契約
「ほう、そいつを兄と慕うところを見るとお前も琥珀の血筋だな?」
蒼マントの男は驚くそぶりも見せないまま小刀の切っ先をを香澄に向け直し、牽制しつつ間合いを取った。
「ふむ、やはり小刀では若干厳しいか」
蒼マントの男は腰から一メートルはあろう日本刀を取り出した。
「やっぱりそっちが本命みたいね。いいわ、かかってきなさい」
香澄は再び自分の背丈くらいある長刀を構えなおし、男の懐に一瞬で潜り込み死角から斬りかかった。香澄は相手の体が大きい分瞬発的なスピードや反応速度は自分のほうが有利だと分析していた。
しかし、それと互角程度の反応速度を見せる蒼マントの男は「キィィィン」と金属特有の音を響かせ香澄の一閃を受け止めていた。
香澄は直ぐさま来た斬り返しに鞘を使って凌いでそのまま後ろに飛んで距離をとって再び長刀を構えた。
正確に言えばあまりの力の強さに体が後ろに吹き飛んだところを回転して着地した。
「香澄……香澄なのか?」
竜也が信じられないとばかりに目を丸くしているうちにも香澄と蒼マントの男の死闘は止まることは無い。
目の前で繰り広げられる目まぐるしい攻防を見ていると三年前の香澄の姿などなく〝違う世界の住人〟だと言われても疑わないだろう。
「今は、流暢に話している暇はないわ、でもお兄ちゃんは必ず守るから」
すると、香澄は短く息を吸い込むと長刀を振りかざしジグザグと走りながら一気に間合いを詰めた。
「素晴らしいスピードだ、若干だが俺を上回っている。だが所詮それまでのこと」
「優っているのがスピードだけだと思わないことね」
そう言うと香澄は勢いを殺さずに自分の身長の数倍跳躍して刀身に体重を乗せて回転しながら蒼マントの男の肩に刃を叩き込んだ。
香澄の姿を見ていると懐かしい感覚がした。
昔から香澄は何かにつけて竜也の世話を焼きたがっていた。
お風呂に入るときは背中を必ず流しにきたし、離れ犬に遭遇したときも何処からか木刀を持って竜也を守っていた事。そして二人で星空を見上げていたことを――
様々な事が竜也の頭の中をメリーゴーランドのように駆け巡った。
そして1つの結論へと導いた
間違いない。この女の子は香澄だ。
「うそ・・・効いてない?」
確かに香澄の一撃は皮膚を貫き肉を斬ったように見えた。
「少し気づくのが遅かったら致命傷だった」
蒼マントの男は瞬時に体をひねりダメージを最小限に抑えていた。
「痛かった分は楽しませてもらう!」
マントの男は得物の日本刀も使わずにそのまま香澄の腹に拳を突き入れた。
「--くっ、えっほえっほ」
蒼マントの男の一撃を受けて香澄は吹き飛びながら地面を転がった。
蒼マントの男の拳は大きく一瞬呼吸困難に陥ったのと同時に地面を転がったため体には擦り傷や、あざ、流血と酷く体にはダメージを負ってしまった。
[たとえ紅蓮の甲冑を身に纏い、銃刀法違反の許容範囲を優に越えた尺の長い長刀を自在に振り回していても関係ない。
目の前にいる女の子は最愛の妹の、琥珀香澄だ。]
それを気づいた瞬間竜也の心には様々な感情が溢れ、瞳からは涙が零れた。
命が助かったことの安堵?
相手の圧倒的な力量の差?
経験、技術や能力?
