第三十九話 守るべきもの
セラム隊はヴィグエントに帰還し、出発地点の馬出に集まる。士官の号令のもと、装備品のチェックと返納が滞り無く進む。
セラムは整列した隊の前面に立ち剣を杖のように両手で持ちなけなしの威厳を演出する。
「皆よく働いてくれた。皆のお陰で住民を悩ます魔物達は駆逐された。大した怪我もなく全員無事に帰ってこれた事を嬉しく思う。我が隊の練度の高さを再確認した次第である。今日のところはゆっくり休んで、また明日から通常業務に励んでもらいたい。尚今回の論功行賞を数日後に行う。以上、解散!」
仕事がある者は残り、ない者は各々兵舎に帰ってゆく。セラムはといえば仕事があるのは街の中である。この場はカルロに任せて少数の護衛と共に防衛庁舎に向かう。
道すがら考えてしまう。ただ殺すために殺す、それは正しいことなのか。それは人を守るために必要不可欠なものなのか。人が戦う意味とは。今回の戦いは生存戦争なのか、それともただの虐殺か。果たして戦争とは何なのか。
考えれば考えるほど結論は深く沈んでゆく。まるでコールタールでできた流砂に嵌ったようだ。
セラムが視線を落としながら歩いていると、通りの反対側からの喧騒で現実に引き戻された。
見ると若い女性が門衛と思われる男にあしらわれているようだ。
あそこは都市庁舎だろうか、建物はセラムも何度か足を運んだことがある都市機能の中心とも言える場所である。
何事かと近づいていくと切れ切れに「病院が」「このままでは」「どうか」と聞こえてくる。門衛の方はどうやら手続きを踏んでない者は取り次ぐことは出来ないと断っているようだ。
結局女性は追い払われ、とぼとぼと都市庁舎を離れていく。
セラムはその様子が妙に気になり女性に近づいた。
「どうされましたか、お嬢さん?」
セラムの声に女性が顔を向けるが、警戒心からか固まってしまう。
自分よりはるかに年下の女の子が兵士を侍らせていたからか、そんな女の子にお嬢さん呼ばわりされたからか。警戒心の元を取り除こうとセラムが弁解をする。
「失礼、僕は軍の関係者で、防衛庁に行く途中であなたを見かけたところです。耳に届いた言葉が気になって声を掛けてしまいました。宜しければ事の次第を話していただけませんか? 何か力になれるかもしれません」
冷静に考えればこんな子供に出来る事など大したものじゃないと思うだろう。女性はしばし逡巡した後、やはり切羽詰まっていたのかセラムに話し始めた。
「私は、外れの病院に勤めている者です。今、病院は危機に瀕しています。運び込まれた患者に病気が蔓延して死者が急増しています。備品や食料品はまったく数が足らず、現状を医科士官の方に申し立てても改善せず……。こうして都市庁舎に直談判しにきたのですが相手にしてもらえず……」
セラムの目尻がピクリと反応した。
「医科士官と言いましたね。戦時病院なのですか?」
「はい。この前の戦争で新設された病院です。と言っても建物は古い再利用ですが」
「だったら軍の管轄ではないのですか? 何故防衛庁舎ではなく都市庁舎に?」
「病院はあくまで都市庁の管轄なんです。でも院長は軍医の方なのでややこしくなっているのですが……」
「わかりました。僕からも出来る限り働きかけてみます。貴重なご意見ありがとうございました」
女性はあまり期待していないようで、立ち去るセラムには拘泥せずとぼとぼと歩いていく。反対にセラムは明確な目的を持った足取りで防衛庁舎に向かった。




