それぞれの想い
突然の燐からの提案に戸惑いながら出来るだけソレを表に出さずに混乱する頭を必死に整理した。そう、俺が考えていたのは燐の親切な行為を感謝することではなくその真逆。
‘年頃の男女が同じ屋根の下に住んでて問題ないのだろうか’
まず脳裏によぎったのはこの煩悩溢れる致命的な問題だった。幸い燐は心配してくれての提案だからそんな事は微塵も考えていないだろうが、俺は男でさらに思春期真っ最中だ、変に意識してしまう。意識しすぎてもあまり良くないので心の中で南無阿弥法蓮華経を唱えるように心を無にした。
「気持ちはありがたいけど燐、それは少し大袈裟じゃないか?。確かに危ないっていうのは分かるし燐が心配してくれてるのは分かるけど……流石にこんな白昼堂々と手出しはしないって」
不思議なもので燐と向き合った俺の口からは本音とは裏腹の建前のような言葉がスラスラと出てきて自分でも驚いた。
「大袈裟じゃありませんよ。竜也さん、神憑きからの攻撃を受けましたよね……。私は知ってます。本来こういった場でこんなお話をするものじゃないのは分かっています。ですが事態はあまりにも急で一刻を争います。お願いします、私と一緒に来てください」
燐の真剣な目とその強い想いが直接伝わってくる。
あまり感情を表に出さない燐だからソレが痛いほど伝わるのかもしれない。
でも、俺は……!
「えっとー、落ち着こ?燐ちゃん。私もだけど琢磨くんも事態を呑み込めてないんだけど……。
まず竜也君がなんで何者かに狙われているの!?それと琥珀家の血筋って!?神憑きって何!?」
「そうですね、では順を追って説明しましょう。
琥珀迅、それが竜也さんのお爺様の名前です。竜也さんのお爺様は誰も使うことができない異能を持っていました。それは世界の全てを塗り替えられるほどのとても強力なものでした。ですが、身に余る力は当然政府も狙ってきます。圧倒的な軍事力を欲する日本政府はその力の解析をするために血液を採取し、クローンを作ろうとしましたが、それは不可能な話でした。何回やっても成功しない、諦めた政府は今度はその力を危険視するがあまり捕まえて拘束しました。その後は……」
「ちょっと待ってくれ。なんで燐はそこまで俺たちの事を!?
それに日本政府の策略ってなんなんだ!!」
「落ち着けって。お前が混乱するのも分かるけど今は話を聞こう。それから質問タイムといこうぜ」
慌てふためいていた俺を見かねた琢磨は落ち着いた声で制す。
「そ、そうだな。すまない。取り乱していたみたいだ」
そう謝罪すると俺は麦茶を少し口に入れ、また燐の話に耳を傾ける。クーラーで冷えた室内は冷や汗をかくことすら俺には許してくれなかった。
「次に神憑きと呼ばれる組織の説明をいたしましょう」
燐は透き通った声で淡々と説明をする。当然俺は無関係ではないので真面目に聞くことに専念した。
「神憑き、というのは‘神と契約したモノ’の事を指します。
例えば海ならポセイドン。炎ならスサノオ。雷ならなるかみ。風であれば風伯。当然契約と言っても命を差し出す訳ではありません。自分の血を媒介にして契約神の力を使います。そうですね、分かりやすく言えば、地面に魔法陣のようなものが出て来てその血を対価として武器が生成されます。もちろん、その能力も様々で神憑きの組織のトップはデウスと契約したとか……」
「以上が私の知っている全てです。何か質問はありますか?」
燐が言い終わるとパチパチ、と拍手が聞こえた。
「よく調べてあるじゃない。なら私も関係ないふりは出来ないわね」
そういうと豹変したかのように香澄が入り込んできた。
先程までと違う冷気のような眼差しと落ち着いた口調にその場にいた全員は意識を香澄に集中させた。
「もう分かってると思うけど、皆はもう知らんぷりも出来なくなっているし引き返すこともできないわ。出来れば琥珀の事情に巻き込みたくはなかったけど……。貴方達には協力者になってもらうわ」
理不尽かつ凛とした態度にその場の空気は固まった。
「皆もわかったと思うけどお兄ちゃんのこの怪我は神憑きとの戦いによるものよ。もちろんお遊びなしの、それもホントの命のやり取り。狙われる理由は琥珀の血、お爺ちゃんの持っていたと言われている‘次元干渉能力’の発現を恐れているからよ」
やっと意味がわかった、何故あの日に神憑きと呼ばれるメンバーが現れたか、何故俺を狙ったのか。何故翡星石が目覚めたのか。
【因果】【運命】
押付けられた運命でも逃げることはできない。結局逃げる事は死を意味する。この繋がりを護りたい、ならどうする?
答えは考えるまでもなくただ一つ、戦うこと。過酷な運命に向き合うこと。そして信じること。
「みんな、すまない。俺と香澄の事情に巻き込んでしまって。でも、必ず護る。誰も傷付けさせない。皆が笑って元の生活を送れるように、この色褪せた世界に光を取り戻す。そのためにも」
「馬鹿だな、お前。つーか水臭いっーの。お前が出来ない事は俺達がやる。だけどな、俺達が出来ない事はお前がやれ」
と全て言い終わる前に琢磨が頭の後ろに手を組みながら、あっけらかんと言い放つ。
「そ、そうだよ!私には祈ることしか出来ないけど。あっ、お弁当くらいなら作ってあげられるから!。それと、えっと、それと」
「そんなに気を使ってくれなくてもいいのに……でもありがとな」
これでもか、と無理やり明るく振舞う燐に感謝しながら心を救われた気がした