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少女と戦争  作者: 長月あきの
第二章 第一部
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第四十一話 病院視察2

 病院のいかつい案内係は、ヴィグエント防衛庁ヴィルフレド隊情報少尉書記官監査係というセラムを胡散臭さげに見るが、手にした正規の申請書を見て顎で促す。

 院長ではなさそうだが、流石に階級は少尉より上なのだろう。ということは病院内ではそれなりに責任のある立場というわけだ。この抜き打ち監査に警戒心を抱いているのが見て取れる。その上で横柄なこの態度は自分より下の者を見下している事を意味する。恐らく患者や他のスタッフ、仕事の向き合い方にしてもそんな態度なのだろう。

 セラムは台紙の上の紙に「受付の態度悪し」と走り書く。


「タイショー、何を書いてるんで?」


 隣のバッカスが覗きこむ。バッカスは小声のつもりらしいが、元が大きいので丸聞こえである。


「バッカスさん、タイショーはやめてくださいって言ったでしょ。僕は少尉です、ショウイ。書記官ですからね、気になる事を書き留めているんですよ」


「へえ、そうですか。俺ぁ字が読めやせんから何書いてるか気になって」


 今書いているものは他人には解らないようにわざと書き崩した字であるため、彼が読めなくても仕方がないのだが、それとは関係なく文盲であるらしい。

 そういえばあまり気にしていなかったがこの国の識字率はどの程度なのだろう。中世ヨーロッパの識字率は一割程度だと聞いたことがある。セラムは気になってバッカスに聞いてみる。


「バッカスさんの知る限りでは文字が読める人は何割くらいいるんですか?」


「俺の周りにはほとんどいないっすねえ。立ち寄った村とかだと村長一族しか読み書きできないとか多かったっす」


 セラムの危惧が的中したかもしれない。教養市民層が一部しかいない、というより教養を武器に既得権益を独占している可能性もある。

 マエリスが左側通行の看板の話をしていた時に「根付くといいですね」と言っていたのは識字率の低さを心配していたのか、とセラムは今更気付く。

 この事についても調べて対策を立てねば、と早速メモしておく。


「? 行きますよ? ええっと……」


「あ、セリン情報少尉です。よろしくお願いします」


「ではまずは病室に案内します、セリン少尉」


 セラムは案内係に予め決めておいた偽名を使う。

 案内された病室は軽傷者ばかりの大部屋だった。


「搬送された怪我人は直ちに処置され、このように病室に移された後、体力の回復を待って退院します。次は事務局に案内しましょう」


「質問よろしいですか?」


 案内人は表情を変えず「ええ」とだけ言う。その顔を覗き込みながらセラムが発言する。


「あのシーツはいつ洗濯しましたか?」


「さて、私にはちょっと。看護担当の者のほうが詳しいでしょう。事務局に行きがてら会った時に聞いてみます」


 案内人の視線はセラムの顔にあり、表情や声色はあくまで事務的。だが微妙に目が合わない。

 嘘はつかない、だが真実をすべて伝えるつもりはない。そんな感じだ。案内に従っていては肝心なところをはぐらかされてしまうだろう。


「すみません、大変申し上げにくいのですが、トイレはどこですか?」


 案内人は少し困ったように頭をかく。


「あー、一階にあるにはありますが……ここでするのはあまりお薦めしません。我慢はできませんか?」


「何故ですか?」


「実は皆さんの使い方が悪くて汚いんですよ」


 セラムの年齢と性別、そして階級を鑑みて良家のお嬢さんと考えたのだろう。使わせるのが申し訳ないと案内人はやんわりと断る。その態度の裏に何があるかまでは読み取れない。


「お気遣いありがとうございます。ですが結構我慢の限界でして」


「……仕方ありません、こちらです」


 後をついていくと猛烈な臭いが脳天を刺激する。


「では終りましたらまたご案内します」


 バッカスに目配せしてトイレの扉に手を掛ける。その足を一旦止め、扉に隠れるように案内人を覗きながらセラムは顔を赤らめながら言う。


「あの、恥ずかしいのであまり近づかないでくださいね」


 まるで見張るように扉の近くで突っ立っていた案内人の顔に動揺が走る。バッカスが案内人の視線を遮るように体を割り込ませた。


「おうおうおめえショウイのションベンの音聞きよるつもりなんか、この変態が! もっと離れやがれ」


 バッカスの怒声を背後にトイレの中を見る。


(これは確かに……)


 糞便が飛び散っており、用を足そうとすれば靴に付いてしまうだろう。臭いのもとは溢れかえらんばかりに積もっており、長らく捨てに行ってない事が見て取れる。これでは衛生面で最悪なのは当然、食中毒や感染症の患者のものであればここが感染源になり得るであろう。


「確かにショウイは可愛い、おめえの欲求も解らんでもない。だがな、世の中にはやっちゃいけねえ事だってあるんだ。そりゃあ扉に聞き耳立てたいだろうさ。誰だってそうする。俺だってそうする。だがそこは理性で押さえなきゃあな。人間……」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。私はそんな……」


 段々声が遠ざかっていく。


(っていうか何か聞こえちゃいけない台詞が聞こえたような)


 何はともあれバッカスはセラムの意図を汲んで案内人を曲がり角の向こうまで押しやってくれたらしい。タイミングを見計らってトイレを出てそのまま奥へ。


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