私立波沙羅戯高校
そんなこんなで20分琢磨と他愛もない話をしているとすぐに目的地についた。
悪魔の巣窟、人間鳥籠と比喩される学生を苦悩と劣等感の毎日に誘う数字活字のコロシアム。
そう、義務教育で避けては通れない高校だ。
――今から50年前に政府の取り組みで高校卒業までが義務教育に制定された。
理由とすれば学歴の標準化が掲げられる。
以前は中学までが義務教育だったため、家庭の事情で進学を諦めやむを得ず就職する生徒も稀にだが存在した。勿論ほとんどの企業は最低高校卒業が必須になっていてその時点で既に埋まることの無い給与の格差が生じてしまう。それを懸念して作られた苦し紛れの法案。だが企業からは「誰もが高校卒業レベルの能力を持っていて即戦力が期待できる」と好評価を得ているため高校義務教育化法案は今でも日本に強く根付いている。
義務教育とはいえ生徒の意志を尊重する事が第一という理念のもと自由に高校受験は許可されている。その反面、志望校に落ちれば定員が空いている高校に飛ばされ、強制的に入学するというシステムになっている。
その中でも西洋風のお城のような外見に合わせ内装は木造で床は畳と日本と西洋を合わせたような一際目立つ高校があった。
〝私立波沙羅戯高校〟
定員120人とされながら倍率は7.5倍。進学率や、部活動実績もさることながら‘ただ制服が可愛い’という理由だけで女の子から絶大な人気を得ている進学校。
男女比率は7:3と女子が圧倒的に多く在学している。
もちろん出会い目的で入学したがる男子生徒も数多くいるが面接の時点で大体は落とされている。つまりここに入る事ができるのは‘不純な理由を持たず秩序を乱さない’と評価された人だけだ。
そんな思春期男子の憧れるような学校にただ[近かったから]という理由で俺は入学した。
最初のうちは見渡せば女の子ばかりなので友達ができないとぼっちスクールライフを覚悟していたが、入学して3ヶ月も経てば慣れたようで自然と女の子と話せるようになっていた。
1年生の教室は4階にあるそれに4クラスあるうちの3番目。Cクラスに所属する俺は階段を登ったあとに東に歩かなくてはならなかった。
暫くして俺は教室の扉を開けた。引き戸タイプのトビラだから勢い良く扉は開く。すると小動物にも似た小柄な女の子が尻尾をブンブンと振るかのようにお出迎えをしてきた。
「おっはよー!竜也!」
飛び掛からんといわんばかりの勢いにすこし気後れしながらも俺はいつもどおりに挨拶を返した。
「おはよう、千歳。相変わらず元気そうで何よりだ」
「でしょー。元気なこととお料理だけが取り柄だからね!にひひ」
俺が笑いかけながら挨拶を返すと嬉しそうに満面の笑みで犬歯を剥きながら話しかけてくる女の子。
ライトブラウンの短髪が似合う彼女は乙葉千歳、このクラスの委員長だ。
天真爛漫な性格で見た目も小さなことから[クラスのムードメーカー兼マスコットキャラ]として生徒からは高い支持を得ている。
俺が会話できる数少ない女生徒と言っても大げさにはならないだろうとは思う。
個人的には小動物も似合ってるな、と心の中で微笑ましく思う。
するとお淑やかに俺に近付いてくる女の子がもう一人。長い髪から香ってくるフルーティーな香りにドキドキしながら俺はその子に向き直る。
「おはようございます。竜也さん、今日も良い天気ですね」
「おはよう、燐。洗濯物日和だね」
「そうですね、梅雨もあけて夏も近付いていることを実感させられますね」
微笑みかけるその表情は男女とわず虜にしてしまう。そんな絵に書いたような美少女。大和撫子という言葉がぴったり当てはまる天使のよう――
彼女は新藤燐。
少し古風ではあるが綺麗に手入れされた長い黒髪がよく似合う。
さらに燐は新藤家の長女というスーパースペックだ。
――新藤家とは代々占いを生業として生計を築いてきた巫女の一族だ。
新藤家の巫女は[導きの勾玉]を15歳を迎えると渡され、逆に産まれて直ぐにわたされるという[生者の勾玉]を神檀に収めることにより初めて一人前の新藤家の巫女として扱われる。
当然16歳の燐は去年に一礼の儀式を済ましているため新藤家の巫女という職業に学生ながら就いている。
こうして会話ができることも一つの奇跡みたいだと俺は感じている。
二人としばらく会話していると燐の様子がおかしいのが見て分かった。
「大丈夫か、燐?。何か考え事か?少し様子がおかしいぞ。」
竜也は心配そうに様子をうかがいなが聞いてみた
「あっ、大丈夫です。少し気がかりなことがありまして……」
燐はそう答えるものの明らか普通じゃない
「燐ちゃん大丈夫?。保健室連れていくよ?」
「私は大丈夫だから、千歳ちゃん…ありがとね」
燐はそう微笑んだものの心の中もやもやした感覚は消え去ることは無く、一層疑念は深まる一方だ。
明らかに無理をしている……というより何かに怯えているように見える。そこまで付き合いが長いわけじゃないから確信はもてないことだが。
それでも立ち去る燐の後ろ姿を見守るしか出来ない、それに内心は女の子同士にしか分からないこともあるのかな。などと平静を装う為に空気の読めない的外れのことを考えたりしていた。
それに本人も大丈夫と言っているわけだし俺が何かしたからといって燐の体調が治るわけもない。ましては逆に気を使わせてしまうのではないかと保健室には同行しなかった。クラスメイトの視線は少し冷たく刺さったがそんなことはどうでも良かった。
とにかく体調不良なら時間が経てば治るだろう、などとあまく考えていた俺はその後授業に参加していた。当然先生には事情を話した上での事だったが
この安っぽい安牌を踏む思考が、表面しか見ていない上辺だけの考えが正解だと疑わなかった俺たちはこの選択がこれからの行方を左右することを予想もしなかった