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少女と戦争  作者: 長月あきの
第二部
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第五十話 疵だらけの楽隊

「いやあ、大満足です。セラム様が可愛らしいお方だという再発見もありましたしね」


「そうですか、ご満足していただけたようで何より。戻ってきた時ベルが血を流して倒れていた時は何の事件だと思いましたが」


 あれからすぐにベルは鼻血の海の中でノックダウンしていたらしい。何があったかは詳しく分からないが、傍のメイドに事件性はない事と大事ない事を説明されたので取り敢えずは安心した。

 何よりベルはとても幸せそうな顔で寝ていた。


「さて、ということは僕は貴女の御眼鏡に適ったのですかな」


「……何のことですか?」


「とぼける必要はありません。大事な商売相手を事前情報だけで決めるわけはありますまい。前回はその情報が確かか直接僕を見て判断し、必要な物があれば売ると言って繋ぎをつけた。ですが商人の取引というのは単に物を売る、買うだけには収まらない。取引相手として信用が置けるならばもう一歩踏み込んだ話をしよう、それを見極めるために今回はいらっしゃったのでしょう?」


「貴女は若いわりに本当に聡い。商人の機微というものを理解していらっしゃる。そうですね、今日来て良かった。貴女は柔軟な発想力を持ち、身分を気にしない寛大さも持つお人だ。貴女の能力の高さと人柄は理解しました。これで商人のもう一つの仕事、投資について話ができます」


 マエリスの言葉にセラムは満足気に頷いた。


「それで僕、いや我が国はどの程度の規模で支援していただけると思って良いのですか?」


「それはもうカールストルム商会の威信をかけて全力で。自慢にはなりますがカールストルム商会の経済規模は小国一つに匹敵すると自負しております。その我々が貴女に全力で投資する、その意味はお分かりいただけるものと思います」


 大陸随一の商人がグラーフ王国ではなくヴァイス王国につくと言っているのだ。これ程心強い事はない。

 戦争というものは商人の協力なしには成り立たない。古今東西、戦争に強い者は商人との結びつきも強く、勝ち馬に乗った商人はその影響力を強めた。

 時に有力者の耳となり、口となり、武器となり、糧秣となり、物資となり、技術となり、影に潜みありとあらゆる物事の援助者として支配者を操る。その信念は強固であり唯一つである。ただ『利』のため。単純で分かり易く、だからこそたちが悪い。

 この戦争において絶対に味方に引き入れなければならない人物なのである。


「であればこの先は国家規模の取引になります。決裁を通さなければならないため即時とはいきませんが、この先きっと何度もお世話になるでしょう。よろしくお願いします」


「はい。良い取引をいたしましょう」


 セラムが手を伸ばし、マエリスがその手をしっかと握る。


「ですが丁度良い時に来られた。僕個人として売って欲しいものがあるんですが」


「なんでございましょう」


 顔を寄せた知的金髪美人に対しセラムが言った注文は意外なものだった。


「楽器、ですか?」


 弦楽器、管楽器、打楽器、一揃いでオーケストラが作れる量である。


「取り敢えずはこんなところで。もしこの事業が成功したならば軍に掛けあって予算を引っ張ってくるつもりです」


「楽隊ですか。確かヴァイス王国にも小規模ながらあったはずですが、枠を増やすのですか? この戦時下に認められるとは到底思えないのですが」


「寧ろ今だからこそその為の要員を確保できるはずです。そして今だからこそ必要とされるものでもある」


 セラムはマエリスに計画の全貌を話した。それはマエリスならば絶対にやらないことだった。聞いた限りでは費用を回収できるとは思えないからだ。だがそれをやる意義は理解できる。何にしてもマエリスは売るだけだ。リスクも断る理由もない。


「分かりました。格安ですぐにご用意致します。追加注文が入るのを期待していますよ」


「ご期待に添えるよう努力しましょう」


 その笑顔を見てマエリスは、この人ならしれっと利益を上げてしまえるのではないか、そんな事すら思ってしまうのであった。




 セラムは兵士の履歴書を見直していた。普通ならば少将が直々に見る事はない一般兵の履歴書がそこに集まっている。

 どんな些細な効果でもいい。魔法が使える者を対象に絞った履歴書の束であった。

 ヴァイス王国は魔法後進国だ。というよりノワール共和国以外は似たり寄ったりだと言っていい。魔法を使える者自体少なく、その能力も些細なものが殆どで、精々が日常生活にあったら便利になる程度のものである。

