第五十一話 待ちに待った凶報
カルロはヴァイス王国を離れ隣国、ノワール共和国に来ていた。先に援軍として派遣されたリカルド公爵の加勢をするために、セラムの命令で少数の部隊と共に駆けつけたのである。
「セラム少将麾下、カルロ中佐以下五十名馳せ参じました。これよりリカルド中将の指揮に従います」
「セラム少将は力添えするという約束を守ってくれたのだな。しかし、中身は普通の援軍とは随分異なるようだ」
「はい。指揮が出来る下士官ばかりを集めました。分散して配備してくだされば力を発揮できるかと。それと砲兵を連れてきました。半数はこいつらです」
「あの大砲か? 城攻めする予定はないが」
五門の蒸気圧力式大砲を見やりリカルドが怪訝な顔をする。トレブシェット三台分と言われたコストに見合う戦果は、あの戦いでは確かに発揮された。
一門動かすのに必要な人数を五人にまで減らしたのは実に素晴らしい。トレブシェットは重りとなる岩を用意する手間と、飛ばす石を運ぶのに時間がかかる。何せ物によっては六トン以上の重りをセットし、それを人力で巻き上げ、八十キロ以上の石を運ぶのだ。
トレブシェット一台に必要な人員は四十人以上。
一発撃つのに必要な時間も実は蒸気圧力式大砲とそれ程変わらない。意外と使い勝手の良い兵器だ。その値段と、用意する弾を作れる工房が限られている事を除けば。
「今回は野戦に使います。威嚇に有用だということは実証されています」
「成る程、バリスタのような使い方をするのか。確かに未だ見たこともない兵器を目の当たりにすれば敵も怖気づきそうではある」
しかし費用対効果はどんなものだろうか、という疑問もある。大威力の射撃ならバリスタでいい。この二つの兵器の大きな違いは弾の直進性と射程距離だ。あとは敵からすれば鉄の塊がとんでもない速度で飛んでくるという恐怖か。
しかし弾一発でかなりの金額になるこの兵器、使い処があるかどうか。何せリカルドがここに到着して未だかつて死者を出すような戦闘には至っていないのである。
あったのは全て小競り合い、ノワール共和国軍に至っては手すら出していない。リカルドがいくらグラーフ王国軍の脅威を説いても真実味がないのが現状だ。
「それについてはセラム少将からいくつかの策を預かっております」
「ほう」
「セラム少将は、ノワールの魔法使い隊は命中精度に難があるはずだと仰っていました。そこで観測班をノワール共和国軍に貸し出し、砲撃方法を提案して演習します」
命中精度についてはセラムのゲーム知識からの推測だ。ゲーム上でも命中率に難がある部隊だった。それだけに高威力、範囲攻撃の魔法使い隊は浪漫だったのだが。
当然そんな情報の出処はカルロには伝えていないが、勉強家のセラムのこと、その程度知っていても不思議ではないと思われていた。
「それで信頼を得るわけか。続きは?」
「戦闘が起こってからの話になりますが、敵を引き込んで戦え、と。大枠はノワール共和国軍にも戦闘に参加してもらい、グラーフ王国軍対ノワール共和国軍の構図に持っていくのだそうです」
「しかしそれがなかなか上手くいかんのだ。此方が引けば相手も深入りせずに引いてしまう。挑発にも乗ってこん。戦闘する気がない相手をその気にさせる秘策でもあるのか?」
「二十程の策を預かっております。細かい作戦はその時の状況に合わせて伝えます。セラム少将からはただ一言、『僕を信じろ』とだけ」
カルロが言いにくそうに答える。
リカルドがこめかみを指で揉む。どうしてあの娘はこう自分勝手で目上の者を蔑ろにするような態度がとれるのか。
中将に向かってそのような生意気な言葉を伝えねばならないこの生真面目そうな男に同情する。
「後で概要だけは事前に聞いておこう。ご苦労だったな」
「……はい」
カルロが胃を押さえながら去っていった。
ヴァイス王国にとうとう、ある意味待ちに待った凶報がもたらされた。
ゼイウン公国からの援軍要請である。
王都の自室でその報を聞いたセラムは急いで登城準備に取り掛かる。
「待って下さい、城に行くなら僕も一緒に……」
自身にも関係あるその報を彼も聞いたのだろう。ヴィレムがセラムの自室に飛び込むように入ってきた。
「…………」
「…………あ」
ただ、それはセラムが部屋着を脱いでスカートを今まさに履こうとしている最中だった。
ブラウスとショーツ姿のセラムが、固まっているヴィレムを無表情で睨みつける。
「ご、ごめんなさいいいいいあぎゃあああああ!」
廊下の奥で騒がしい物音を立てながら消えたヴィレムに、溜息一つ吐いてセラムは着替えを続けた。
(まさか自分がラッキースケベされるほうになるとは。世の中わからん)
どうせならするほうが良かったと一瞬思ったが、よく考えたらベルと一緒に風呂まで入ったこともある。思い返せばその事もあまり嬉しさというか、スケベ心がもたげなかったが、体に引っ張られて心まで女性化してきているのだろうか。
そう思うと薄ら寒くなるセラムであった。
着替えを終えてセラムが部屋を出ると、ヴィレムが少し離れた場所で待っていた。その顔には綺麗な紅葉痕が付いている。
「先程はすみません」
「いえ、それはもういいです。そのお顔は?」
「は、ははは。ベルさんに一発やられまして」
ヴィレムの更に後ろを見やると、奥のほうでベルが身振り手振りで伝えてくる。
――なになに、ラリアットをかました後、ボディを数発。首根っこを掴んで、パチーン、と。
(グッじゃないよ。何サムズアップしてるんだよ。仮にも公子相手に顔はやめな、ボディにしなボディにを現実にやっておいて、更にやっぱり一発だけって顔叩いていい顔してんじゃないよ)
彼女にしてみれば女の敵を成敗したというところだろう。
「……うちのメイドが非礼を働いたようで。お詫び申し上げます」
「いえいえとんでもない! 礼を欠いたのは此方です。女性の部屋をノックもせずに開けてしまった、当然の報いです」
「それで、何か言いかけていたようですが」
「そうですそうです、此度は我がゼイウン公国から援軍要請があったとのこと。僕に出来る、いや、やらなくてはならない事がある筈です。是非軍議にご一緒させていただきたい」
決意を秘めたヴィレムの顔。セラムにも覚えがある。
考えてみれば初陣からもう半年以上経ったのか、そう考えると何やら感慨深くなる。
今過去の自分が目の前にいる、そう思うと断ることは出来ない。
「分かりました。では一緒に参りましょうか」
王都の邸は城の敷地内にある。部下である門番に挨拶をして二人で城の中へ入る。




