あとはよろしく
「それじゃあ、あとはよろしく」
そうのたまって、隣にいたアイドルはステージをひょいっと飛び降りた。
彼女の一ファンである僕はステージに一人残される。
劇場全体が沈黙に包まれる。あんなに騒がしかったのに今は空調の音しか聞こえない。
どっと背中に汗が噴出し、彼女を模したキャラクターがプリントされた限定版Tシャツが背中に張り付いて気持ち悪い。大雨にでも打たれたみたいだ。
ステージの下から見上げてくる何十人もの刺すような視線が心臓の鼓動を加速させていく。
体一つ動かしていないのに息まで荒くなっていく。
もう、限界だ。極度の緊張で体が爆発してしまいそうだ。
「……逃げよう」
情けない声でそう言葉を口にしてしまうと、自然と一歩、後ずさっていた。
そして、また一歩。
そして、また一歩。
そして、また……、
『それじゃあ、あとはよろしく』
それ以上、下がれなかった。
彼女の声が耳にこびり付いて離れない。大好きな彼女の声、耳元で聞けることなんてこの先もう一生ないことだ。尚且つ彼女に頼み事をされるなんて来世でもあるかどうか……。
「男を見せる。その時だろう俊一」
僕は自分の名前を呼んだ。
そして、震える足を黙らせるように一歩大きく踏み出し、預かったマイクを口元に近づけた。
「ゴホン! ……みんな! クレアちゃんのことは好きか! 僕は好きだ!」
観客は皆、口をあんぐりと開けていた。
「そんな彼女の曲を一曲、歌います。アビス」
一呼吸おき、僕は歌い出す、
「聞くかボケ!」
つもりでいたが、男の罵声が飛んできた。それを皮切りに会場全体から怒声、奇声、悲鳴、あらゆる声が矢継ぎ早に降りかかってくる。
「失せろ! お前の歌なんて聴きたくないわ!」
「降りろガキ!」
「クレアちゃんはどこ言ったのよ! 返しなさい!」
「あ、子豚もよろしく! 待つかバーカ! 捕まえられるなら捕まえてみろ!」
「「「消えろ! 消えろ! 消えろ!」」」
「てめえは何様だ! 阿保の面、ドブにでも浸けてろ!」
もうこれはその、声のリンチだった。
劇場から辛うじて逃げ切ったときには、もう服はぐちょぐちょのボロボロだった。
「せっかく買ったのに……貯めてきたバイト代が……それに何なんだこのネバネバしたのは、気持ち悪い。それとこの子豚は何?」
こっちに向かって投げられたのをつい受け取って、小脇に抱えて連れてきてしまったけど……ブヒブヒ鳴いて元気そうだな。
それに、綺麗な石のついた首飾りまで付けて生意気だ。
そうやって、人気のない道の真ん中で子豚を抱き上げていると男の声が耳を揺らした。
「あのすみません、残り後ちょっと走ってくれないか?」
疲れている所になんだと苛立ちながら声のしたほうに首を回すと、ランニングウェア姿の男がいた。肩を荒々しく上下させ、壁に持たれかかっている。
「このせいかを運んではくれないか? 頼む、君しかいないんだ」
せいか?
