第二十四話 城での執務1
ヴィレムが登城し正式にアルテアに挨拶するのは明日になることを確認した後、セラムは自分の執務室に籠って戦時、戦後報告書と睨めっこしていた。
先の戦いは反省点が多い。
まず村での攻防戦は戦いの要点を見誤っていた。この時代の戦争とは士気の削り合い。
セラムは村で簡易陣地を構築し弓兵を中心に据えることでいかに此方の被害を減らし相手だけに損耗を強いるかを考えた。撃ち合いで追い払うことが出来ると軽く考えたのだ。その引け腰を相手に気取られたのだろう。相手の圧力に負けた部分もあり此方の攻撃は思ったより控えめになってしまった。そこに相手は希望を見つけてしまったのだろう。
鬼気を孕んで迫ってくる集団があんなに恐ろしいとは。
辿り着けば必ず殺される、百メートル先からでもはっきりと分かる殺気をセラムは初めて感じた。
結果的には大勝だったがヴィルフレドが機転を利かせてくれなかったら負けていた。あとの勝因は練度の高い常備軍を率いていたから崩れにくかった事だろう。決して誇れる勝利ではない。
そして初の攻城戦となったヴィグエント、この采配は論外だ。後から思い返せばとてつもなく恐ろしい判断をしでかしている。今回は運が良かっただけだ。
確かに大砲五門に対し砲弾は二十発しか間に合わず、長期戦になった場合は軍議でぶちかましたような援護砲撃を満足に行えたかは甚だ疑問だ。だからこそセラムは焦った。二斉射目で砲撃の効果を確認した後破城槌を突撃させた。
ヴィグエントの防衛機能は特殊だ。籠城の際も多くを両側の砦との連携による機動戦略に頼り、その扱いは難しい。また、防備は対グラーフ王国に作られた経緯もあり北から攻める時は堅牢な防壁が待ち構えるが、南からはほぼ無防備でむしろ輸送がしやすいように開けている。
だが相手にはヴィグエントを占領してから三ヶ月もの猶予があったのだ。それだけあれば築城、防戦の得意な将であれば防壁のみならず二重門の普請をしていてもおかしくない。
破城槌というものは助走をつけて勢い良くぶつかってこそ真価を発揮する。
ところで日本の戦国時代後期の城の構造に枡形虎口というものがある。第一の城門を抜けたらL字型に曲がって第二の城門が待ち構える構造である。
もしヴィグエントがそのような構造であったなら突撃した先にも門があり、しかも助走距離も無く破城槌を生かせない。そして立ち往生している間に全方位から矢の雨が降るのだ。
セラムはあの時兵士の五割を突撃させた。これはセラムを始め士官や書記官などが集まった司令部、物資を管理する補給隊、学者等の非戦闘員、砲兵、そして守備兵を除く正に「全軍」である。
もし敵司令が防戦を得意としていたなら、セラムの剣の一振りで深刻な損害が出ていただろう。考えるだに恐ろしい。
かといってあそこで決断しなければ長期戦にもつれ込んだ可能性は否定出来ない。結局何が正しいのかは判らないが、運も実力の内と言い切るには背負うものが大きすぎる。勝敗は兵家の常という言葉がどのような覚悟で吐くべき言葉か、セラムは今更思い知ったのである。
「まったく、胃が痛い」
結果こうして戦時報告書にまで目を通し直してどういう経緯でこのような結末になったかをさらっているのである。




