休息
「はっ!今何時?」
竜也は今日も学校があることを忘れていたかのように深い眠りについていた。いつもより数倍近く重い体を起こして愛用の目覚まし時計を見ると時刻は11時を上回っていた。竜也は時計を手に取り目覚めたての頭で考えた。
学校のHR開始時間は9時、つまりどう足掻こうが遅刻は確定していた。
「げっ!、余裕をもっての遅刻じゃねーか!。飯なんて食ってる暇なんてないな。・・・それにしても我ながらすごい夢をみたな、ノベル作家になれとでもいう神のお告げかな」
そんな冗談を言っていると自分の体に見たこともない包帯が巻かれているのに気付いた。飾りではなく、動こうとすると刃物で斬られたかのような鈍い痛みが疾る。まるで‶夢のことが現実に起きた〟かのように竜也はゾクッとという悪寒を体に感じていた。
「夢に違いない」そう思って竜也は学校に行く支度をしているとトントン、グツグツと料理をしているかのような音とともにさながら上流階級のレストランにでもいるかのような香りが家全体に漂ってきた。
料理人にメイドや執事を雇った記憶なんてない、俺の夢がもし現実ならいるはずだ、香澄が。
がらっ!
竜也は勢いよく台所の扉を開き、すると直ぐに理解した。
‶夢なんかじゃない〟ことに。
「おはよう、お兄ちゃん。体の方は大丈夫?。すぐにおいしい料理作るからね♪」
誰から見ても美少女だと認識されそうな可愛い女の子がピンク色くまがプリントしてある少し小さめのエプロンを身にまとい料理をしている姿があったからだ。
その正体は俺の妹の香澄であり手慣れた手つきで炒め物をしていた。
目を見張る竜也をしりめに香澄は鼻歌交じりに再び料理に取り掛かった。
---夢であってほしかった---
そんなことは思う必要はなかった。
神憑きだの翡星石、ましては創生者をどうかと問うより香澄といられることが何よりも嬉しかったからだ。
暫くして料理が出来上がった。香澄の手料理が次々にテーブルに運ばれる。
「香澄、俺も皿くらい運ぶって」
俺はは手が空いているので食器を並べる準備をする為にその場から動こうとしたが香澄に制止させられてしまった。
「お兄ちゃんは座って待っていればいいの。私がやりたいからやっているんだし」
「そうか、解った。何かあったら言ってくれ」
「うん、ありがとう」
申し訳ないという気持ちと同時に、これが兄妹生活かと感激を覚えた。
少し待つと最後の料理を運び終えた香澄が俺の目の前の椅子に座っていた。
目の前では今すぐにでも店を開けるんじゃないか?と疑ってしまうほど目を奪われるような料理が並んでいた。
「お待たせ、それじゃあ食事にしましょう」
「そうだな、せっかくの香澄の手料理が冷めたら勿体ないしな」
少し照れたように顔を赤くした香澄が早く食べるようにと促してきた。
俺も腹が減っていたので素直に従うことにした。
「それじゃ、いただきます!」
「はい、召し上がれ」
竜也はこんな料理久々に見たと言わんばかりに目を輝かせていた。
そして目の前にあった酢豚を箸でつかみ勢いよく頬張った。
身の前でその光景を目に香澄に緊張感が疾風った・・・が、心配は杞憂と化した。
「美味い!!。こんなに美味いの食べたことがない!」
「本当!?」
「本当だ!。香澄は料理もできるんだなぁ」
「そんなことないって、でも・・・お兄ちゃんの為に頑張って覚えたんだよ」
「ははは、ありがとう」
「でも、ちょっとしたのしか作れなくてごめんなさい」
「そんなことないって!。これだけの料理が作れればいいお嫁さんになれるよ。むしろ俺のお嫁さんにでも・・・なぁんてな!」
「お兄ちゃんったら妹にそんなこと・・・ごにょごにょ」
「おーい、香澄?。戻ってこーい」
どういう解釈をしたのか香澄は真っ赤なトマトのように顔を赤めるとごにょごにょと俺をみては赤面を繰り返していた。
しばらく香澄との昼食を楽しむと時間は12時30分を指していた。
今から行けば午後の授業には間に合いそうだと竜也は考えていた。
もともと竜也は成績は悪くはない、一日でない程度ならわけもなく取り返せる。
それでも学校に毎日向かうには意味があった。
私立波沙羅戯高校に通う竜也は国からの補助金が他の学校の生徒より幾分か多い。
それは波沙羅戯高校が三大難関合格高校の一つであり卒業した時点で就職または進学が保障されているからだ。
それくらい優遇された高校で遅刻、ましては無断欠席が許されるわけがない。
他校で単位が足らない生徒が校内のボランティア清掃をして単位がもらえるという話を聞いたことはあるが波沙羅戯高校の場合は遅刻をしただけで校内清掃、無断欠席の場合は補助金の支給額を削られると同時に校外清掃を一週間行うことが義務付けられているからだ。
「ごちそうさま!」