 それでも同じ魔法が使える者の数が揃えば戦術運用も可能なのだが、それぞれが出来る事が違い、部隊ごとに振り分けることすらままならない。

 セラムが魔法を使うことが出来れば、もしくは魔法に長けた人材がいれば訓練の仕方を考案することも叶うのだが、やはり魔法の本格使用はノワール共和国の協力なしには無理だろう。

 それでも今セラムが履歴書を捲るのは明確な目的があった。

 小さい火が起こせる、数リットルの水を操れる、突風を吹かすことが出来る、湯を沸かすことが出来る、物体の硬度が増す、どれも有用な能力だが一人が出来ても軍隊としては有用な使い方は難しい。

 一人の超人が混じる百人よりも、同じ動きが出来る百人の方が強いのが軍隊だ。

 そんな事を考えながら紙を捲っていくと、目的の魔法使いを見つけセラムはその手を止める。

 音を大きくしたり小さくしたりする魔法。

 これもまた一部隊に一人配備できれば有用な伝令係になるのだが、少数では意味が薄い。別の方法で連絡手段を確保、統一した方が現実的である。

 しかし今回の目的は部隊に同行させる事ではなかった。セラムの考案した事業の重要な役どころを担ってもらうつもりである。


「さあて、忙しくなるぞー」


 セラムは気持ちよさそうに伸びをした。




 それから一ヶ月は何事も無く過ぎていった。

 兵は弛まず訓練をし、いつでもゼイウン公国に行けるように物資を整え、部隊を編成した。

 その合間にセラムは足繁くとある一室に通っていた。

 一ヶ月目の今日、セラムはやや緊張した面持ちで集まった面々を見渡す。

 よく見れば、足が不自由な者、片腕がない者、片目がない者、皆一様に何らかの障害を負っている。例外的に五体満足なのはセラムを除いて二人だけだった。


「みんな、この一ヶ月間、よく頑張ってくれた。僕の歌を立派な曲に仕上げ、慣れない曲調をここまで演奏出来るようになった諸君らには感謝に堪えない。とうとう今日がやってきた。諸君らの楽隊のお披露目である。初日の今日は特別に僕がボーカルを務める」


 セラムが皆を見渡す。殆どが怪我や後遺症等で第一線を退いた兵達だった。


「演奏する諸君らは戦場に出られなくなった失業者達だ。傷が痛み、熱心に訓練する同期を横目に歯噛みしただろう。だが諸君らのこの一ヶ月は彼らの訓練に負けない苛酷さだったことを僕は知っている! 以前のように動けなくなり、居場所が失くなったことだろう。だが諸君らに言おう。居場所は求めるものではない、作るものだと!」


 男達はセラムの話を真剣な眼差しで傾聴している。中には感極まって泣き出す者さえも。


「これが諸君らの初舞台だ! 障害者の、障害者による、万人のための楽隊だ!」


 セラムが背を向け腕を振り上げる。


「さあ行こう我が朋友ともよ! 我らの戦場へ!」


 一杯の観客が待つ舞台へセラムと楽隊が降り立つ。

 数少ない健常者の作曲家が指揮棒を振る。足が不自由な者は楽器を手に、腕が不自由な者はコーラスで曲に華を添え。

 一人の魔法使いをマイク代わりにセラムが歌う。

 音符が五線譜を跳ねまわる。

 リズムが会場の空気を切り裂く剣になる。

 最初は圧倒されていた観客達もやがて一緒に足を踏み鳴らす。

 サビが終わる。さあ、楽器たちの独壇場だ。

 指揮棒すらも動きを止め好き放題する楽器たちから、木靴を履いた男が踊り出る。

 恐らくこの世界初のタップダンス。腕がない男は床を軽快に打ち付け舞台という戦場を支配する。

 驚きの連続に観客のボルテージも否応無しに上がってゆく。

 タ、タン! と一際大きく鳴らされたタップを合図にセラムが再び歌い出す。

 やがて全ての演奏が終わっても、観客の声援が途切れることはなかった。

 彼らの音楽は病院の慰問や公共活動の盛り上げ役として広くヴァイス王国全土に駆り出される。

 古代ローマはパンとサーカスを使い愚民政策を進めていったが、セラムはパンとサーカスによってヴァイス王国に希望と熱気を沸き上がらせるのである。


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