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少女と戦争  作者: 長月あきの
第二章 第一部
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第四十五話 病院視察6

 貯水場はそこそこに病院に戻る。次に白羽の矢を立てたのは調理場だった。

 中国には医食同源という言葉があるように、医療に食べ物の問題は欠かせない。自分の口から食べられるようになった患者は回復が早いのだ。それだけにここは大切な所なのだが……。


「あなたがここのコックですか?」


「コック? ああ、料理人のことか。俺はただの料理当番だよ。ここにゃあ専属の料理人がいねえからな。ったく、俺に料理の経験なんてないってのによ」


 そう言いながら適当な具を鍋で煮込んだだけの中身を取り出す。野菜は煮えているが肉は生煮え、具材を水に入れただ火にかけたというところだろう。


「待ってください、肉はもっと煮込んで。出来れば煮る前に炒めて欲しかったところですが……。ところで料理はこれだけですか?」


「五月蝿い嬢ちゃんだなあ。ただでさえ物資が少ねえんだ、これだけあれば上等ってもんだろ?」


「いえ、そういうことではなく。どの患者にもこの料理なのですか?」


「ん? ああ、そうだが」


 ということは血を作らなければならない怪我人にも、消化器官が弱っている病人にも等しく同じメニューというわけだ。

 これでは余りにも無知。


「患者から訴えはありませんでしたか?」


「あるが、しょうがねえだろう。人員がいねえんだ。動ける奴がやるしかねえ、かといって俺らは料理人じゃねえんだ。そんな我儘聞けるかってんだ」


 彼らなりによくやっているのだろう。だが適材適所をしなければ折角の能力も十全に発揮されることはない。彼らを責める気にはなれない。


「ありがとうございます。次に行きましょう」


 次に行ったのは事務局。先ほどの彼は物資が少ないと言っていた。ならば何がどれだけ足らないのか、把握しなければならない。

 が、得られた情報は満足のいくものではなかった。そもそも事務員が現在の物資量を把握していない。書類もお粗末な出来で、訂正に訂正を重ね暗号を解読しているかのようだった。

 彼らがはじき出す数字には何ら根拠がなく、とにかく要望を出すも予算が足りない。

 問題を解決するにはスポンサーと、それらを納得させる材料が必要だった。

 日々増減する患者の数、それに対して必要な物すら分かっていない事務員。そして外部に挙げる書類にはこう書くのだろう。「問題なし」と。

 糞尿を汲み上げるバケツは捨てることもなく放置され、そもそも下水は詰まっていてさながら糞屋敷といったところだった。


「間違いない、ここを放置すれば戦争どころじゃない。疫病が大流行して国が滅ぶぞ」


 セラムは隅々までびっしりと書き込まれたメモを持って医の戦場から帰還した。




 すぐに調査隊は編成され、病院全体の見直しが図られることになる。

 セラムの指揮の元、建築の専門家、熟練の事務員、調達の達人、一流の料理人、土木の大会社が集まり次々と問題を解体してゆく。

 下水管の破裂は修理され、水道が設置された。建物自体の設計が問題視され、改修工事が進んでいる。

 今迄の傾向から何がどれだけ必要か導き出し、患者の要望にも応えたリストを挙げる。

 理由付けされた要求物資を揃えるため、患者の親族からの寄付、役所の補助金、金貸し、セラムの私財に至るまでありとあらゆる手を使い調達する。

 安く、病人に優しい料理が毎日の食卓に並び、患者は食事が楽しみになった。

 貯水場の底には動物の死骸が沈んでいたため、埋め立て、厳しい管理方式を採用した新たな貯水場を作っている。

 医療関係者には手洗いが徹底され、衛生管理はより厳しいものになった。医療廃棄物や死人は焼却、火葬を義務付けられた。

 配布されたマスクを着けた看護人は今日も厳しい現場を駆けまわっているが、彼女らの表情は明るい。それこそがきっと守るべきものなのだろう。

 セラムが彼女らを救い、彼女らもまたセラムの迷いを救ったのだ。


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