第三十話 城での執務6
「当分大規模戦闘は出来ないよ」
ガイウスの第一声はそれであった。
セラムは声を失くし開けた口を閉じることすら忘れる。
「おや、違ったかい? てっきりそれを聞きに来たのだと思ったんじゃが」
「いえ、そうです」
今の物資でどの程度の戦闘が出来るかを聞きに来たセラムであった。頭の良い人相手は話が早い。
「正直この消耗ではそうではないかと思ってはいましたが……単刀直入に聞きましょう。ゼイウン公国は援軍要請をいつしてくると思いますか?」
「やはりそれか。くるかこないかだったら間違いなくしてくると思うが、いつかと言われるとこればかりは相手次第だからねえ。遅ければ雪が溶けた頃。ゼイウンは山が多いからね、寒さが厳しい時期は行軍が難しい。だが相手は北の大地で育ったグラーフ王国軍、早ければ…………明日にでも」
「そうですか……」
この状況下、出せる軍勢は少ない。一刻も早い国力回復が望まれる。幸い収穫前にヴィグエント周辺の穀倉地帯を押さえられた。時間を稼げれば望みはある。
「ただゼイウン公国は自尊心が高い。要請がくるときはギリギリの状況かもしれない。此方としてはそうなる前に要請してきて欲しいが早過ぎると対応出来ない、悩ましいところだね。一番良いのは春になってから無理のない状況下で要請が来て美味しいところをかっさらっていけることだけど……無理な話か」
「それは流石に」
セラムも苦笑する。暗くなり過ぎないようにというガイウスの配慮が有り難い。
「実際のところ動ける将は僕くらいでしょう。今のうちに僕の隊、ヴィグエントにいる二千を戻しておきたいのですが」
これはセラムの自惚れではない。片足のアドルフォに戦場の現場、特に国外への遠征は無理だし、リカルドはノワール方面に行くことが決定している。ヴィルフレドはヴィグエントの防衛に必要であり、他の佐官クラスの将は魔物退治や小競り合い程度の軍団指揮の経験はあるが他国への援軍要請に応えるのは難しい。それにゼイウン公国との友好の架け橋のキーマンであるセラムが行くのは理に適っている。
「ふむ、だったら部隊を受け取りに行くついでに魔物退治をするかね?」
ガイウスから予想外の提案が発せられる。
「丁度ヴィグエント方面に魔物の被害報告があってね。勿論他の者に任せて君はここで待っていても良いんだが、これを機に経験を積むのも良いだろう」
確かにゲームの中ではサブクエストとして魔物退治は度々あった。メインクエストに絡んでくる事も稀にある。となればいつかは出くわす相手とも言える。何より人間相手と違ってセラムは一度も生で魔物を見たことがない。もし重要な場面で魔物に相対した時足が竦まないとも限らない。できれば会いたくないのが本音だが、より安全な条件で経験しておく事は必要だ。
「分かりました。その件、任せてください。ところで僕の部隊全員を討伐部隊として連れて行っても良いのでしょうか」
「いや、そこまでの規模じゃないよ。多く見積もっても三百いればいいと思うけど、まあ私は専門家じゃないからね。詳しくは現場の者に聞きなさい」
ガイウスが討伐依頼書と思われる書類にセラムの名前を書き込む。早速必要な書類を作成しているようだ。
「物資が消耗していても敵も魔物も待っちゃくれん。まったく、かなわんわい」
愚痴りながらもガイウスの手は休むことがない。本当は先程のリカルドの話も含めて兵の動員の仕方についても相談したかったのだが、肝心のセラムとしての意見をまとめてからでなければガイウスの邪魔をするだけであろう。
「では準備が出来次第出立することにします」
「ん、じゃあまた明日ね」
一礼をして部屋を出ようとするセラムの動きが止まる。
「ん? 明日……?」
「おいおい、明日は正式に姫様に婚約の挨拶をする日じゃろう。ヴィレム殿と一緒に」
「あー……」
素で忘れていた。できればそのまま忘れ去っていたかったくらいだ。
「すっぽかすわけにはいきませんかね?」
「いきませんな」
「ソウデスカ」
セラムは重い足取りでその場を去った。