頭に疑問を浮かべるも、それが何なのかは一目瞭然だった。
男の手には奇抜なデザインの松明が握られ、先端から炎が燃え上がり、悠然と揺れていた。まさしく聖火だ。
「急にこんな事言われても困るのはわかるよ、わかる。俺も同じ立場なら……うっ、苦しい胸が!? これ以上は走れないのよ。だから、あとはよろしく」
男はワザとらしく胸を押さえたかと思うと、膝を崩れ落とし、辛うじて腕を伸ばすようにして聖火を差し出してくる。
見上げてくるその顔を一見すれば、蒼白に見えるが、何か人口的なような気もしないでもない。それと、よく見ればその顔は数年前まで活躍を取り上げられていた陸上選手。悪く言えば落ち目の有名人だ。
「ドッキリでしょ?」
こっちを見上げ、瞳をぬらし懇願してくる男に対して、僕は疑いの目を向けていた。
「……なんて殺生な。苦しんでいる人にそんな言葉」
「普通、周りに警備とかいませんか?」
「……はぐれてしまった」
「案外、冷静に受け答えしますね?」
「……うっ、うっ、あ、足が!?」
「先ほどは胸でしたよね?」
「……むっ胸も!?」
「すみません。失礼します」
僕は丁寧にお辞儀をすると、置き去りにすることにした。
「待ちたまえ、若人よ!」
その時だった。腕をつかまれ声をかけられるたのは。
「先ほどから見ていれば、何なんだね! 日本人として情けない、情けないぞ。日本の未来が真っ暗闇じゃ!」
腕を掴んできたのはどこから現れたのか杖をついた老人だった。悔しさと嘆きを感じているのか梅干みたいに皺くちゃな顔をしてる。
「苦しんでる者に手を差し伸べられない外道が! おぬしはそれでも人間か! 大和魂をどこに捨ててきてしもうたか!」
腰の折れた体を震わしながら、老人は怒りを訴えてくる。後ろに横たわっている落ち目の陸上選手よりこちらのじいさんのほうが心配だ。
「お、おじいさん、聞いてくれ。アレは嘘なんだよ。嘘。あのおっさんは演技してるんだよ。俺だって本気だったら助けるさ」
「たわけ者が!!」
じいさんの一喝が空気を震わした。
僕の心臓も震わした。
「はい!」
背筋がピンと伸びる。こんな小さな体のどこからこんな声が出せるんだ。
「大根芝居のことなどどうでもいいのじゃ! 困ったものがいれば問答無用で手を差し伸べる、それが男いや、漢というものじゃ!」
「いや、でも、騙されたりしたらね。その」
「渇!!」
「はい!」
「言い訳など男にはいらん! 騙されたならそれすら背負ってみせろ! それが男いや、漢じゃ!」
「はい!」
「よし、これをもて、そして走れ! 何も考えず走りぬくのじゃ!」
そう言われながら、掴まれた腕の先、いつの間にやら聖火を握らされていた。
「……橋だ。この先の橋まで走ってくれ、頼みます、後はよろしく頼みます」
便乗するかのように、落ち目の陸上選手が付け足してくる。
「それいけ!」
「はい!」
杖で尻を叩かれ、僕は駆け出していた。聖火と子豚を持って。
夢中で僕は走った。
走って、走って、走り抜き、道の先に橋の影が見えてきた。
「もうすぐじゃ、頑張れ若人よ!」
いつしか剥げた頭にヘルメットを乗せた先ほどのじいさんが原動付き自転車を運転し、並走し、応援してくれていた。
「じいさん……」
インドア派の僕にとって、こんなに走ったのは中学校の運動会以来。じいさんの声かけに対して返事もできず、精々持った聖火を頭上に持ち上げることぐらいしかできなかった。
「よしよし、その調子じゃ! その調子じゃぞ!」
走り始めは雰囲気にのせられてしまった後悔に肩を落としていたが、今ではそんな事も忘れ、高揚感に包まれながら一心不乱にアスファルトの上を駆け抜けていた。
もう、服は汗と会場で投げつけられた幾つもの異物の汚れと子豚の涎でぐちょぐちょだ。
