第三十七話 魔物討伐4
「全隊、ススメ!」
カルロの号令一下横列に並んだ兵が前進を始める。
カルロが考えた作戦は二列の横隊をローラーのように前進させ追い立てるという至極単純なものだった。ゴブリンを発見したら端から順に折りたたんで包囲し、巣を発見後槍衾で圧し包むという山狩り作戦である。
十メートルおきに配置された兵が整然と歩く。蟻の隙間も、というやつである。
普通ならばそれぞれの条件が違う足場の悪い山で足並みを揃えるのは至難の業であろうが、よく訓練された兵には造作も無い。これもカルロ以下士官達の訓練の賜物である。「生まれてきたことを後悔するような地獄を想像しろ。よぉし、したか? そんなものは天国だ!」という言葉が聞こえていた時は自分があの立場でなくて良かったと心底思ったものである。
やがて布付き鏑矢が右翼に上がる。敵を発見したのである。
「包囲、狭め!」
カルロの指揮で編隊が折りたたまれていく。数に任せて囲む、面白みはないが基本に忠実かつ確かな戦術だ。
成る程カルロらしい、とセラムは思った。彼の生真面目さがよく出ている堅実な運用だ。だが凄いのはその命令を確実にこなす兵の練度である。これはカルロがどれほど有能な軍人であるかを雄弁に物語っている。
「少将、お気をつけを。追い立てられたものは無謀な突進をしてくる場合があります」
「うん」
魔物の断末魔が聞こえる。巣に近づいているのが分かる。見たこともない恐ろしいであろう容姿をした生物が次々とその生命の火を消す。それは何とも言えない気持ちだった。
不意に前方から草を分ける音がする。護衛役のバッカスが身構える。音の主が猛スピードで飛び出してきた。
「ギャオオゥオォウオ!」
セラムがビクリとした瞬間に異形の生き物がバッカスに串刺しにされる。どさりと地面に落ちたモノは体長一メートルくらいの人型でほぼ全身が毛で覆われていて露わになった肌は青紫色、耳が少し尖っていて白目がほぼ無い。鼻が異様にでかくぼつぼつと突起がある。ゴブリンと呼ばれるモノ、一言で表せば醜悪であった。
「やはり武装していやすね。この円匙は農家で盗んだやつですよ」
そう言ったバッカスは無造作に鉤棒をゴブリンの死体に突き刺し引きずり始める。セラムはその何の感情もないような動作に引っ掛かるものがあった。
「なあカルロ中佐、死体を集めるのか?」
「そうです」
「集めてどうする」
「まとめて焼きます」
「何かに使うということもしないのか? 食用……になるとは確かに思えないが、皮を使うとか何かの材料になるとか」
「魔物の肉を食ったものは魔を宿すと言われています。そもそも魔物自体忌むべきものですのでそれに関わるものを何かに利用する、ということは基本的にありません。軍の規定では全て焼却処分するよう定められています。もっとも個人で魔物狩りしている者などは魔物の体の一部を好事家や何らかの材料として闇市で売る事もあります。曰くつきの品として珍しい魔物などは高値で売買されるようですが」
ということは彼らはただ殺されるために殺されたのだ。彼ら自身はまだ窃盗程度しか……いや、やめておこう。そもそも人間の法で裁けるものではない。
なまじ人型だからこのような感情が生まれるのだ、相手は魔物、人間とは相容れない存在だ、とセラムは自分を納得させる。
バッカス : ヴァイス王国の兵士。獅子を思わせる豪の者。粗野だが人懐っこく、セラムを「タイショー」と呼び慕う。




