死神探偵事件簿
今更ながら、このような事件に繰り出すたびに小説を書くというのは、実は面倒くさいことである。僕が望んだ契約の一環なのだが、困ったことに相方がそれを絶対に読みたいと言ったせいで、所々で気を抜いて書くことができない。
自分が面倒くさがり屋なのは承知していることなのだが、どうにもこの理不尽な状況はどうかと思う。そう今ボヤいたところで、何も変わらないのは理解している。相方は、話を聞かない愚か者ではないのだが、どうも捻くれているのだ。
またしても、こんなことをボヤいてしまった。どうも疲れているらしい。早く事を書いてしまおう。早く終わらせるのに越したことはないのだ。
さて、それでは仕切り直しだ。今回の事件。自分としては、このような事件は初めての体験だった。おかげでその後が戸惑ってしまったが。まぁ、気持ちが安定しているから問題はない。筆を進めるとしよう。
それは、あの爽やかな空が始まりだった――――――――
◇◇◆◆
「あら?」
俺が依頼のために屋上へやって来ると、貯水タンクの上に足を組んで座っていた女がこちらを見てそう反応した。長い黒髪を持っている。輪郭もシュッとしていて、中々の美形だった。俺に反応できたということは、あれが俺らの依頼者なのだろう。
俺は、その女の存在を確認した後、その女の元へ歩いた。
「まさか本当に来るとはね。今、五時間目よ」
女は驚きと共に挑発的にそう言ってきた。その姿は、俺でも美形だと認めるほどなのだが、性格は狡猾であるように見える。生意気でもあるが、そのような人間は世界に溢れかえっている。今更とやかく言う価値はない。
「そういうお前こそ、いいのか? こんなところで居座って」
「いいわよ。どうせ、行ったところで、だし」
女はそう言って、貯水タンクから飛び降りた。何の支障もなく着地した光景を見て、普通の人間なら驚くだろう。いや、むしろ彼女と出会った時点で気を失うか。どちらにせよ、この女はそれほど不可思議な存在であった。
「本題に入るぞ。相棒がうるさい」
「セッカチなのね。まぁ、いいわ。人間らしく、そこのベンチへ座りましょう」
そう言って、彼女は先に古ぼけた木製のベンチに座り、俺を手招きした。エスコートのつもりなのだろうか。エスコートは男が務めることだ。もし、あの行動にそのような意図があると言うのなら、それは間違いである。優雅な割に、マナーには疎いのかもしれない。
俺がベンチに座ると、女は俺の眼を横目で見ながら話し始めた。
「今回の依頼、とある人を探してほしいのよ」
「恋人か? それなら依頼は破棄だ。なんせ、相棒がその手の話には異常に敏感でな」
と、少し冗談を言うと、ふと相棒から連続的に罵倒された気がした。……うるせぇ。実際、意識下の会話なので通信を切ればいいのだが、そういうわけにもいかない。相棒に相手の情報を得てほしいからだ。全く、頭がいいのだからそちらの勉強もしたらいいものを。だから彼女ができないのだ。
女はそんなおかしな行動をする俺を見つつも、表情を変えずに話を続ける。
「大丈夫。恋人ではないわ。……確か、ね」
これまで淡々と話していた女は、そこで一瞬だが言いよどんだ。違和感を覚えた。それは相棒も気が付いたようだ。しかし、相棒はこの場にいない。そのため追及はできない。相棒の悔しそうな顔がイメージできた。
言いよどみ、一瞬、間が空いたが、女は話を淡々と続ける。
「記憶が曖昧なの。だから、断片的にしか思い出せないの」
「当然だな。それは承知済みだ」
この手の依頼は大抵こうだ。だから慣れている。それに、依頼者の記憶が中途半端なら、それらの情報で目的を探し、追及するのが探偵の仕事だ。ゆえに、探偵を名乗る。
「だからと言って、何もないわけではあるまい。そうであれば、依頼は破棄だ」
「解っているし、憶えてることもある。だから、大丈夫よ」
と言って、女は手を広げ、俺に見せつけてきた。綺麗な手だ。繊細で細くて、真っ白だ。指フェチを語る人間はいるが、なるほど、納得はできる。だからと言って、指フェチに成り果てたつもりはないが。
女は、人差し指、中指、薬指を残し、残り二つの指を折りたたんだ。
「一つ目は、その相手が男であること。二つ目は、確かその人はバイトをしていたわ。そして最後は、その人が長髪であること」
「男なのに長髪? 奇抜なやつだ」
俺がそう嘲笑を含めて言うと、女も笑みをこぼして、そうね、と呟いた。しかし、すぐに何か思いついたようで、真面目な顔になる。
「あと追加しておくわ。その人とはだいぶ親しかったわ。……たぶん、ね」
違和感。また違和感。言いよどみが、違和感と感じる。しかし、追及するには間が悪い。それに、相棒と話し合ってからの方がいいだろう。
これ以上、聞くことはない。聞いたところで無駄話だ。この少ない情報で、俺たち依頼をするのだ。俺はベンチから立ち上がり軽くお礼の言葉を述べると、そのまま屋上の扉へ進みゆく。
