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少女と戦争  作者: 長月あきの
第二部
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第五十三話 敵軍見たり

 先導の兵士が草や蔦を切り広げながら進む。行きの時点で道を整備しておくと後続の兵が楽になるだけでなく、退却時の足も早くなるという部下の意見を取り入れたためであった。

 その後をジオーネ家メイド隊が道案内を務めながらセラム達を導く。諜報部隊として長く働いていただけあって、山道でメイド服という巫山戯た出で立ちにも関わらず身のこなしや知識は確かだった。そこらの兵士では歯が立たない位に腕が立つ。

 彼女達の中の一人はメイド姿で左腕に厚手の布を巻いた独特な格好をしている。彼女こそがこの作戦の最重要人物といっても過言ではなかった。


「私の鷹はヴィレム殿に同行したメイドを探し当て、彼女に手紙を届けます。彼女もまた私に手紙を括りつけた鷹を飛ばします。それによって相互に連絡を取り挟撃を仕掛ける手筈です」


 鷹が近くに来たら特殊な笛を鳴らすことで此方を見つけてくれるという。

 無線も電話もないこの世界で、手紙を空輸することが出来るというのは途轍もない優位性を持つ。勿論撃ち落とされなければ、だが。

 先行していた偵察部隊が戻ってくる。


「近隣の村の住民によるとこの先の森で魔物が確認されたようです」


「鉢合わせするのはあまりよろしくないですね。そこを迂回する道を通りましょう」


 メイドが即座にルートを選定する。


「土地勘がある者がいて良かったと思う瞬間だな。ありがとう」


「いえ、私どもメイドはご主人様に仕える事が本分、特に此度はメイド長にセラム様をお助けするよう仰せつかっております。礼など勿体のうございます」


 今は魔物に付き合って貴重な戦力を消耗させるわけにはいかない。幸いにも当初の計画に支障はない。こういった選択が出来るのも情報の重要性を常々感じていたからこそである。


「よし、では進もう。しかし山というのは昼でもこんなにも暗いものか。真っ直ぐには歩けないし、はぐれたら二度と合流出来そうにないな。しかも寒い」


 登山道と違い道は整備されているとは言えず、獣道が少々広がった程度のものだ。

 セラムは上がる息を整えながら一歩一歩踏みしめる。今は隊列を組んで大勢の人間といるからいいが、もし一人になってしまったらと思うとぞっとしない。

 横を見れば暗がりから獣や魔物が飛びかかってきそうな不安を感じて身震いする。


「セラム様、寒いのですか? でしたら何か防寒着を……」


 メイドの提案に、セラムは一瞬ウエストポーチに入っているヴィレムから貰ったマフラーを思い浮かべる。

 駄目だ。マフラーはどうしても沙耶の事を思い出してしまう。意地でも巻きたくはない。


「いや、いい。我慢出来ない程じゃない。それより兵達は大丈夫か?」


「でえじょうぶですよ。純粋な戦闘員じゃない奴でも訓練は受けてるんです。タイショーよりは余裕がありまさあ。タイショーも辛くなったら言ってくださいね。俺が担いでいきますから」


 バッカスの言う通り、息を切らしている者は一人もいなかった。流石訓練された兵士というところだろう。

 今回の編成には補給部隊はあまり同行させていない。携帯糧秣は持たせているが、基本現地調達が主になるだろう。

 現地調達と言っても同盟国の領土で略奪するわけではない。狩りや採集で食料を確保する他、立ち寄った村々や商人キャラバンから買う事になるだろう。

 それらの不便さを受け入れても補給部隊を減らしたのは幾つか理由がある。

 一つはヴィレム一行に補給物資を優先させたこと。ゲルスベルクに届ける物資が少なくてはこの作戦は成功しない。

 一つは部隊の速度を速めるため。重い荷物を持つ兵はどうしても足が遅くなる。山越えを強いられるために馬車を使えないのも痛い。

 そしてもう一つは、限られた人数の中でより確保したい兵種があったことだ。それは戦闘員ではない。

 工兵である。

 彼らはこういった道を整備する他、野営準備などにも長ける。それらは遠距離を行軍する兵の疲労を抑える為の必須事項だった。

 そして工兵を大量に連れてきた理由はもう一つある。それはセラムが考える今後の戦術で重要な意味を持つ筈である。


「ところでタイショー、何で漁網なんて持ってきたんですかい?」


「正しくは投網だな。もし敵将を捕らえられる機会があればと思ってな」


 これは正直贅沢、というか下心だ。

 ゲーム上では最初のゼイウン公国への援軍要請時、つまりメルベルク砦での防衛戦で敵将チカを捕らえる事が出来たのだ。

 彼女は遥か北に住む亜人種ワーウルフの一族の長で、グラーフ王国との戦争で降将になったのち、頭角を現して六将軍まで上り詰めた猛将である。その後の説得イベントで仲間に引き入れる事が出来たので、もし此度捕らえる事が出来れば、などとセラムは思っているのだ。