「残り、百メートルじゃ、ここからは気持ちじゃ気持ちじゃぞ!」
僕はもう何を言われているのかもわからぬまま走っていた。夢心地のまま、気付けば目の前にランニングウェア姿の女性がいた。
そして、全力で運んだ聖火を手渡す。
「やったよ、じいさん……」
僕はその瞬間、膝から崩れ落ちた。もう、天を見上げながら、荒く息を吐いて肩を揺らすぐらいしかできない。そう思っていたのだが、勝手に首が回り振り返っていた。きっとじいさんが笑顔で喜んでくれているはずだ。
そう思っていたのに……。
目線の先にいたのは原付を道路の真ん中に投げ出して、アスファルトの上に倒れているじいさんの姿だった。
「じ!? じじい!?」
何もかも忘れ、小脇に抱えていた子豚まで手放すと、半ば体を引きずるようにして、じいさんに駆け寄る。
「じじい! じじい!」
体を揺らすも返事がない。
頭が動転して、それしかできない。
「揺らすな、退きなさい!」
叱られた。そう思ったら、僕は突き飛ばされていた。
「脈はある。微弱だけど息もしているわね。頭を打ったのかもしれないわね。担架急いで持ってきて!」
尻餅をついた僕の目の前では、白衣を着た女性がじいさんに対し、テキパキと処置を施していく。
「ねぇ、君見てた?」
「え? い、いえ、気付いたら倒れてて」
「そう。あなた知り合い?」
「えっと……知り合いです」
「だったら、あなたも救急車に乗りなさい」
「あ、はい」
「持ってきました」
「一、二の三で乗せるわよ。一、二の三! じゃあ、救急車まで運ぶわよ。あなた付いてきなさい! 関東大第二まで頼むわよ」
その女性のそつない行動に呆然としたまま、言われるがまま、つき従うようにして僕は救急車に乗り込む。
「あの、じいさんは大丈夫なんでしょうか?」
「そうね。バイタルも血圧を見ても、そこまで深刻になることはないわ」
「そうですか、よかった。ほんと良かった」
「でも、『今は』ってことよ。頭を打っているかもしれないから、急に容態が変わる可能性もあるわ」
「そんな……」
「情けない声出している暇があるなら、手を握って声かけなさい」
「ぶひ!」
「……面白い返事をするわね」
「い、いやっ、今のは僕じゃ!」
「子豚ね、子豚がいるわね」
女性の目線を辿り、振り向くと、隅で子豚が嬉しそうに鼻を左右に振っていた。
「すいません、僕の子豚です」
「病院には入れないでね」
「ぶひ!」
僕が子豚を抱えながら、汗でベトベトな手でじいさんの手を握り、必死に声をかけているうち、気付けば救急車は走行を止めていた。
だが、なんだか様子が可笑しい。
「着いたぜ」
そうして声をかけてきたのは運転席に座る眼鏡をかけた救命救急士の男。
「ちょっと、どういうこと! ここ病院じゃないわよ!」
「え?」
「はい、大人しく」
そう言ったのは、女性の隣に座っていた目つきの悪い救命救急士の男。黒光りするものを女性の頭に突きつけていた。
それはドラマや映画でよく見る拳銃という奴だ。
「そんな玩具でっ!?」
女性の声を掻き消して、パン! っと劈く音が耳を貫く。
「はぁん!?」
女性が苦しげな悲鳴を挙げ、足を抑える。見れば、肌色のストッキングが赤く変色していっている。
そこで初めて気付く、耳を劈いた音が銃声だということに。
「ばかが! こんな狭いところで撃つかよ! 考えろ!」
そう叫んだのは助手席に座るもう一人の救命救急士の男だった。ごつく体が大きい。
「ああ、悪い悪い」
「ちっ、そいつら降ろせ」
そう舌打ちを着いたごつい男はドアを開け、救急車を降りる。運転席の眼鏡の男もだ。
「おら! 降りろ!」
女性を撃った目つきの悪い男は拳銃をこちらに向け偉そうに指図してくる。
何もできない僕はその指示に従うことしか選択肢はなかった。