そして、扉を閉める際に、ふと後ろで微笑した女の姿を見た。微笑し、苦笑し、失笑していた。不気味なものだったが、あのような者らしい態度だった。人にものを頼む態度ではないが、人を試す者の態度ではあった。
◆◇
ここまでが相方のあらすじであった。相方の言い文句、全てを一旦整理し、書き直したものだ。なるほど、相変わらずよく解らないものだ。
現在は放課後。生徒はせっせと部活に勤しみ、先生はせっせと明日の準備だ。みんな、よく動くなぁと感心しながら、僕は教室で一人寂しく考え事をしていた。身体を動かすことはないが、同時に頭を酷使する。面倒臭がり屋な僕にとっては、面倒極まる行動なのだが、これはこれでメリットのある行動なため実行している。
「相棒さんよ。グチグチ言わずに考えろよ。考えないと、終わるものも終わらないぜ」
解っていることをベラベラと話すのがこいつの悪い癖だ。幸い、こいつの話を聞くのが僕を含めても一部しかいない。おかげで面倒なことは起こらずに済んでいるし、使えるときには使っている。メリット、デメリットの関係上、こいつはメリットだ。
「また利益があるかどうかの問題か。相変わらずだが、思考しろ。探偵の名が泣くぜ?」
勝手な言い分だ。お前が勝手に名づけた肩書きではないか。僕の本分は探偵ではない。
「まぁ確かに、学生の本分とはかけ離れてるよな。あんな面倒な存在を相手に、お前は推理し探索し結論へ導かないとならない」
そうだ。だから探偵は面倒だ。探偵小説、ホラー小説は特に好まない。後者は恐怖に満ち溢れた心理を再現しなければならないから。前者は謎を思考し、一から組み立てないといけないからだ。そんな面倒なことをするぐらいなら、別のジャンルに目を向けた方がいい。
第一、人の心理を探り、組み立てることは、人として罪悪感を覚える所業だ。人が見せたくないものを無理矢理作り上げ、そしてそれを公にする。はたから見れば、嫌悪感を催す所業だ。
「だがよ。お前は俺と契約したよな。しかも、その時に契約の条件、利益、代償も教えたはずだ」
そうだよ。言われなくても理解している。利益を得るには代償が生じる。人を救うのに犠牲が生じるように、契約にもそれがある。たとえ当時、自分がその代償を代償と思っていなかったとしても、いずれは理解することだ。
僕が請け負う代償は、人の心理の闇。もしくは、人の負の感情。そして、それと比べては些細な労働力だ。
「なんだよ、理解してるじゃないか。なら、思考だ。考えて、自らの軽薄な行動を恨みつつも、結論へと結び付けろ」
無論だ。面倒だが、考えてやる。それに、この行為にも利益はある。大小だけではないのだ。ならば、行動に移すのは苦ではない。
今回の依頼者の名前は金目 麗花。ミステリアスな雰囲気を醸し出している人物であり、人を小馬鹿にしているような態度を見せていた。ここまで相手のことを理解しているのは、相方の話を聞いているだけではなく、5時間目の時点で僕が相方の話を聞いていたからだ。不思議な力とやらで、意識の共有をしていたのだ。だから、大体の背景は知っている。相方の思考はさすがに解らないので、口頭で教えてもらった。
「ただ、頼むときは真面目だったな。違和感はあったにしろ」
そうだ。麗花さんは、物の頼み方は普通に伝えてきた。小馬鹿にすることはなく、伝える情報はきっちりと伝えてきたのだ。ただし、あの違和感を除いては。
「あの間の開け方は、どうも気になるな。何かあるぞ、あれ」
言われなくても、あの間の開け方は何かあると思っている。しかし、ここで何か議論しても意味はない。元より捜査の面ではこいつは役に立たないのだ。頭は弱いし、短気だし、唯我独尊だし。あぁ、なぜこんなやつに従っているのだろう、自分。おかしいな、弱みを握られているわけでもないのに。
「お前が俺を如何にバカにしているかは解った。だから、脳内で責めないでくれないか。流石に凹むぞ」
勝手に凹んでいてくれ。僕に影響はないのだから。
さて、いつも行っている相方いじりを済ませたことだし、本腰を決めて動き出すか。早速、僕は携帯電話を開く。今時珍しい、卵型折り畳み携帯電話だ。相方や姉にも変えたらいいのに、と言われているが変えるつもりはない。不便はないし、無駄な機能がついているわけではない。僕に最適な携帯電話なのである。
メール画面を開き、宛先を現在部活中であるはずの姉に設定。そして、
『金目 麗花の周りの親しい友人の情報を集めてほしい』
と短く書いて送る。麗花さんは3年生だ。2年生の自分では上級学年の情報を得るのは難しい。だからこそ、現3年生の姉の力を使う。使えるものは使うのだ。
すると、5分もしないうちにメールが返ってくる。おいおい、部活中じゃなかったのか。と思ったが、姉は文化部だ。暇があったのだろう。
『えぇー、めんどくさーい。第一、またそんなことして、最近おかしいよー』