「まあそんな機会があればでいい。最優先はグラーフ軍を撃退する事だ」


 山を抜け、森を迂回し平地へ抜ける。敵軍はまだ見えない。斥候が帰ってくるまで正確な情報は分からないが、予測では我軍が少し先回りしている。


「事前情報によれば敵の進路はこの先を通過すると思われます。メルベルク砦側とゲルスベルク側の二方向に斥候を出していますが、計算では敵はまだここに辿り着いていない筈です」


「よし、ここを拠点とする。工兵は穴を掘れ。残りは後方の簡易陣地設営、始め!」


 工兵が柄の部分が分離できるシャベルを組み立てる。セラムは銃火器の無いこの世界で塹壕戦をやるつもりだった。

 歩兵は穴を掘るのが仕事、そう揶揄されるほど塹壕は近代戦闘では重要なものだった。現代戦ではまた様相が変わってきているが、塹壕による戦闘陣地の形成は未だ廃れることはない。

 銃火器の代わりにロングボウ、魔法技術が流入すれば手榴弾や砲兵の代わりに活躍するだろう。これからの戦争にここでのノウハウは活きる筈だ。

 堅牢な砦を築く余裕はない。材料はそこらに有っても木を切り出し組み上げる時間が足りない。それよりは多人数で穴を掘る方が早い。

 目立ってはならない。ここで挟撃までの時間稼ぎをする必要はあるが、第一撃は敵の背後を突きたい。その為に防御陣地は上ではなく下に向かって作り、身を隠せるようにしなければならない。

 この日の為にセラムが導き出した答えが塹壕だった。

 道中の村で買い付けた馬を連れて、少し離れた岩場にセラムは腰掛ける。流石に山越えの疲れを感じる。だが元の体を思えば余程体力に余裕があった。体が小さい分負担も少ないのだろう。もし現実世界で同じ事をしろと言われたら途中でギブアップしていたに違いない。


「お疲れのところ申し訳ありません、セラム少将。現状の備品一覧です。ご確認下さい」


 経理部の兵士が報告に来る。経理部とは以前セラムが必要を感じて新設した、物の管理や会計を主務とする兵科である。


「ご苦労、仕事には慣れたか?」


「はい、大分慣れました。ですが少し申し訳ない気になりますね」


「申し訳ない?」


「戦場にいて槍働きをせず書類と睨めっこというのはどうしても……」


「気まずいか。君達の仕事は戦略に必要な立派な仕事だ。胸を張っていい。軍というのはどうにも事務方が軽視されていかんな。それにだ、いざとなったら君も槍を持って戦う事になるのだから安全地帯にいるわけではないぞ?」


「はい! 肝に命じます」


 意気揚々と持ち場に戻っていく兵を見送ってリストに目を通す。

 軍資金と糧秣以外に損耗した物資は無い。馬は道中買った分と合わせて三十頭。糧秣はこのままの人数で消費して約5日分、切り詰めたとしてその倍。それ以降は各兵士が携帯した保存食が三日分。長期間敵を食い止めるならば予備隊で糧秣をかき集めながらの戦いとなるだろう。

 だがそれは敵も同じ筈、いや寧ろ軍の図体がでかい分敵の方が難しい筈だ。

 セラムは自分の判断を信じながらも一抹の不安を拭えない。全てが筈、筈。算数のように計算で間違いの無い答えが出せるわけではない。

 どこか見落としはないだろうか。考えなおしても恐らく、恐らく、だ。勝敗は時の運などという無責任な言葉はこれから戦う兵を前にしては絶対に言えない言葉だが、どこをどうしても不確定要素は残るのだ。

 結局セラムはそれ以上考えるのはやめて工兵の作業を急がせる。

 やがて二人一組で斜め四方向に出していた斥候隊のうち、三隊が戻ってきた。

 メルベルク砦側の二隊がそれぞれ行軍中の敵を確認、ゲルスベルク側の一隊は敵影を見ずとの報告、もう一隊はゲルスベルク付近まで向かわせる予定なのでまだ戻ってくる時間ではない。

 これで二つ確定した。

 一つ、敵は未だ我軍より手前を行軍中であり、我軍は先回りに成功した事。

 もう一つは、敵軍が大規模であり、隊列が伸びている事である。

 隊列が伸びていると聞くとつい横槍を入れたくなるが、奇襲が出来る地形が無く、迂回して敵の側面に移動する時間もない。何よりそんな事をしてしまえば当初の作戦が瓦解してしまう。

 セラムはやるべき事を確認して腹を決めた。

 敵が来るまでに陣地を完成させ、ここで身を伏せ一旦敵をやり過ごし、背後から奇襲ののち反転、以後は穴に籠って挟撃までひたすら時を稼ぐ。

 作業は滞り無く進み、運が良い事に敵が一キロメートル程先を横切る時は夜になっていた。

 兵は一様に息を殺し身を伏せている。セラムは汗でぐっしょりと濡れた手を腰で拭きながら歯を食いしばった。敵の軍勢からの地響きが足に伝わってくる。

 馬はいない。これは人が立てる足音だ。それが判る程に耳をそばだて神経を尖らせる。

 幸運な事は、夜の闇に包まれ身を隠すには最適だった事。

 不運な事は、敵は人間のみではなく、軍中に嗅覚の鋭いワーウルフの集団がいた事、そしてこちらが風上だった事である。

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