第四十話 病院視察1
「ヴィル、居るかい?」
軽いノックと同時に扉を開ける。ヴィグエント防衛の総司令官であり、ヴァイス王国軍の若き大佐殿であるヴィルフレドに対してこんな態度をとれるのは、セラムを含め片手で数えられる人数であろう。
「おや、少将殿。どうかされましたか?」
「いやいや、ちょっと用事があってね。ところでここでの仕事は慣れてきたかい?」
「ええ、それなりに。馬の世話が出来ないのが少々不満ですが」
「はっはっは、ヴィルはやはりソレか。ここの都市長とは上手くやっているかい?」
「まあまあですね。奴隷状態から解放したという実績もありますし、少なくとも反目はしていませんよ」
「それはなにより。じゃあ多少無茶してもいいかな」
「ええそうで……ええ!?」
ボソリと言った最後の言葉にヴィルフレドがノリツッコミのようなリアクションをする。
「いやあ良い反応だ」
「じゃないですよ! いったい何をするつもりなんですか!」
「いやなに、ちょっと外れの病院の視察にな」
「視察ですか? でしたら少しお待ちを。先方に連絡して正式に書類を……」
「お忍びで行くから」
「待って! 待って下さい! 病院の管轄は我々ではないのですよ!?」
「さっき聞いた」
「知っててですか!」
ヴィルフレドが今にも縋りつかんばかりに引き止める。普段では想像もつかないその焦りっぷりに、流石のセラムも引き下がる。
「わかったわかった。じゃあこうしよう。正規の手筈で視察に行くから、その代わり次の条件を飲んでくれ。一つは手続きを急ぐこと。抜き打ちと称して明日視察をするくらいで。二つ目は僕を新米士官として紹介してくれ。そうだな、情報分野の書記官少尉がいい」
「前者は解ります、少将はお忙しいでしょうから。それに抜き打ちのほうが実態が分かるというものでしょう。ただ、事前に病院側に報せますからありのままというわけにはいきませんが。しかし後者は承諾しかねます。そもそも何故少尉なのですか? 院長はたしか軍医少佐でしたからぞんざいに扱われるでしょうし、一部しか見せないでしょう。少尉扱いでは護衛も付けられませんし、態々危険な所に行く事も正直感心しません」
危険な所、というのは病気をうつされる心配をしているのだろう。それに身分が身分だ、どんな所に行くにも護衛を付けて欲しいというヴィルフレドの言い分もわかる。
だが。
「少将として行ったら取り繕った上澄みしか見せてくれないだろう? どっちにしろ一部しか見られないのなら見たいのは寧ろ底のほうなんだ。下からのほうが隙も見せるし、隠そうとする態度も判りやすくなるから欲しい情報が手に入る。護衛は、まあバッカスでも連れてこうか、力仕事担当とか適当に理由つけて」
セラムが意地悪い目になっているのを察したのだろう、ヴィルフレドは肩を竦めて諦めたように言った。
「そういう顔の時のセラム殿は絶対に行動を曲げませんからね、分かりました。仕方ない、手配しますよ」
「やった! ありがとね、ヴィル」
「その代わり病人には近づかないこと、あくまで少尉として振る舞うことを約束して下さい」
「うん、もちろんダヨ!」
微妙に信用出来ないニュアンスを感じ取りながらも「俺ってセラム殿には甘いなあ」と言いながら都市長宛てに書類をしたためるヴィルフレド。
一方でセラムも二つ目に関しては端から守るつもりだった。天下の副将軍のように「この印籠が目に入らぬか!」とやるカタルシスは味わってみたいが、本来の趣旨に合わない。ここは我慢のしどころだ。
ただしもう一つは、とつっこまれればセラムはこう言うだろう。
一つ目? 何かあったっけ?