救命救急士の男たちは合計三人。そのうち三人とも拳銃を所持している。他に仲間がいる様子はない。
やつらの望みは身代金。
じいさんがどうやら名家の大富豪と知り、誘拐を計画したようだ。
そして、今僕たちがいるのは、大きな倉庫、その一室。
昔は事務所に使われていたのか、デスクとイスが幾つか打ち捨てられている。この倉庫自体、昔は大手印刷工場の倉庫として利用されていたのか、チラシに本に新聞紙と数多くの紙束が散乱していた。
でも、現状把握なんて意味があるのだろうか。僕は無力だ。
「俊一君、大丈夫?」
「えっ? いえいえっ、僕なんて何ともっ」
情けない。足を怪我している芹那さんにまで心配をかけて……。
「この通り、スクワットだって軽々と。僕なんかより、芹那さんのほうこそ大丈夫ですか?」
無力でも荷物になっちゃいけない。僕は人で男でいなくちゃいけない。
「ええ、大丈夫よ、止血はしてあるから。銃弾が貫通したのが不幸中の幸いだったかしらね」
医者である芹那さんの足には脱ぎ捨て千切った自分の白衣が巻きつけられている。
そうとはいえ、応急処置のようなものなのだろう。血が滲んで痛々しい。床に座っていた僕の視線は、彼女が椅子に座っていたこともあって何度も足に向けてしまっていた。
僕が彼女の立場だったらと思うと体が震え、顔が青ざめてしまう。
それに比べ、彼女は気丈だ。
「それに、助次郎さんも今のところは大丈夫そうね」
芹那さんは担架で静かな吐息をしているじいさんの腕首に触れながら、こちらに微笑みを向けてくる。自分の心配よりも周りの心配ばかりだ。
「でも、早くどうにかしないといけないですよね」
「ええ、このままじゃ……ううん、このまま何もない事を願いましょう」
「そうですね。このまま……」
また、暗い雰囲気に戻してしまった。
言葉が続かない。
狭い部屋に淀んだ空気が漂っていく。
誰もが沈黙して、空気も時間も停滞してしまったようだ。
名前を知ることで親密感が増したぶん、一人一人の不安や恐れまで感じやすくなってしまったのかもしれない。
じいさんも芹那さんも苦しい表情をしているように見えて、やりきれない。
僕は辛さに目を背けて、部屋の隅に座るもう一人の同房者に目を向けていた。
こんな状況の中でも彼女は子豚と楽しく戯れ、さすがに図太い。
「辛気臭い顔。一緒に遊ぶ? そのぐらいなら、オッケー。全然しちゃう、しちゃう」
アイドルとは、ファンの知りえない場所で何度も過酷な環境を搔い潜っているのに違いない。
「今は、遠慮しときます」
「なーんだ、つまんなーい。ねぇーパーちゃん」
「ブヒ、ブヒ」
「はあ、ここにいるのもやになってきちゃったし、そろそろ出ようか? パーちゃん」
「ブブヒ」
「そうだね、出よう!」
「ちょ、ちょっと、クレアちゃ、クレアさん何言ってるんですか?」
僕は慌てて、今にも出て行きそうなアイドルのクレアさんの前に、ドアを背にして立ち塞がる。
「だって、私関係ないし、ただ隠れてたらみんなが勝手にここに来ただけだし、いいじゃない?」
「ダメでしょ。そんなことしたら、危ないでしょ」
「どうにかなると思うんだけどな」
「どうにもなりませんよ」
「もう、さっきは親切な人かと思ったけど、お節介なんだー。ぶーー」
「ず、ずるい……でも、可愛く口を尖らせても譲れません」
「いえ、出ましょう!」
突然、芹那さんが意を決したように立ち上がる。
「芹那さんまで何を言ってるんですか?」
「このまま、このままと思っていたけれど、やはりこのままじっとしていても解決しないわ。それに助次郎さんの容態だって何時どうなるか……脱出できるのなら悠長なこと言ってる場合じゃないわ。クレアさんだって闇雲に出ようって言っているわけじゃないんでしょ?」