……姉らしく、気の抜けるような返しだった。まぁ、最近は姉に情報収集の手助けをしてもらっていたのだ。さすがに何か思うところがあるのだろう。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。常套手段だ。
『今日の夕食、ナス田楽にしようと思ってたけど、残念。先程の態度により、南蛮漬けになりました。それでは夕食をお楽しみに』
と送った。もし、赤の他人が見ればどういう意味か解らないだろう。しかし、これには姉が動かざる負えない力がある。
『わかりました。協力します。だから、酢の物はやめてください、お願いします』
次に返ってきたのはそんな簡素なメールだった。……ちょろいな。
説明すると、姉の好きな料理、ナス田楽を引合いにだし、同時に嫌いな酢の物、南蛮漬けを出す。家での料理担当である僕だからできる芸当である。
「卑怯なやつだ」
卑怯で結構。正義に準ずるつもりは毛頭ないよ。探偵を名乗るからと言って、私生活や方法にまで反映する必要はない。というか、そんなことをしていたら身体がもたない。
さて、とりあえずは手を一つ打った。次に行動すべきは学校で出来る情報収集。姉だけに頼るのも一考だが、それでは情報に偏りが生じる。となれば、図書室だろう。あそこなら新聞ぐらいあるはずだ。
どんなことも、まずは相手を知る必要がある。そのために、一年前に彼女が起こした、とある事件を参考にさせてもらう。新聞にも載るレベルの事件。さすがに一面とは言えなかったが、それでも三面には載るぐらいの事件を、彼女は過去に起こしている。勿論、その内容も遠からず知っているが、やはり記憶よりも頼れるのは紙面の当時の情報だ。
僕は自分の席をあとにし、教室を去った。鍵を閉めないといけないが、まぁいいだろう。先生がしてくれるだろうし、翌日に開いていてもとやかくは言われないはずだ。それに、面倒くさい。
教室から出て約4分。一階下の図書室へ入ると、静寂に包まれた重苦しい雰囲気が目に飛び込んできた。図書室特有の雰囲気。話すことも許されないような厳格な世界。最近は、受験生が占領するようになったことで更に空気は重くなった。おかげで、変に思われずに新聞を見ることができる。
図書委員に言って、少し前の新聞を取ってきてもらう。そして、後ろの方にある机で新聞を広げる。一面、二面、三面……そうやって、七面目でやっと見つかった。予想と違って外れたが、地方の事件だ。これぐらいが妥当か。
見出しを見て、そして金目 麗花の名前を確認する。事件の概要をメモ帳に書き出していく。紙面の情報を鵜呑みにするつもりはない。マスコミが勝手に書いたことも記録しても意味がないからだ。ただ、重要であると思う情報を記録する。
今回から得た情報は、金目 麗花が父母と暮らしていたこと。一人っ子であること。仲の良い親友が三名いたこと。そのうち二名は男子だということ。この事件が起こる前、金目 麗花の容態が悪くなったこと。情緒不安定になったらしい。これは、もう一人の親友である女子のコメントだ。
これぐらいか。少ない。ただ事件を調べているのではなく、あくまで金目 麗花の情報を得るためだ。事件の情報は頭に残しておくだけで十分だろう。
僕は、図書委員に新聞を返してそそくさと図書室を後にする。あまり、図書室の雰囲気は好きではない。息が詰まるような感覚は、人間としてはやはり喜べるものではないからだ。よく、あの中で勉強できる。僕の場合は、すぐさま飛び出してしまうだろう。現に飛び出してきたわけだが。
「ま、あの感覚は相棒では無理だな」
なんだ、いたのか。
「ひでぇ言い草だな。図書室では静かに、だろ?」
お前、どうせしゃべっても普通の人間には聞こえないのだから、しゃべってもよかったんだぞ。むしろそちらの方がよかった。あの空気を打破するのを期待していたが、まぁ、お前には無理か。察することもできないのだからな。
「おいおい。こちらはお前たちのルールに従っただけだぞ。なぜ怒られるんだよ」
……怒ってない。
相方がうるさいので意識を変える。とりあえず、得られるだけの情報は得た。次に進むには姉からの情報が不可欠だ。そうでなければ整理ができない。
帰ろう。あと、帰り道にスーパーに寄らなければならない。家にナスがない。さすがにナス田楽のナスなしは怒られるだろう。いや、まずそれはもうナス田楽ではない。味噌の塊だ。そんなことを考えながら帰路についた。
◇◇
「うわぁーい!」
そう嬉しい叫び声を上げるのは我が姉である。目の前には大好きなナス田楽、そしてもう一品、大好きな豚汁が並べられていたからだ。
「ありがとぉー!」
「どういたしまして」
我ながら甘いものだ。スーパーに寄ったら豚が安く売っていたから、それも買ってしまうとは。まぁ、甘やかすのに越したことはない。甘やかして、防御がトロトロなところで例の、金目 麗花の情報を聞き出す。
