第九話 軍議2
「今すぐ救援に向かうべきだ」
「外敵の脅威が……」
「籠城したとしてどの位で援軍が見込めるというのか」
「それは今話すことじゃない」
「援軍の事を考えずに話せる事でもないだろう」
その間にも軍議は進む。だが話がループした辺りでアドルフォが意見を打ち切った。
「大体意見が出揃ったようだな。我々がこのまま動かないというのは……」
アドルフォが駒を動かしながら言葉を続ける。
「無しだ。ヴィグエントを獲られれば今後の守備行動が困難になる。いち早く援軍に向かうべきだろう。それについて反対意見があるものは?」
全員沈黙によって肯定した。
「援軍についてはガイウス宰相に折衝をお願いしたい」
「最善を尽くそう。だがこちらの姿勢を示してからでないとノワール共和国は首を縦には振らんじゃろう。最低一ヶ月はみてもらいたい」
「そこら辺は政治判断もあるでしょう。お任せします。編成は城に最低限の守備隊を残して二千で行く。指揮は私が執る。意見のある者は?」
「よろしいでしょうか?」
恐る恐る、という声ではあったがセラムは初めて手を挙げた。今まで置物のようであった少女に一同の視線が刺さる。
「どうぞ」
「多分騎馬隊を連れて行きますよね。食料、いえ、糧秣を載せた馬車も……」
「当然だ。全員騎馬というわけではないが」
それが何か、と促される。アドルフォには十二歳の小娘の意見もきちんと聞く度量があった。それは敬愛するエルゲント将軍の忘れ形見だからという理由もあるだろうが。
「でしたらその想定以上に、出来るだけ空馬車を従軍させて頂きたいのです。あっ、馬車と馬を繋ぐハーネスも余分に」
「ほう、どうしてだ?」
「先の戦いは混戦だったと聞きます。傷病者は多いはず。重症の兵をいち早く安全な場所へ護送したいのです」
この戦いは恐らく負ける。しかもそう遠くないうちに。だから出来るだけ被害を少なくするための精一杯の配慮であった。
だがよく考えれば傷病兵でも籠城戦に参加させるために街に置いておくかもしれない。糧秣を降ろした馬車のみで護送は十分足りると判断されるかもしれない。
そんなセラムの危惧を厳しく突いてきたのは先程のイグリ軍団長であった。
「我々はこれから籠城のために援軍に行くのだぞ。余分な馬を連れて行くのにどれだけの水や飼葉がいると思う。それだけの利点があるとは……」
「イグリ」
アドルフォが遮る。セラムは所詮小娘の浅知恵と断じられるのを覚悟したが、アドルフォの語調はあくまで穏やかであった。
「ふむ、確かに重傷者がいても糧秣を徒に使うだけ。心に留めておこう」
そう言ったのはセラムの体面を守るためだったのかもしれない。だがそれでもセラムは自分の意見が一刀両断にされなくて心底ほっとしていた。