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少女と戦争  作者: 長月あきの
第二部
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第六十話 カルロの苦難

 一方、ノワール共和国ではリカルドとカルロがノワールの魔法使い隊と合同訓練に励んでいた。


「観測隊から手旗信号、右・五・メートル・奥・十五・メートル・着弾」


「聞いたか! 目標修正、集中開始……撃てー!」


 魔法使い隊が何十にも増幅させた火炎球を放つ。巨大な火の玉は放物線を描いて目標物付近に着弾、直後に炸裂し周囲に火の雨を降らせ、さながら焼夷弾のように広範囲を焼き払った。

 ノワールの大規模魔法とは、多人数が複数の魔法を組み合わせ、相乗効果により戦術級の威力を持つ事に成功させたものだった。

 その分制御が難しく、目標に正確に当てるのは困難を極める。それを可能にしたのがセラムが考えた弾着観測だった。

 まずは大まかにアタリをつけて一発撃つ。この時適度に力を抜き、連射態勢を整えつつ同じ感覚で撃てるように威力は下げないのがコツだ。そして視認できる距離に待機した観測兵が中継地点に信号を送る。中継地点の観測兵が本隊に伝える。距離と角度を修正した第二射が本命の敵を撃つ。

 セラムがヴィグエント奪還戦でやってのけた戦術の応用だ。


「目標粉砕!」


 観測隊からの報告に魔法使い隊が沸き立つ。今まで目視できる距離ですら命中率に難があったものが、見えない程の超長距離からの砲撃を成功させたのだ。

 魔法使い隊の隊長が観測隊の信号解読と指揮を執っていたカルロに話しかける。


「素晴らしい手法です。これならば戦術の幅も広がるでしょう」


「光栄です。役に立てるなら何よりです」


「ところで立案者はどなたですかな? 是非直接会って話がしたい」


「それは私の上司セラムですが、なにぶん忙しい身でして残念ながらこちらには来ていません。伝言しておきましょう。彼女も喜びます」


 目論見通り予想以上の成果に戦意が向上しているようだ。

 カルロはセラムから事前に指示を受けていた。曰く、


「ノワール共和国の軍事力の自己評価は不当に低い。そこが彼らの弱腰外交の大元だ。彼らの潜在的な力を引き出し、効率的な運用と本来の力を発揮できれば他国に決して引けは取らない。良き同盟者として並び立ってもらうにはまずその意識を改善する必要がある」


 らしい。

 大規模魔法が開発されて以降、対軍隊の戦闘が無かったノワール共和国では、戦術家というものが育たなかった。従来の軍隊に加わる新魔法、それに対応する戦術が今まで無かったのである。

 セラムが起案した魔法用戦術はそれに適うものであった。セラムが見たこともない大魔法を取り扱うにあたって参考にすべきと考えたのは、砲兵であった。蒸気圧力式大砲の運用方法は、いつか魔法使い隊を指揮する為の叩き台といっても過言ではない。


「そうですか。この場にいらっしゃらないのは残念ですが、もし我が国に立ち寄られたら歓迎いたしますとお伝え下さい」


「はい、承りました」


 引き抜こうったってそうはいくかと思うカルロである。彼女はいまや祖国に於いても、彼自身に於いてもかけがえの無い存在になっている。彼女は大層な戦略家であるが、意外と脇の甘いところがある。特に外交的な駆け引きでは直球というか、若さ故の弱さが出るのだ。或いは育ちの良さからかもしれない。

 カルロからすればそれが彼女の魅力でもあり、美徳だと思うのだが、自分が傍にいなければならないと思う要因であった。

 合同訓練も終わり、各自が帰り支度をしていると国境付近の歩哨から報告が入った。


「グラーフ王国軍が南下してきます」


 やれやれまたか、と言わんばかりに魔法使い隊長が口を曲げる。互いに遠くから矢を射ち合って終わるのが通例であったからだ。当然死傷者なぞ出よう筈がない。


「ではこちらも撃退といきましょうかな」


 緩みきっている。カルロは目の前の醜悪に罵言を浴びせたい気分だった。

 彼らは戦争をしていない。大陸中が戦火に包まれようとも、平和を愛する自分達にだけは危害が及ばないと本気で信じている豚だ。


「ならば我が隊も援軍の役割を果たしましょう。貴方がたは丘に陣取って下さい。もし敵が近くに来たら先程の要領で焼き払っていただきたい。その為の観測隊は置いてゆきます」


 カルロは敬礼した後、踵を返す。ノワール共和国軍を背に、彼は真剣な顔で兜の位置を直した。

 これからがカルロ達の本当の戦争なのだ。

 カルロがリカルドの元へ戻ると、ヴァイス王国軍は緊迫した雰囲気で戦闘準備を整えていた。


「カルロ中佐、只今戻りました」


「うむ、既に聞いているかもしれんが、国境付近に敵が現れた。これより秘匿作戦を決行する」


「はっ」


「セラム少将の第一案を採用、敵の後ろに回り込み敵を押し包む本隊を私が、敵を押し留める別動隊をカルロ中佐が、騎兵で牽制する遊撃隊を我が隊からミカル中尉が指揮する。状況に応じて適宜策を修正するが、最終目的に変更はない」


 リカルドが指揮する本隊が動き回るのもセラムの作戦の内である。理由はこの部隊を縦横に動かせるのがリカルドである事と、持ってきた大砲は機動戦力として使うのは不適切であり、扱い方を熟知しているのがカルロのみである事だと説明してある。自陣側の動きが少ない大部隊をカルロが指揮する事になるが、カルロが総大将というわけではない。


