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少女と戦争  作者: 長月あきの
第二部
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第四十八話 平和な日

「領主様、またうちの服を買っていって下さいな」


「これは領主様、また無茶を言いにきたんですかい? はっはっは、また何かあったら言ってくだせえ。調子ですかい? 第二工場も軌道に乗ってきて、今度うちの弟子が暖簾分けすることになりやした。これも領主様のおかげでさあ」


「こんな酒蔵へようこそおいで下さいました。今年のワインの出来は十年に一度の逸品ですよ。もっとも最近は副業の消毒用の方が儲かっていますがね」


「おやセラム様、今日は教会にどのようなご用件でしょうか。孤児達ですか? ええ、元気ですよ。会っていかれますか?」


「セラム様! ぼく大きくなったら軍に入ってセラム様をお守りする騎士になります!」


 まとまった時間ができる度に行っているあいさつ回りをヴィレムと一緒にする。彼らはセラムが統治する領地に住む人々であるが、セラムがお世話になっている人々でもあるという認識を、セラムは忘れたことはない。

 彼らがセラムに接する態度を、その表情を見てヴィレムは感心したように言った。


「セラムさんはすごい人気なのですね。彼らのセラムさんを見る目はとても明るく、優しい。慕われているのが判ります。教会の孤児達や学校の子供達にはすぐ囲まれてましたしね」


「子供達には直接何かしたってわけでもないんですけどね。まあ舐められてるだけですよ」


「そんなことはありません! 彼らはとてもキラキラした目でセラムさんを見ていましたよ。それにセラムさんもとても優しい目をしていました」


「それは、まあ、もし子供がいたらこんな感じなのかなって……」


 セラムは元の世界で家庭を持つ同い年の友人を見ていたから自然にそのようなことを言ってしまったが、ヴィレムの顔が見る見る赤くなるのを見て、その言葉がどう捉えられたかを察して顔が熱くなる。


「違います! 自分に子供がいたらとかそういうことじゃ……いや、そういうことですけど、自分が産んだらとかいう意味じゃなくて!」


「あ、はいはい、ワカッテマス」


「絶対分かってない!」


 耳まで真っ赤になった二人を微笑ましく人々が見ていた。




 日が傾き、建物が朱んできた頃、大商人マエリス・カールストルムはジオーネ邸の門をくぐった。

 機械式時計が無いこの世界において、一般的に頼りになるのは鐘楼からの二時間毎の鐘の音だというのに、この女性に遅刻はない。


「相変わらず時間に正確ですね」


「時間に正確なのは商人にとって美徳ですから」


 商売において信頼は何物にも代え難いものであり、数分の遅れが商機を逃すことをこの商人は本能的に、或いは経験的に知っているのだ。


「まずは以前お約束した土産を持ってきました。どうぞお納め下さい」


 そう言って運び込まれたのは大きい木箱五箱。ぎっしりと干し昆布が詰まっている。正直セラムの予想以上の量だ。

 セラムが量を指定しなかったためだろうが、相手の予想を上回ることで先手を取る、これも商人のやり方であろう。


「こんなに沢山……。ありがとうございます、有効に使わせていただきます。お返しにと言ってはなんですが、そろそろお腹も空いてくる時間。ここはひとつ、頂いたこれを使って料理を振る舞いましょう。準備しますので少々お待ち下さい」


「貴女自ら料理をなさるのですか? それは流石に申し訳ないというもの」


「遠慮なさらず。こう見えて料理の心得は多少あるのです。それより貴女を放って出てしまうことが心苦しいですね。我が家のメイド長にお茶を持ってこさせましょう。僕が戻ってくるまでの話し相手は彼女に申し付けておきます。この部屋にある本なら読んでもらっても構いませんよ」


 料理の心得、と言うと少々大袈裟に過ぎるが、一人暮らしが長い分それなりに料理はできるつもりであった。一時期は凝り過ぎて香辛料の瓶が二十種類を超えていたこともある。

 一人では使い切れず余らせてしまうから、勿体無くて流石にそれ以降は控えたが。

 セラムは厨房に立つと、家の料理人に指示を出しながら自らも作業を始める。昆布の扱い方はあらかじめ周知してあるが、セラム以外は皆初めての料理法なので気を遣う。今回は時間がないので水出し法は諦めて煮出し法で昆布出汁を取る。


「昆布は沸騰する前に取り出してくださいね。一班は投入する材料の順番を間違えないように。二班は卵を持ってきて僕を手伝って下さい」


 そう言いながらこの日の為に作らせた蒸し器を用意する。

 ああ、この世界でも故郷の味を楽しめるなんて、なんて贅沢なんだ……!

 二班の料理人に作りかけの料理の仕上げを任せて、セラムは出来上がった一班の料理を持ったメイドと共にマエリスの元に行く。

 室内からは楽しげな声が漏れている。


「お待たせしました。随分と盛り上がっていますね」


「セラム様、彼女は学がありますね。実に話が面白い。流石、ジオーネ家はメイドも一流のようです」


「むむう、ベル、僕の無茶ぶりをさらっと受け流してしまったか」


「無茶ぶりだなんて、セラム様はご自分のメイド長を信用なさっていらっしゃらないのですか?」


 ベルが胸に手を当て悲劇のヒロインのような顔で嘆く。

 ちっとも嫌味でないのはベルのユーモアによるところか。


「では食堂に移動しましょうか。そろそろ寒くなってまいりましたので温かい料理をご用意しました」


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