という見方は正しいだろう。獣人族は侵攻軍の中核を担っている部隊だからだ。ここに根を張らざるを得ない状況というのは我軍にとって望ましい。少なくとも今はチカ将軍が確保されておらず、時間稼ぎにも成功しているという事に他ならないからだ。


「おい、あまりキョロキョロするな! って何だこれは?」


 苛立っていた男が持っていた棒でセラムの腰辺りから出ていた物を引っ掛ける。それはヴィレムのマフラーだった。どうやら腰鞄のボタンが取れてしまってはみ出していたらしい。

 男はマフラーを乱暴に持ち上げながら嘲るように言う。


「ふん、ただの首巻か。にしても長えな、自分の身長に合った物すら分かんねえのか。背伸びしすぎだろう」


「それに触るな!」


 セラムは声を張り上げた。何に腹が立ったのか自分でもよく分からないが、とにかくむかついたのだ。軽はずみに感情のまま動けば自分に不利になると分かっている筈なのに、譲れない一点だと思ってしまったのだ。


「何だあ? こいつあ大事な物なんか……っよ!」


 男が棒でセラムを小突く。構わず男を睨んだ。


「三度は言わんぞ。そいつに触るな」


「てめえ、立場分かってんのか! てめえにどれだけ俺達の仲間が殺されたと思ってる! しかも将軍まで攫いやがって! あの将軍がてめえらなんぞに遅れを取る筈がねえ! 何か汚え手を使ったに決まってる! 捕虜は! 捕虜らしく! 大人しくしてやがれ!」


 セラムの反抗的な態度に余計腹を立てたのだろう。男は何度も何度もセラムに棒を突き立てる。慌てて他の男達が止めに入っても怒りが収まらないままに棒を空振らせていた。

 セラムは口の中の鉄の味がする物を吐き捨てて睨み返した。その表情に男は更に顔を紅潮させる。


「こんのォ……!」


「貴様ら何をやっている!」


 奥の一際大きい陣幕から出てきた大男が怒鳴りつける。その大男を見るや今まで喚き散らしていた男も、その周りの男達も直立不動の姿勢をとる。


「立場が分かっておらんのは貴様のほうだ! 彼女に何かあれば将軍が危うくなる事すら分からんのか!」


 そう言ってその場の全員を容赦無く一発ずつ殴る。彼らの「軍隊式」なのだろう。殴られた男達は直立不動のまま大きな声で返事をした。


「「はっ、申し訳ございません! バルト副長!」」


 バルトと呼ばれた大男はバッカス並みの体格をしており、副長という立場に見合った強さを持っている事が見てとれる。

 そんな男に睨まれた瞬間、ビクリとセラムの身体が震えるが、意思を強く持ち震えを止める。


「セラム少将、参謀殿が会いたいそうだ。付いて来てもらおう」


 檻の扉が開けられる。とうとう処遇が決まるのだろうか。生かされるか殺されるか、どうなるにしてもその前に話を聞きたいという事だろう。

 目の前の男には話しかける事すら許さない雰囲気がある。四方を囲む兵も無言の中、セラムも黙って付いていく。暫く歩くと村跡が見えてきた。住民はおらず、グラーフ兵だけがたむろしている。村ごと接収したのだろう。

 酷い事をする。かつての住民達は皆追い出されたか殺されたか、いずれにせよ財産は全てグラーフ軍の物となったのだろう。その中で一番大きな建物に連れて行かれる。


「ホウセン殿、彼の者を連れて参った」


 元は村長宅だったのだろう、広い応接間のソファーには隻眼の男が我が物顔でふんぞり返っている。


「おう、あんたがセラム・ジオーネかぁ、ほんとーにガキなんだな」


「そう言う貴方は隻眼の軍師さん?」


「よぉく知ってんじゃねぇか。ホウセン・クダンだ」


 失礼な物言いの男ではあるが、さっきまで喋る事すら出来なかったセラムにとってホウセンは話しやすい男という印象を受けた。少なくともバルトのように拒絶感を発してはいない。