違う。
再開を果たした妹を闘わせて自分は何もできない。悔しい 歯がゆい 恨めしい 赦せない。
竜也の中では黒く淀んだ感情が込み上げていた。
それよりも〝妹を護ることも出来ない〟自分の弱さに苛立ちを隠せずに涙が止まらなかった。
「俺が結局は護られているだけじゃないか。……こんなにも傷付いた妹を護ることも出来ないのかよ」
竜也の問いかけには誰も応えない
「良くするとここまで耐えたものだ。敵ながら見事だ。だがそろそろお仕舞いにしよう」
マントの男はおもむろに自分の肉にナイフを突き立てた。
「我の血肉を糧とし、いま一度汝我と契約せよ。生命の始まりにして永遠の源よ 大いなる海の神ポセイドンよ我に再び神力を与えたまえ!!」
すると魔方陣は男の腕から流れ出る血を取り入れ、その対価として小刀に神力を与えた。
小刀は瞬く間に水流を纏った双剣へと変わっていった。
「ちっ、貴方が神憑きだったのは計算外だったわ。神憑きを相手にお兄ちゃんを護りきれる保証はないわ。お願いだから逃げて!!」
妹が乾いた声で必死に懇願している。
本来なら逆で妹を護らなければならないのに。
俺はやっと逢えたばかりの妹をまた失うのか――
「なぁ、こんなに悔しいだけの事ってないよな。俺の命はどうでもいい。目の前の妹を……香澄を助けられる力を。頼むよ、翡星石……お前の力の一割でいい。俺に授けてくれえぇぇ!」
すると竜也の持つ翡星石から目映いばかりの光が差し込んだ.
「そんな…お兄ちゃんが翠の創世者だったなんて」
「くっ、翡星石が覚醒してしまったか」
誰もが翡星石の存在に目を奪われる
「貴様が私の契約者か?」
どこからか声が聞こえた。直接的な声じゃないのは解るから多分脳内にリンクしていることが解った。
「契約者かどうかは知らないが、今の状況を打破出来るなら何でもする。俺には命に代えても守らなきゃならないものが目の前にあるんだ!。躊躇なんかしてられない、ここでやらなきゃ一生後悔する。そして何より兄貴失格だ!」
たとえこの翡星石が禁忌の力を持って悪魔との契約だとしても縋りつく。今は自分の安否なんか気にしている場合じゃない。
生半可な気持ちで揺らぐ意志なんか香澄に逢ったときにとうに消えている.
「貴様の覚悟、確かに受け取った。ならば刻印の契約を始める。」
翡星石が熱を帯びた、それも人が触れたら間違いなく火傷をおこす程の熱量。それはゆっくりと竜也の腕に誘われ、そして、竜也の腕を熱く焦がした。
「熱い、焔に包まれているように。腕が燃えそうだ…」
暫く竜也の右腕から翡星石が離れることは無くかった。
30秒後に解放されたが竜也には数十分の苦しみを錯覚させるような痛みを伴った。
「はぁ・・・はぁ。なんだ。これは……これが刻印?」
竜也の右腕には翡色の星が刻まれていた。
その刻印は微弱ながら光を放ち、人肌以上の熱を帯びていた。
「契約完了。貴様はこれで真の翡の創世者になれたのだ。おめでとう」
直後竜也は今までとは比べ物にならない自信に満ちていた。
契約をしたことによる基礎能力の上昇にくわえ、体の火照りは増していく一方だ。
契約者
翠の創世者
翡星石
何一つ解らないけど。
解ったことがある。
俺の日常的が崩れさったこと
そして俺は本物のシスコンだったこと
「クリータープロテクト。起動」
翡星石から伝わる波動が身体を包み込む。
波動は形を変えやがて翠の甲冑に姿を変え。翡星石は甲冑の一部になった。コア(翡星石)の役割をしていることはすぐに解った。
「クリーターは創世者だ。ここにないものを呼び出し、作り出す。お前は何を望む?。お前の欲望、力をここに示せ!!」
竜也は純粋に力を欲した。神力を纏った双剣に対抗できる力。
その瞬間翡星石が眩いばかりの光を放った。竜也は先程の光よりおとなしめだったので狼狽することはなかった。
光が収まったと同時に何もない空間から翠色をした2丁拳銃が出てきた。
ハンドガンの形をしながらカードリッジは無く、代わりにメーターのように見える何かが刻まれていた。
竜也はそれを手に持ち真っ直ぐに前を見据えた。
「こいつがあの双剣に対抗できるというのならやってやるよ!。香澄、ありがとう。後は俺がやる。」
香澄の前に飛び出した竜也は自分でも考えられないくらい心は穏やかで思考はクリアだった