第二十八話 城での執務5
セラムが目指す方向は自衛隊のような完全志願制の精鋭部隊だ。それは即ち人民が前に出る社会、貴族等の特権階級とは相容れない社会だ。
国王の兵という名目で王制とは共存できる。イギリスのような構造だ。だがどうしても間に挟まれる貴族は立場が弱くなる。今の緩やかな封建社会 (フューダリズム)が崩壊しかねない思想なのだ。どこかで折り合いをつけなければ収まらないだろう。
「ではそれはそれとして次の質問です。僕は報告書を見て今の形式に幾つもの改善点があるのに気づきました。例えばさっき言われた物資の調達方法です。出来るか出来ないかは別として今の各部署、貴族毎にバラバラに買い付けていては無駄が出る。ですので国が一括で買い付けて各部隊に配備する方が良いでしょう。まとめて買ったほうが値引きも期待できる。勿論危機管理上全て同じ所で買うわけにはいきませんしそこまで多くの在庫を持つ商人もいないでしょうが、ある程度は買い付ける商人も少ない方が良い。といったことに気付くのに報告書という物は出来るだけ精緻な方が良い」
そう言ってセラムは自分の部隊とリカルドの部隊の報告書を並べる。
「これが僕の今回の報告書です。今回は特に細かく書かせましたが、項目や精度の差が一目瞭然でしょう?」
「確かに、紙束の分厚さだけで三倍以上あるな」
「全ての部隊でこれくらいに出来ませんか?」
「とはいえ兵だって記録だけやっているわけではないぞ。仕事をこれ以上増やすのはなかなか難しいだろう」
「いえ、仕事を増やすのではなく分けるのです。むしろ一人当たりの仕事量は減るくらいですよ。在庫管理専門の部隊や書記官といった人員を創るわけです」
これに対してリカルドは難色を示した。元々保守傾向が強い人物だ。こういう新しい試みはメリットよりそれに伴うデメリットの方に目が行ってしまうのだろう。
「軍隊というものはそれ一つで総ての事を賄う自己完結組織だ。それはどこを切っても別の人間が補完出来なければならない。専門職を創るのは寧ろ自己完結能力の妨げになるのではないか?」
「軍隊を体に例えるなら今の状態は手足や指が何本も生えた鈍重な体で、その多すぎる四肢により脳からの司令が行き届かない状態です。あえてそれらを間引き、使用する部位をはっきりさせる事により伝達と行動に無駄を無くすのです。そしてもし右手を切り落とされた場合は左手にその代わりをさせる。その為の専門分野であり、副として違う部署にその作業を手伝わせることで柔軟さを併せ持つ組織にする、それが僕の構想です」
リカルドが考えこむ。こういう時の彼は敢えてネガティブな思考でそれについての綻びを見つけ出す。まるで重箱の隅をつつくような嫌な仕事だが、組織の長として必要な思考法だ。
「具体的な方法論がないと何とも言えんな。軍部でも協議してくれ。上からの命令という形ならば私もそれに従おう」
出した結論はなかなかどうして彼らしいものだったと思う。
「分かりました。これについては僕から草案を出しておきましょう、では公爵、僕はこれで」
「待て、少将」
リカルドが引き止める。
「何か?」
「我々はヴィグエントを奪還した。その論功行賞で貴殿は褒美を断ったそうじゃないか。何故だ? かの作戦に於いて貴殿の立案、指揮の功績は特等ものだったろう」
「あの戦いの総大将はあくまで貴方ですよ。僕は間をちょろちょろと動きまわったに過ぎません。僕にとってはあの結果を得られたことで十分に満たされています」
セラムはリカルドに一礼して部屋を出る。重厚感のある扉が小さな音を立てて閉まった。