「麗花さんのこと、解った?」
「麗花さんのこと? うーんとねぇ、色んな人に聞いたけど、みんな話したがらなかったんだよねー。だから、解ったことは少ないよー。大の親友が三人いたこととかぐらいしか」
「それは知ってる」
そうハッキリと断言すると、うぅ……、と涙目になりながら別の情報を提示する。
「えーとね、その親友三人なんだけど、二人はずっと寝込んでるんだって」
寝込んでいる? いや、そんなに不思議な話ではない。事件などのショックで寝込むことは多い。しかし、家族ではなく友人とは。学生ゆえに精神が参ったのだろうか。それにしては長い。一年が経過したというのに、まだ寝込んでいるのか。
ただ、もう一人が気になる。唯一倒れなかった一人。そいつは一体何者だ。
「もう一人は?」
「うーん、女の子なんだよね。名前は確か、数宮 知恵だったはず。麗花さんと同学年で、小学校からの親友らしいよ」
寝込んだ二人と麗花さんの関係の長さは解らないが、しかし小学校から一緒なら、むしろ寝込むのはそいつではないだろうか。もしくは、精神力が強いのか。それとも、寝込まないような、たとえば事件が起こることを覚悟していた、などの特別な状況だったのだろうか。
その数宮 知恵とやらに会ってみたい。頼めるか、と姉に聞いてみた。
「うーん、最低限の努力はしてみるけど、判らないよぉ。できたらメールするけど」
そう言いながらナス田楽を頬張る姉。その顔は満足そうだ。
こちらとすれば、とりあえずはオーケーか。その知恵さんとやらに出会えれば、大方の情報は聞き出せるだろう。あとは、姉の交渉が成功するかどうか。そして、万事上手くいくかだ。
「だがよ。上手く行くと思えるか?」
相方が急に不安そうに言ってきた。こいつにしては珍しい。人の心配などしないタイプなんだが、それほど危険性を持っていると思っているのだろうか。
「あの女は危険だぜ。今だから言うが、あまり安定してないんだよな、精神が」
そうだろうか。相方の視点から見た麗花さんは普通に見えたが。
「いや、あれは普通じゃない。放課後の時は、あえて触れなかったんだけどよ。あの女が聞いている可能性があるからな」
相方は、麗花さんに警戒心を抱いているようだった。
「それか、元から歪んだ性格の持ち主だったのか。どちらにせよ、何かあるぞ」
相方の心配は受け取っておくが、そこまで心配しなくていいだろう。確かに人を小馬鹿にしたような話し方はしていたが、それでもまだ人の性格と言える。相方の心配は杞憂に終わるだろう。
「どうしたの? お箸、止まってるよ?」
四つ目のナス田楽を頬張りながら姉が僕にそう言ってきた。幾つ食べるんだよ、というツッコミを入れようか悩んだが、面倒なのでやめた。
「いや、何でもないよ」
そう言って、僕は自分で作った豚汁を飲んだ。味噌が強すぎたか。濃い味が口の中に広がった。
◇◇
翌日、姉からのメールで交渉成功のことを知ると、急いで場所を指定し、その場所へ行く。学校はダメだ。相方曰く、麗花さんが見ている可能性があるとのこと。あくまで可能性だが、その可能性で失敗は笑えない。そのため、学校から少し先にある商店街の中でひっそりと営業している喫茶店を指定した。そこでならゆっくりと話せる。
喫茶店に入り、席を確保する。そして、マスターにココアを持ってくるようにお願いした。二百七十円とお高いが、味も格別だし、特に相手との話の最中の考え事の時に使える。さすがに飲み物を飲んでいるときぐらいは話を止めてくれるだろう。そう信じたい。
カランコラン、と古い喫茶店特有の安っぽい鐘の音が聞こえた。ふとそちらを見ると、そこにはショートボブのメガネをかけた地味な少女がいた。そして、こちらを見ると近づいてきた。
「あなたが、私を呼び出した男の子?」
「えぇ、すみません。受験生なのに」
「うぅん、いいよ」
そう言って、彼女は僕と逆側の席に腰をかけた。この人が知恵さん。あの事件で、唯一ショックを受けなかった麗花さんの親友。麗花さんとは別ベクトルで、大人しい雰囲気を持つ。麗花さんが塩なら彼女は砂糖だ。似ているようで、違う。
「私もね、誰かに話したかったんだ。レイちゃんのこと」
そう言う知恵さんは、何か思うことがあるのか俯いてしまった。なぜ俯いたのか。いや、それは簡単なことである。事件のせいで、麗花さんのことを話すことをためらわなければならなかったのだ。誰も、麗花さんの話をしたがらなかった。当然だ。事件の中心人物の話をしたがるやつはそうそういない。
「お前みたいなやつを除けば、な」
僕の横に座っている相方がそう茶化してきた。僕は、あくまでお前が持ってきた依頼をこなすために足を踏み込んだに過ぎない。だから、そのようなことが起こらない限り、僕は彼女を調べることなどなかった。