「お粗末さまでした。片づけは私に任せて」
「じゃあ頼むよ」
後片付けを香澄に任せることにした竜也は直ぐにポケットから携帯を取り出すと電話を掛ける準備した。
「今の時間なら出るかな?」
「どこに電話するの?」
「学校だよ、今から行きますってね」
「それなら心配いらないわ。お兄ちゃんの携帯を使わせてもらってお休みの連絡ならしておいたから」
「えっ?」
竜也は香澄の用意周到ぶりに驚かされながらも携帯を見を見ると確かに最新発信履歴の一番に【波沙羅戯高校】と表示されていた。
「香澄はよく学校の番号知ってたな」
「お兄ちゃんのことは調べたからね。学校のこと、好きな女の子のこと、女の子との友好関係のこととか」
「なるほど、後者の方はいまいち解らないが、とりあえず今日の休みの連絡の件なんだが」
「お兄ちゃんは怪我人なんだし学校は当分行けない。隠ぺい連絡は完璧だわ」
「それもそうなんだが」
「お兄ちゃんは傷のことを追及されて他の人を巻き込みたいの?」
「そんなことはない。皆には内緒にしておきたいに決まってる」
「優しいね、お兄ちゃん」
「そんなことは無い。それと教えてほしい。昨日のことを・・・」
「いいわ。私が知っていることをおしえてあげる」
そう言うと香澄はどこからかホワイトボードと数本のペン、それと指し棒をもってきて学校の先生のように解説を始めた。
「まずは色星石からの説明からね」
「色星石ってこの翡星石みたいなのか?」
「そう、合っているわ。この世界にはお兄ちゃんが持っているような特殊な力を秘めた色星石と呼ばれる石が七個あるの。翡星石、金糸雀石、蒼海石白雪石、(しらゆきせき)漆黒石、(しっこくせき)、菫石、そして私の持つ紅蓮石」
説明の途中にも関わらず香澄は自分の懐から赤色に染まった石を取り出して俺の前に差し出し、説明を続けた。
「昨日見たように色星石には特徴があってどれも違った効力があるのは解る?」
「一応は、俺の翡星石はイマイチ解らないが香澄の紅蓮石なら炎を操る感じだろ?」
「いい調子ね。そう、私の紅蓮石は創生力を炎に変換させるのが主な能力ね。普段は真紅に纏わせているから戦闘中しか使えないイメージを持たれやすいけど、他にも大気の気温に干渉することによって周囲の温度を上げたり熱に関わる事なら工夫次第ではなんでも出来るわ。ちなみに真紅は私の剣の名前よ」
カッコいいでしょ!と言わんばかりにキラキラした瞳をした香澄がこちらに視線を投げかけてきた。
「ははっ、香澄らしいな。---って、ん?創生力ってなんだ?」
「それも今から説明するわ」
再び凛々しい表情をした香澄がホワイトボードに向かうことにより香澄先生の特別授業が再開された。
「創生者とは主に色星石に選ばれ、契約を結んだ人のことを指していて、創生者とは字の通り創り出す者という意味を持つわ。勿論誰にでもなれる訳じゃないし創生者になるにはいくつかの条件を満たさないといけないもの」
「条件?」
「まず、その1 色星石を半径1キロ以内に1週間以上置くこと。その2
色星石を覚醒させること。その3 色星石と契約すること。その4 〝魂を色星石に売ること〟」
最後の言葉を聞いたとき聞き返さずにはいられなかった。魂を売る?意味が解らない。俺の体には何一つ変化は無いし体調だって優れている。
「つまり存在を売るということよ。解りやすく言えば自我の中に色星石の意識を取り入れる。何回も色星石の力を使うと強すぎる力に心が乗っ取られて〝自分が自分で無くなってしまう〟ということよ」
考えていることが解ったのか香澄は続けて言い放つ。
「色星石は禁忌の力。何の対価もなしに神如き力が手に入るわけないわ。それを知ってても私はこの力に縋りつくしかなかった・・・」
俺は言葉を失った、重すぎる対価だけでなく香澄が俺の知らない所でここまで追い込まれていたころに。
「香澄、よく頑張ってきたね。これからは俺が香澄を守るから安心していいよ」
「っ!・・・ふぇえええええええんおにいちゃあああああん」
根拠なんてなかった、必要なかった。俺の想いをそのまま口に出す、飾らずに真っ直ぐに。自分の言葉で。
香澄は俺の胸に子供のように飛び込み堰を切ったかのように大泣きした。
今までの悲しかったことや辛かったことが涙となって溢れてくる。
俺は気の利いた言葉が浮かばずにただ香澄の頭を撫でてやる事しか出来なかった。
ここまで香澄を追い詰めた何か解らないものに沸々と怒りが沸き起こってくるのを香澄には悟られまいといつもより柔和に微笑みながら静かに頭を撫で続けた。
しばらくして落ち着くと香澄は恥ずかしそうに顔を俯かせながら小声で
「ありがとう、お兄ちゃん」
と微笑んだ香澄の笑顔は心の中に焼き付き二度と忘れないだろう。