「ご苦労さん。下がっていいぜ」


「はっ」


 セラムを連行してきた兵達が退出する。バルトだけはホウセンの横に立ち、部屋には見張りの兵二人を含め五人だけになる。


「敵同士とはいえ折角の機会に恵まれたんだ。あんたとは色々話してみてえが……」


「報告です!」


 新たに入ってきた兵がホウセンとバルトに耳打ちをする。その報告を聞き、バルトの目が威圧的に見開かれる。


「馬鹿か。そんな奴等にかかずらっていねえで適当にいなしとけ」


 ホウセンの口調は相変わらず軽い。


「分かった分かった。そいつらは押し潰して早めに片付けちまえ」


 なおも耳打ちする兵にホウセンが五月蝿そうに追い払う。そしてセラムに向き直って言った。


「喜べ。チカちゃん取り逃したそうだ」


「それを言ってしまうのですかっ!?」


 セラムはホウセンの言葉より、バルトの大声にまず驚いた。一瞬遅れて耳を疑う。


「いいじゃねえか。どーせそのうちバレるこった」


「ホウセン殿はいつもそうだ……。まったく何を考えているのか」


 これがヴァイス王国やゼイウン公国を内紛に陥らせた策士だと、どうにもイメージが結びつかない。ただ、第一印象に引きずられると沼に嵌まる事になると思い出す。決して油断は許されない人物なのだ。


「にしてもあんたの部下には面白え奴がいるんだな。たった三十人程度で百倍の陣を思う様に掻き乱したんだってよ」


 バッカスだ。セラムは直感で分かった。そんな事をする奴はバッカスしかいない。先程の様子ではまだ無事なようだが、これからどうなるか。セラムは祈らずにはいられない。

 そんなセラムの胸の内を感じ取ったのか、ホウセンが「ふーん」と鼻から声を出して笑う。


「あんたは、作戦の成功を喜ぶより。自分の命が助かる事を喜ぶより! 部下の無事を祈るのか。やっぱり面白い奴だ」


 その言葉にセラムは何の不思議もない。いつも思っている事だからだ。


 ――当たり前だ。だって僕はあの約束を。


「僕は守るために生きている」


「くっぷはははは!」


 ホウセンが堪え切れず笑い出した。セラムは何が可笑しかったのか分からずキョトンとする。


「あんたイカれてるよ! 下手すりゃ俺以上だ! ははっはははは!」


 ホウセンは人目も気にせず疲れるまで笑い転げる。バルトも、見張り兵もその振る舞いに呆れるばかりだ。六将軍としての威厳もあったもんじゃないと言いたげな表情をしている。

 ひとしきり笑い、満足して元の姿勢に戻ったホウセンが見張り兵に命令する。


「俺はこいつと二人きりで話がしたい。縄を解いてやれ」


「捕虜を自由にした上で二人きりで話ですと!? いくら何でも危険です!」


 バルトが苦言を呈する。こんな品の無い男でも六将軍の一人だ。チカ将軍がいない今、副長として彼の身の安全を万全に期す責任が、バルトにはある。


「お前、俺がこいつに不覚を取るとでも?」


「そうは言いません、ですが万が一という事もあります。もし魔法使いなら体格で強さは分かりません」


「それは無い。俺はさっき魔力で陣を描いていた。もし見えたなら思わず身構えてしまう程緻密で大きな物をな。お前らがそうだったように、こいつも無反応だった。魔力が見えない魔法使いはいねえ」


「……だとしても何か武器を隠し持っているかもしれません。慎重を期して服の中まで検査を」


「こんなガキを辱める趣味はねえ。例え持ってたとしても何かする隙も見せねえし逃がすようなヘマもしねえよ」


「しかし」


「仮にだ」


 ホウセンが親指でセラムを指す。


「お前がこいつに不覚を取る事があるか?」


「あり得ません」


「ならお前が俺に勝てるか?」


 隻眼、痩身、だが筋肉質なホウセンが親指で自身を指す。身長が一回り、体重ならそれぐらいでは済まない差があるであろう屈強な男に向かって吐ける放言ではない。

 だがバルトは暫し考え、予想外に弱気な発言をした。


「素手同士、魔法なしの試合なら勝ちも有ります。何でもありなら難しいところです」


 セラムは内心驚いた。この軽薄そうな男は魔法使いだからという理由で強いという訳ではない。獣人族の部隊の副長を務めるバルトですらステゴロでいい勝負になると言っているのだ。つくづく見た目では判断出来ない男である。


「つーわけで借りてくぜぇ。おら、さっさと解いてやれ」


 自由になったセラムはホウセンの底知れなさを不気味に感じつつ、大人しく付いていく。奥の書斎らしい部屋に入るとホウセンが扉を閉める。

 本棚と机と椅子と窓、それにティーセットしかない殺風景な部屋だった。妙に用意が良いところを見ると始めからこうするつもりだったらしい。


「さて、と。たった今魔法で部屋の周りに空気の断層を作った。俺が真空の壁を維持してる間は外に会話は漏れねえ。これで心置き無く話せるわけだ。んでまず聞いときたいんだが」


 ホウセンは軽快に言葉を滑らせる。周りを見渡していたセラムがホウセンの方を振り向く。

 相も変わらずニヒルな表情を浮かべているホウセンが、まるでコップでも取ってもらうような軽い口調で言った。


「あんた、日本人か?」


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