「誰も話そうとしない。誰も関わらないようにする。そうやって、レイちゃんは腫れ物のように扱われてきた。でも、よかった。レイちゃんのことを話せる人がいて」
「まぁ、あの事件が起こった後ですしね。誰も触れたがりませんよ。僕は少し、麗花さんに頼まれごとがありましてね。それを今、探しているんですよ」
「頼まれ、ごと?」
知恵さんが驚いた顔でオウム返しをしてきた。そこまで驚くことだろうか。
「そんなに驚きですか?」
「うん。レイちゃん、ひねくれ者だったから、あまり人に頼らなかったの。だから、ちょっと意外で」
複雑そうな表情だった。そうだろう。自分の知っている彼女とは違う行動をしたのだから。しかも、自分が見たこともない下級生だ。親友であるがゆえに、何か思うことがあるに違いない。
「では、話の本題に入らさせてもらいます。麗花さんからの頼まれごと、それはとある人を探してほしい、というものでして」
「それって、事件前のこと?」
「えぇ。でも、事件前に探し終えることができなくて、あの後も探していたんですよ。そして、ここにたどり着いた」
とっさに嘘をつく。彼女は恐らく、麗花さんの探している人ではない。麗花さんの条件に達していないからだ。女性だし、長髪ではない。だから、僕たちが麗花さんにこの間、依頼を受けたということは隠しておかないといけない。
「そう、なんだ」
「長かったです。だから、ご協力をお願いします」
僕がそう頭を下げると、いやいやいや、と知恵さんはあたふたした。なんだか、姉に似ているような気がする。ぽわーんと、しているというか、ふわふわしているような。そんな感じだ。
「麗花さんが僕に提示した条件は、男性であること、バイトをしていること、長髪であること、恋人ではなく親友であること、ということです」
「うーん、誰なんだろう?」
そう頭をひねる知恵さん。こちらとすれば、寝込んでいる男子なのではないかと思っているのだが、どうなのだろうか。
「もう二人の男子はどうなんです?」
「準と徹? それこそないと思うよ。準はバイトしてないし、徹はレイちゃんと恋人関係だった。しかも二人とも短髪。長髪の男子って、そうそういないよ」
食い違い。条件と現実が食い違う。何かが違う。何かが邪魔をする。彼女の提示した条件が、どこかズレている。
それでは、別に麗花さんと仲が良かった男子などいるのだろうか。
「他に、麗花さんと仲がよかった男子っていますか?」
「いやぁ、たぶんいないと思うよ。いつも私たち四人だったし。あの子自身、相当のひねくれ者だったからね。近寄りがたい雰囲気を持ってた。まぁ、それも環境のせいなんだけどね」
環境のせい? 気になる単語があったせいで、思考が少しストップする。そういえば、知恵さんは麗花さんと小学校からの縁である。もしかしたら、麗花さんの深い所の何かを知っているのかもしれない。
「環境って?」
「……今だから話せることなんだけどね。レイちゃんの家って、家族の間では仲が悪かったの。親はいつも離婚の話。それを止めようとすると、殴られる。そんな、劣悪な環境でレイちゃんは育ったの。だから、ひねくれ者になった。悪いと解っていてもそれをやる。嘘をついて人を騙して、いけないことをしてたの」
……麗花さんの家については、何も調べていなかった。てっきり、普通の家だと思っていた。でも、気づくべきだったのだ。ショックを受けるのは家族のはずだ。だからこそ、あの事件を起こした原因として挙げられてしまう学校側に何かするはずなのに、何もしなかった。僕ならそうするだろう。学校側に罪を言って、子供を正当化するはずだ。なのに、それをしなかった。
「でも、私が思うには、彼女はたぶん構ってほしかっただけなんだと思う。嘘をつくのも、悪いことをするのも、全部は自分に何か思ってほしい、言ってほしいから。だからかな、私との関係も長く続いた。でも、あの事件が起こった」
知恵さんの言い分が正しければ、麗花さんは愛されたかった。だけども、彼女の満足のいくほどの愛は得られず、あの事件を引き起こしてしまった。
「徹とも上手く行ってなかったらしいの。だからかな、どんどんレイちゃんがおかしくなっていって……」
そこで知恵さんはまた俯いてしまった。辛かったのだろう。この辛さは自分では解らないものだ。だから、彼女にかける言葉はない。かけられる資格はない。どんな御託を並べたって、彼女の思いを答えられるのはその思いを知っている者だけなのだから。
……話が反れてしまった。本題に戻ろうと思ったが、知恵さんは肩を震わせてこちらを見ない。これでは会話のしようがない。
一度整理してみよう。麗花さんの言う条件に適した人物はいなかった。親友と呼べる三人と条件が完全に合致する人はいなかったのだ。だからと言って、他に麗花さんの親友はいないと思われる。
麗花さんは昔から家庭内暴力を受けていた。それゆえに性格はひねくれ、悪いことをして嘘をついて人を騙した……。
ん、嘘?
