Missing you
誰が死ねって言ったの!
誰が死んでもいいなんて言ったの!
誰も、そんなこと許可してないよ・・・
昔から、あなたは自分勝手だった。誰の意見も聞かずに自分でいろんなことを決めちゃうんだ。それはほとんどあなた自身のことだったから誰も何も言わなかった。むしろ大人びているって、しっかりしてるって、自立してるって・・・けど、それは違うんだよ。私とか、周りの人とか、みんなに向かって鼻先をピシャって閉じてることだって、あなたは死ぬまで気付かなかった。
私はそれをこじ開けて、怖いもの見たさであなたに近づいてみた。あなたは突然入ってきた私に驚いて、どうすればいいかわからないままなし崩しに私を受け入れてしまった。ホント、あのときのあなたの顔は面白かったなぁ。
私はどうしようもなくあなたを愛した。今になると、どうしてあんなに妄信的に愛したのかわからなくなるぐらい。自分の殻に引きこもってるあなたを引きずり出したら、思ったより綺麗な宝石で、その宝石が自分の肌に馴染んで、知らず知らずのうちにいつもその宝石をつけちゃってる。買ってもらった新しい靴がすぐに駄目になってしまうように。
もしかして、あなたが死んじゃったのって私のせいなのかな。
あなたは日に日に弱っていって、もう治らなくって、ゆっくりとロウソクが燃え尽きるまで待つような、そんな、切ない時間・・・
私は、あなたにひとつ尋ねてみた。心が焦げるように熱くなってるこの想いで。
「ねぇ、どうして笑ってるの?」
あなたはいつも笑ってる。死んじゃうのに、もうすぐ、死んじゃうのに・・・
なのに、あなたは私を馬鹿にするように笑って
「楽しいからさ。楽しかったら、笑うものだろ?」
「だからっ、どうして楽しいなんて!」
私が叫んだら、あなたは痛そうに頭を押さえつけた。私が大声出したから、頭に響いたんだ・・・
「ごめん」
「別にいいさ。君の言ってることの方が正しいよ」
あなたは笑った。あなたは、何一つ不安のない顔で笑った。あなたは、とても落ち着いて笑って、暗い顔してる私が間違ってるような雰囲気で、とても自分がみじめに思えてきた。
「死ぬのが、怖くないの?」
私はあなたにそんな質問をしたけど、実は私の方が死ぬほど怖かった。あなたが死ぬことが、あなたともう会えないことが死ぬほど怖い。それでも、素直に死を受け入れてるあなたが一番不気味で怖くて、私は泣いてしまうのを必死に我慢していた。
「それはもちろん怖い」
ゆっくりと語るあなたの目は、どこか遠くに向けられてる。目の前の私でも、死でもなくて。穏やかな顔で、私の知らない世界を見ている。
「やり残したことだってたくさんあるし、君と別れるのも嫌だ。そう思うと、絶望の淵に立たされたような感じで、気が狂ってしまいそうだよ。でも、僕が弱音を吐いて泣いたらさ・・・」
「君が怒るでしょ、男だったら泣くなって?」
あなたは冗談めいた笑みを浮かべて、私に微笑みかける。
「死ぬのは怖い。けど、君に怒られるのはもっと怖い」
茶化さないでよ・・・
冗談半分のその笑みが、私が最後に見たあなたの笑顔だった。
バカみたいだよね。死ぬはずのあなたが笑って、死なない私が泣いてるなんて。私が一人空まわりしてるようで、バカらしくて、誰もいない部屋で泣きながら笑った。
あなたがいなくなって、独りで、時々いろんなことを考えてる。私は、死にゆくあなたに何かさせてあげられたかな? 私は、死んだあなたとどう接すればいいんだろう? 私があなたを愛したことはもしかして間違いだったのかな?