「出陣!」


 大まかな作戦は次の通りだ。

 騎兵を迂回させ敵の斜め後方から牽制し、敵を前方に誘導する。退却しようとした敵には機動力を駆使して逃さない。その間に大回りした本隊が敵の退路を塞ぐ。横から漏れ出た敵は騎兵でモグラ叩きにする。そして本隊と別動隊でノワール共和国軍の目の前に押し出す。止めをノワールの魔法使い隊に任せるというのが肝である。

 明確に戦闘行為をさせる事によってグラーフ、ノワール両国の関係にヒビを入れ、外交的退路を無くす戦略だ。

 流石に目の前に敵を追い立てれば奴らも攻撃するだろうというのが目論見である。

 だがカルロにはセラムからもう一つ密命を下されていた。


(だが、これは……)


 リカルドにも言えない極秘作戦。信義にもとる、カルロの胃をちくちくと突き刺す針のような命令。何度自分の胸に閉じ込めて封をしようかと迷ったものか。


「そんな状況にならなければそれでいい。彼らが勇敢で、無抵抗が平和への唯一の道だという妄執に取り憑かれていなければそうはならないだろう。だが万が一そうなった場合はお前が判断を下せ」


 セラムの言葉が脳内に響く。

 そんなカルロの心境はお構いなしに戦況は進んでゆく。敵軍は逃げるように此方に向かって来る。目標地点まであと少し。

 カルロは役目を果たすべく敵の包囲を指示する。そして自らは砲兵部隊と共に高台に陣取った。

 敵が目標地点に到達。あとはノワールによる砲火を待つのみとなった。

 このまま何事も無く終わってくれれば。カルロはそう祈りながら砲兵にある指示を下す。指示を聞いた砲兵が明らかに動揺するが、有無を言わさず従わせた。

 味方の歩兵は行進を止め、騎兵だけが走り回り逃げようとする敵を追い立てる。さながら決闘場のように、または死刑場のようにグラーフ王国軍だけが集まる。

 だが、魔法使い隊からの砲撃が、ない。

 彼らの隊長はノワール共和国の議長、フラウメルが選出した和平派の人間であった。今、彼らは窮地に立たされている。

 今迄は事前の取り決め通りに小競り合いをすれば良かった。謂わばブックのあるプロレスショーである。それはヴァイス王国軍が来ても変わりなかった。ヴァイス王国が戦う分には何ら約定を違えないからである。

 だがこれは、さあ撃てと言わんばかりのお膳立てされた状況はまずい。撃てばグラーフ王国と対立する、撃たねばヴァイス王国と対立する、追い詰められたグラーフ王国軍が此方に矛先を向ければ此方がやられる。

 彼は上の蝙蝠外交のツケを払わされる理不尽を嘆いた。

 そんな魔法使い隊の心情を知ってか知らずか、カルロは同じように脂汗を流していた。


(まだか、まだか……!)


 刻一刻と決断の時が迫る。動きが無い魔法使い隊に、次第に我軍に動揺が広がる。明らかに狼狽する敵兵。一秒が一時間にも感じられる。


「お前が判断を下せ」


 セラムの言葉が再び響く。幾度隊を指揮してもこんな重圧を感じた事はない。カルロは胃に穴が開くのを実感しながら声を振り絞った。


「砲一、ぅてえええい!」


 一番と仮称された蒸気圧力式大砲の砲声が轟く。砲口は、ノワール共和国軍を向いていた。

 鉄の塊が魔法使い隊の布陣している丘に突き刺さった。地面を揺らすその衝撃に驚いたのは当然、魔法使い隊長である。


「う、撃ってきよった!」


 此方の態度に焦れたのか? このままではヴァイス王国とも、グラーフ王国とも敵対関係になってしまう。

 隊長は裏返った声で部下に命令する。


「何をしておる! 敵を撃てい!」


「敵と言っても、どちらでありますかっ?」


 狼狽した部下の一人が尋ねる。隊長の口から咄嗟に出た言葉は、果たして本心だったかどうか。


「何を血迷っておる! グラーフ王国軍だ!」


 十数の異なる魔法を組み合わせた大魔法が魔法使い隊の頭上から放たれる。

 グラーフ王国の兵士に火の雨が降り注ぐ。一瞬遅れて鉄の霰、これはカルロが残りの四門を発射させたのだ。

 グラーフ兵は逃げる事も叶わずもがき倒れる。手足は千切れ、身体は燃え、辺り一面、肉に酢と鉄を加えて焼いたような、生理的嫌悪を催す臭いが立ち込める。

 まさしく処刑。地獄絵図が現世に降り立っていた。

 カルロは胃を押さえうずくまる。一つ間違えればノワール共和国に対する宣戦布告。これが後々外交問題に発展する事は間違いない。

 それを中将に無断で、カルロが引き金を引いたのだ。胃の穴一つでは済まないかもしれない。


「なあに、一発だけなら誤射かもしれない」


 軽い口調で言うセラムに、「それはやられた側が言う言葉です」と当時のカルロは突っ込んだのだが。

 思えばあの時の自分を殴りたい。寧ろ少将を殴ってでも止めたい。


「恨みますよ、少将……」


 カルロは常に携帯している胃薬を噛み砕いた。


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