「知恵さん。麗花さんって、どの頻度で嘘をついてました?」
僕の中で浮かび上がった一つの仮説。それは逆転の発想と言えるものだった。しかし、これには麗花さんが如何にひねくれていたのかを聞かなければならない。
「え? え、えとね……私たちには嘘はついていなかったよ」
「他の人には?」
「うーん、全員は知らないけど大抵は嘘をついていたよ。嘘まみれだった。自分がしていなかったことをしているように言ったりしてた」
……それならば、頭の中の仮説が実証できる。
「知恵さん。僕と麗花さんの関係は本当に些細なものなんです。知人みたいな関係でした。その場合、彼女は嘘をつきますかね」
「たぶん、嘘をつくと思う。本当に、心から許せる相手じゃないと、レイちゃんは嘘を言ってると思うし」
そうなると、僕たちに提示した条件はどうなるだろう。彼女が嘘をついてたとして、彼女の条件を全て反転してみる。相手は女性であり、バイトをしておらず、長髪ではない。そして、親友ではなく恋人である……。あれ?
「知恵さんは、バイトはしてますか?」
「ううん。してないよ」
ここまではいい。三つの条件が完全に重なっている。でも、最後のやつはどうなのだ。これだけ異色なのだ。女性に対して恋心を抱いていたと言うのか。それとも、これだけ嘘じゃないと。そんな都合のいい話はあるだろうか。
「ち、知恵さん。大変言いづらいですが、麗花さんと知恵さんって、そのぉ……付き合ってました?」
女性に対して大変言いづらいことを言った。言ってしまった。確実にデリカシーのない奴と思われてる。あぁ、終わった……。
そう落胆という感情を覚えたのだが、目の前の知恵さんを見ると何とも言えない表情をしていた。強いてそれを言葉にするなら困惑。
「ど、どうしたのですか?」
「い、いや。そ、そのね。……なんで、気づいたの?」
その瞬間、僕は一段、大人の階段に登った気がした。そう、世の中にはいるのだ。同性愛者、女性で言うレズビアンという存在が。
口を大きく開けて固まってしまった僕に対し、知恵さんはもじもじと顔を赤らめていた。それを見ての相方は一言。
「だからあれほど、恋愛ごとは勉強しろ、と言ってたのによ」
その言葉には呆れが百パーセントの割合で占めていた。
◇◇
……後々考えれば、別に同性愛者を批判することはないと思った。恋愛の形はどんな形でもあるのだ。対と対の関係もあるし、複数対一と関係もある。そう考えると、同性愛者ぐらいは、まぁ、許せる範囲であると思うのだ。うん、そう思い込んでおこう。
それに、考えてみれば小学校からの付き合いでも他人の家庭をそこまで知り得るはずがない。踏み込んだところまで行っていたのだろう。そうなると、彼氏であった男が可哀想になるが、まぁもう終わったことなのだから、いいだろう。
とりあえず、変なテンションを静めてから、知恵さんに同行を願うことにした。目指すのは屋上。あの事件が起こった、現場であり麗花さんがいるところだ。
「いよいよ、だな」
相方が気を張ってそう言った。そうだ。これで今回の事件も終わる。それが幸せなエンドならいいのだが、そうで終わるだろうか。その先を知るには、彼女の元へ行かなければならない。
階段を上り、最後の扉を開ける。その瞬間、寒い風が顔に吹き荒れた。緊張感がより一層強まる。そして、貯水タンクの上に乗っていた綺麗な女性が声を出す。
「来たのね、探偵さん。答えは見つかった?」
それこそが金目 麗花。直接出会うのは初めてだ。だが、相方を通じて見たことがあるため、その美人さは理解の内だ。それでも、綺麗だ、と思ってしまう。
「レイちゃんっ!」
「っ!」
その時、後ろから麗花さんを目視できたのか、知恵さんが前に飛び出そうとしたのでそれを手で制した。その僕の態度に不信感を抱いたのか、後ろで怖い顔をしているのが解るが、今はそれどころじゃない。
あの美人さの裏には怖いものがある。
「答えは知恵さんだ。あなたは嘘つきですからね」
「ご名答。ふっ……私の性格を理解して答えへ導き出せたのは素晴らしいわ。探偵としては合格ね」
「それが嘘ではないように祈りますよ。あと、僕は探偵ではありませんので」
そんな会話をしていると、知恵さんがふと何かに気づいたようで、今度は肩を震わせ始めた。いや、これは当然なのである。
「レ、レイちゃん?」
「なに? 知恵」
「病院、どうしたの?」
病院と言う単語が知恵さんから出るのは当然だった。
「レイちゃんは、どうしてここにいるの?」
その質問は当然だった。普通なら彼女はここにいないはずなのだ。