もちろんそんなことの答えなんて永遠出てこなくて、私は螺旋階段を駆け足で下るように心の奥底に沈んでいった。
あなたのお墓は、市街地の小さな墓地にある。私は週に一度、あなたのお墓に花を供えに行く。今さら、私があなたにできる唯一のこと。
その日も菊の花を一輪供えて、私はじっとあなたの墓石を見つめていた。
墓石に削られたあなたの苗字を指でなぞる。何度も、何度も。機械的に削られたくぼみは何一つおうとつもなくて、氷を滑らせたようにスルリと通り抜けていった。
あなたは、強いよ。本当に強い。比べられると私が惨めになっちゃうほど、あなたは強い。
でも、その強さはどこか切なかった。
どうして、一人でいたがろうとするの? どうして、一番大事なときに私を隣に置いてくれないの?
せめて、残されたものの気持ちぐらい考えてくれてもいいじゃない。
もう、あなたは笑ってくれない。話し掛けてくれない。墓石になったあなたは無機質で冷たくて・・・抱きしめてくれることも、愛してるの一言も、手を握ることさえ氷が溶けるように過去のこと。それはもう、昔話のお話のよう。
あなたの顔を思い出す。痛いくらいはっきりと頭に焼き付いちゃったあなたの顔を。その愛しい人の表情に心締め付けられながら、時間が流れていくのを静かに感じてる。
一秒・・・二秒・・・三秒・・・
あなたが死んでも、私が狂っちゃうくらい泣いても、時間は止まってくれない。
私はその中で、あなたを思い出にしてしまうと思う。あなたとの日々はいい思い出になって、私はまた別の人を愛してキスして腕を抱いて・・・あなたを、忘れてしまう。
それが私には耐えられない。想像しただけで気が狂うほど、耐えられない。
あなたは、私にどうしてほしいのかな・・・私は、これからどうすればいいのかな・・・
「僕は、君と会えてよかったと思う」
あなたが真っ白なベッドの上で、本を読みながらそう言ったのを覚えてる。
「君みたいに無計画な人間はなかなかいないよ。何が起こるかわからないからいつも冒険気分だね」
「それは結果的にけなしてるよね?」
私がイラッとした表情を見せて、あなたが可笑しそうに笑った。
「でも、やっぱり君と会えてよかった。毎日楽しく過ごせていけたし、自分を大切にできた」
白いパジャマに、白いベッド。白い壁、白い床、白い雲・・・何もかも白い病室で、顔色の良くないあなたは優しく微笑む。こんなに折れてしまいそうなのに、太く強く笑ってる。
「自分を大切に? どういうこと?」
私が首をかしげると、あなたは何かを隠したように微笑んで
「それは、じきにわかるよ」
でも、それはあなたが死んでしまった今でも私はわからないよ。
私はゆっくりと立ち上がって、あなたの墓石を優しくなでる。
わかってるんだ。いくら私が悲しんだって、あなたは戻ってこないことぐらい。
あなたは本当自分勝手だから、どうせ向こうじゃ私のことなんか気にかけてないでしょ。こんな惨めになった私のことを、真剣に不思議な顔をして首を傾げてるだけでしょ?
私も、歩かなきゃいけない。あなたみたいに、自分を大切にしていかなきゃいけない。そんなこと、心の奥ではとっくにわかってるよ。わかってるけど、無理なんだよ・・・
あなたは笑うかもしれない。あなたは強いから。弱い私の気持ちなんてわからないから。
無理でも、歩かなきゃいけないんだ・・・あなたのいないこの世界で、私は生きていかなきゃいけない。
精一杯強がって、強がって、強がって。例え苦しくても倒れても、死んじゃうくらい辛くても。
絶望の淵に立たされたような感じで、気が狂ってしまいそう。でも、私は強がらなきゃいけない。私が弱音を吐いて泣き出したら、向こうであなたに馬鹿にされそうだから。
あなたのいない世界で生きるなんて嫌だけど、あなたに馬鹿にされるのはもっと嫌。
「また来るね」私はあなたにそう告げて、墓地を立ち去る。
頑張ってみる。今はそれだけしか言えないけど、今という一瞬だけでもあなたとの思い出を、死を、受け止めて歩いていける。
だからさ、たまにはあなたの側で泣かせてくれてもいいかな?
また明日、歩いていけるから。