第三十一話 帰宅
重いのは足取りだけではなかった。帰りの馬車の中、胸というか下腹辺りがどんよりと重い。どうにもいらいらするのは体調がすぐれていないせいかもしれない。セラムは流れる景色を見ながら帰ったら誰にも邪魔されずにぐっすり眠りたいと思った。
自領地の建物が見えてきた頃、セラムは座席の辺りに違和感を感じた。
じわりと濡れている。
(まさかおもらし……? いや、この歳で、そんな感じもなかったぞ)
慌てて立ち上がって座っていた所を確認する。座席のシーツは真っ赤に染まっていた。
「あー、これはもしかして……」
何やら情けないような、申し訳ないような、何かを失ったような感覚を味わう。
家に帰るまで居心地が悪く、尻を引っ掛けるように浅く座って俯いていた。
出迎えてくれたベルは素早く事情を察すると赤い外套を用意してくれた。
言われるがままにおむつのような物を履き衣服を着替えるとベルは赤ワインをグラスに注いで差し出してきた。
(これはあれか、赤飯のようなものか)
もう考えるのも面倒くさくなり促されるままにそれを飲み干す。
「おめでとうございます。これでセラム様も一歩大人になりましたね!」
嬉しそうなベルを涙目で睨む。
ベルにはセラムの気持ちは解らないだろう。いや、こんな気持ちを解る人は極々少数だろう。
まさかこんな異世界で生理に苦しむ日がこようとは。
(今までは女になったといってもそれ以前に子供だったし異世界だったし大して実感もなかったけど、こうなると男から遠のいていくような事実をつきつけられたようで何というか)
辛いな。
今のセラムからは背中に哀愁が漂っているに違いない。
「なんかここ最近、特に今日はいらいらすると思ったんだ。どうりで」
正直この理由は思ってもみなかった。
「こういう時はそういうものです。明日は出かけるご予定はありますか? でしたら馬は避けたほうがよろしいでしょう」
確かに今何かに跨るのは辛い。揺れる馬車も嫌だが馬よりはましだ。
「うう、寝ていたい……。出かけたくない……」
とはいえそうもいかない。何せアルテアに会わなければならないのだ。ヴィレムと一緒に。
「……行きたくないよう」
ベルが珍しいものを見たというように驚いてみせる。
「ハーブティーを淹れて差し上げます。それを飲んで今日は寝てくださいな。少しは生理痛も和らぎますよ」
「うー、お願い」
というか十二歳でまだ生理がきていなかったのか。そんなことを考えながらハーブティーをちびちびと飲む。そこでふと思い至った。
「ところで僕って誕生日いつだったっけ」
これは元の自分ではなくセラムとしての誕生日だ。当然知らないのでベルに聞いてみたのだ。
「誕生日、ですか?」
「そう、生まれた日」
「さて、私は存じません。申し訳ありません。旦那様なら或いは」
この身分なら誕生日を家人と共に祝うくらいしただろうと思っていたのだが、ベルの言葉にもう一つの可能性を思いつく。
「ベル、僕はいつ十三歳になるんだっけ?」
「? 次の新年ですよ。おかしな質問ですね」
(数え年かぁー)
それなら納得がいく。生まれた日から一歳、年が明けたと同時に更に一歳増えるわけだから、今のセラムは実際は十一歳、場合によっては十歳である。
中世感たっぷりのこの世界だ。寧ろそっちが当然だ。ゼロ、虚数という概念があるかどうかすら怪しい。
「どうされました? お茶、美味しくなかったですか?」
「いや、美味しいよ。大丈夫、ちょっと疲れただけ」
脱力するセラムをベルは心配そうに眺めていた