「レイちゃんは、なんで浮いてるの?」
そして、止めを刺すように知恵さんは言った。麗花さんは浮いていた。貯水タンクの更に上。宙に浮いていた。それはまるで、幽霊のように。
あまりにも不可解な現象。それに怯えを感じている知恵さんを見て、逃げる可能性があると思い、僕は彼女に説明をする。
「知恵さん。ネタ晴らしです。彼女は現在、人間ではない。先の事件、屋上からの転落自殺未遂により金目 麗花は、一年前にとある病院に搬送されたまま入院となった。それは知っているでしょう?」
知恵さんは無言で頷いた。麗花さんも僕の言葉を聞いている。
「そして、意識不明の事態に陥っていた。未だに肉体に意識が戻らない。それはなぜか。簡単ですよ、魂がここにあるからです」
そう言って、麗花さんを見る。麗花さんはうんうんと頷いている。
「それって、信じられないよ」
知恵さんがぽつりとそう呟いた。消え入りそうな声だった。
「信じる、信じないという問題じゃないですよ。オカルトだからと言って、嫌悪していると見えるモノをすべて否定してしまう。彼女は、金目 麗花さんはここにいます」
そう言うと、麗花さんが貯水タンクから下りてきた。そして、こちらに近づいてくる。
「おい」
相方が隣で何か言うが、まだ無視する。今のこの状況なら、まだ麗花さんは大丈夫だ。知恵さんに危害を加えようとはしないだろう。だから、知恵さんを制していた手を降ろした。
「レイちゃん!」
「知恵」
知恵さんが麗花さんに抱きつこうとしたが、すり抜けてしまう。知恵さんはそれに戸惑いを覚えたが、麗花さんの顔を見てニッと笑った。
麗花さんもまた、慈しみに近い顔をして、知恵さんを、
殴った。
「おらぁっ!」
その瞬間、相方が麗花さんを蹴り飛ばした。麗花さんの腹に当たり、麗花さんが吹き飛んでいく。知恵さんは急に麗花さんが殴ってきたことに困惑していたが、どうやら意識が持たなかったらしく倒れた。それを、僕の手で何とか支えて、ゆっくりと床に倒れさせる。
相方の危機感は正解だった。麗花さんはあの時、知恵さんの頭を思い切り殴ったのだ。肉体では霊体とは触れあえないが、霊体でなら肉体と触れあえる。金縛りと同じ原理だ。幽霊が人に干渉できるように、麗花さんみたいな生霊でも例外ではない。
ゆっくりと身体を起こした麗花さんの顔は、酷く歪んでいた。
「……少し理解しましたよ。寝込んだ男性二名は、あなたがしたんでしょう?」
「そうよ。偶然、屋上へやってきたところをね。準は私を見てくれなかったし、徹は私よりも別の女の子に気があった。だから、やったの」
生霊レベルだ。殺しはしていないだろう。でも、今の彼女は悪霊そのものだった。先程の説明も狂気に満ちたものだった。
「で、あなたは最後に知恵さんを仕留めようと」
「そうよ。あなたを利用させてもらったわ。死神探偵さん」
……だからその肩書きは嫌いなんだ。死神は相方を指すし、探偵は僕を指す。嫌でも二心一体感があって、どうも好ましくない。
「どうして、こんなことをしたんだ、女?」
死神である相方がそう麗花さんに聞いた。その言葉に怒りが篭っているのは言うまでもない。それは彼女への怒りか、それとも不甲斐ない僕への怒りか。できれば前者であってほしいものだ。
「簡単よ。私、愛されたかったの」
本当に簡単な答えだった。麗花さんは目を見開いて口を大にして言う。
「お父さんもお母さんも、私を愛さずに殴った。好きだった準は見向きもしない。好きだと言われから付き合った徹は、別の女に目移りした。知恵は、私を親友としてくれていたけど、それでも私の愛は満たされなかった。だから、自殺しようとしたわ。そして、やったの。愛が欲しいから。慈しみが欲しいから。いっぱいの人から、かわいそうに、と言ってほしかったから! でも、誰も言わなかった。誰も彼も、私の話題を避けまくった。そうやって、私を忘れようとしたの。私を愛でずに、忘却の彼方へ追いやろうとしたの!」
その声は悲痛だった。嘆きだった。愛されずに、だからと言ってその欲望も死によって忘れることができずに、彷徨い続ける哀れな女だった。
「準は、私を人生の汚点としたわ。徹も、邪魔者がいなくなったと言ったわ。お父さんも、お母さんも、私が病院で入院しても一度も来ないし、学校に何も伝えなかった! 知恵は、頑なに私のことを話さなかった!」
知恵さんは話すことができなかったのだが、そう今言っても意味がないだろう。今の彼女には、それすらも武器としてしまう。
「なら、私の死はなんなの? 私の存在ってなんなの? 私は、なんで愛されないの? お父さんとお母さんに愛されたいから勉強もした。準に愛されたいから準の好みを知ろうとした。徹に愛されたから愛そうと努力した。知恵には親友として愛そうとした。なのに、なのに、なんでこうもみんな、私を愛してくれないの!」
悲痛が怒りに変わった。なるほど、彼女は努力してきたのに、その見返りを求めてしまったのだ。愛という、普遍的で、限定的なモノを。
動機は理解した。だが、それは理由にはならない。
「麗花さん。僕は探偵の前にアマチュアの書き手だ。だから、あなたをフォローする言葉は幾らでも思いつくし、あなたの意見を肯定しようとする見解も持ち合わせている」
小説を書くためには、まず様々な視点を持たなければならない。だからこそ、彼女の意見を肯定する視点もあるにはある。
だが、それを僕は、あえて肯定しない。
「でも、あなたのそれは間違っている。あなたは愛に貪欲だが、同時に鈍感だ。最も愛してくれる存在が近くにいたのに、あなたはそれを自分で足りないものとして扱ってしまった」
知恵さんは、常人と違って同性である麗花さんを愛してしまった。でも、そこには異性が異性に恋するような愛がある。同性愛でもそれは愛であるし、それは麗花さんが望んだ愛であるはずだ。例え歪んでいても、ひねくれていても。
「知恵さんはあなたへ本当の愛を持っている。友愛ではない。恋愛だ。なのに、あなたはそんな唯一の愛を、壊そうとしているんだ」
「恋、愛?」
僕は、残念ながら恋愛と呼べる経験がしたことがない。好きな人もいないし、感情の高ぶりを覚える人はいない。でも、それでも、家族愛は知ってるし、愛はいいモノだと言うことは知っている。
「麗花さん。愛憎の復讐劇は終わりにしましょう。結末はハッピーエンドがいいですよ。アマチュア作家として、僕はあなたの悲劇を喜劇として終わらせたい」
麗花さんは、嘆きを止めた。それを聞いてか、それとも疲れたからか。
「知恵は、私を愛してた?」
「はい」
「本当?」
「本当です」
「それは、恋愛?」
「はい。禁断の愛ってやつですが、間違いなく恋愛です」
「そう……知恵」
そう言って、こちらに、知恵さんの元へ近づこうとする。その目は貪欲な捕食者だ。
僕の横に戻っていた相方が、右手に死神の鎌を持って、彼女の元へ行く。麗花さんはそれを見向きもせずに、知恵さんの元へ行く。相方は、鎌を振りかぶった。
「だからよ、それは――――」
そして、麗花さんを鎌で薙ぎ払った。麗花さんの霊体は灰のように散り消えた。残ったのは屋上に吹き荒れる冷たい風と倒れた知恵さん、安堵する僕と、
「余所でしてくれ。相棒が泣く」
と、僕の方を見ながらニヤリと嫌な顔をして言う相方だった。……泣かないぞ。
◇◇◆◆
「とりあえず事件が終わってよかったよ」
「お前にしては頑張った方だよな。いやぁ、関心関心」
くそぉ……と声を出して言う相棒。今は家だから意識での会話をしなくていい。俺は死神だから会話とかは他の人間にはバレないのだが、人間である相棒は、話したら変人になるので意識間での会話をしているのだ。
しかし、これは茶化しているのではなく本当に感心しているのだ。こいつにしては、恋愛ごとの事件をよく解決したな、と。
「あの後、あの女たちはどうなった?」
「確定情報ではないけど、姉曰く知恵さんはまだ学校に来てる。でも、その顔は晴々としているようだよ。やっぱり、あの時、真相を話して正解だったね」
あの時と言うのは、あの後、知恵と言う女が起きた時に、俺の反対を押し切り彼女に全ての真相を明かしたのだ。そして、彼女は一目散に家の周辺の病院を探しに行った。その先はよく解っていない。
出会えたのか、それとも会えていないのか。それを知ることに興味は感じない。この事件は終わったのだ。これ以上、手を出すのは得策ではない。
「ま、とりあえずは面白い事件だったな。特にオチがレズオチとは」
「……世界って、広いんだな」
と、悶々と考え始めた相棒を見てまた笑いがこみあげてきた。相変わらずこいつは面白いな。まだ、こいつに憑いていたほうがいい。こいつといれば、面白い事件と出会える。それに、こいつが心配だしな。
それにこいつの書く小説も、悪くはない。今回書いた小説も、この事件を基にしているとはいえ、中々の出来栄えだった。あくまで、俺の主観、としてはだが。
「じゃ、次も頼みますよ、アマチュア作家兼、探偵さん」
「だから、探偵って言うな」
……早く慣れてくれませんかね、この探偵と言う肩書きに。そう思いながら、事件が終わった翌日の陽だまりは、橙色に落ちていき、そして、青に染まった。