「ふふん、任せて! 逃げることならお手の物よ。今だってお父様から逃げてるんだから」
クレアさんは自信満々に胸を張る。
「本当に言ってます? 芹那さんにクレアさん?」
「本気よ」
「ふふん、知ってる? 鬼ごっこで鬼に捕まらない方法?」
「いいえ」
「ふふふ、それはこっちが鬼になればいいのよ!」
クレアは訝しめに笑い、そう言い放った。
「ハンドルを下して、セーフティを解除して、狙いを定めて、引き金を引く。ハンドルを下して、セーフティを解除して、狙いを定めて、引き金を引く。ハンドルを下して、セーフティを解除して──」
「なんだ、ブツブツ言って怖えよ。間違って撃つなよ」
俺は初めて持つ銃に恐怖を覚えながら、銃口を誘拐犯の背中に押し付けていた。
クレアちゃんの説明によればナントカ社製MP5セミオートライフルとかなんとか言っていたが、正直名称なんてどうでもいい。現実にこんなものを持つことになるなんて、手が震えて、汗も滲み出て間違って引き金を引いてしまいそうだ。
撃ち方とか本当のことを言えば聞きたくなかったし知りたくもなかった。
背中から自慢げにこんなものを取り出すアイドルを好きになっていたなんて、俺は何も見えていなかったんだと自己嫌悪に今でも押しつぶされてしまいそうだ。
そんなことを考えていると、余計に焦燥感が増してくる。
早くこんなことを終わらせたい。
「アヒャ、アヒャ、アヒャヒャヒャヒャ、しねしねしねー」
隣で奇声を放ってアイドルが銃をぶっぱなしている。
早くここから逃げ去りたい。
「殺すなんてダメよ。医者として」
「わかってるって雰囲気出してるだけでしょ、フリ、フリ!」
残り二人の誘拐犯は逃げ惑いながらも応戦してくる。
「アヒャヒャヒャヒャ、そんなヒョロ弾当たるもんか! ほら二人とも何してるの! ほらほら、散らしているうちにおじいさん運んじゃって運んじゃって」
「えっと、あのこの人は?」
「ああ、もういいや」
あっけらかんとそう言ったかと思ったら、学生服風の衣装を着た女の子であるクレアちゃんは持っている銃で誘拐犯の首元を殴りつけ、簡単に大の男を昏倒させていた。
「ほら、ぼーっとしてないで、走る走る」
怖い。
僕は芹那さんを手伝いじいさんを救急車に乗せ、急いで自分も乗り込む。
しかし、芹那さんが要領を得ない。
助手席に乗り込み、先んじてキーを回しエンジンをかける手筈なのだが、助手席のドアを開けたまま乗り込もうとしない。
席の後ろから顔を出し、覗き込むと芹那さんは苦い顔をして立ち尽くしていた。
「どうしたんですか?」
「……えっと、あれ」
僕が質問をすると何だか怯えるようにして助手席の下を指さしていた。
どうしたのかと訝しみながら、さらに体を乗り出して助手席の下に視線を向ける。
すると、そこにはあたかもドラマに有り気な爆弾があった。
筒状のダイナマイトという奴に時計が括りついていて、そのデジタルタイマーが刻々と時間を減らしている。
「まさか、これって……」
「爆弾ね」
いつの間に運転席に乗り込んでいたのか? クレアちゃんが僕の顔のすぐ横で同じように爆弾を覗き込んでいる。
「よし! じゃあ、これ捨てて来て」
クレアちゃんは怖がることなく爆弾を持つと、僕に手渡してくる。
「え?」
「ほら、早く早く」
僕は言われるがまま急いで救急車を降りた。
すると、背中越しからドアの閉まる音が聞こえてくる。
「骨は拾うからね」
振り向くと満面の笑みを浮かべたアイドルが運転席の窓から乗り出して手を振っていた。
「「「あとはよろしく!」」」
「ブヒ!」
車は物凄い速さで走り去って行った。
気づけば、誘拐犯もこの場にはもういなかった。
そして、タイマーをみると残り時間はあと五秒。
もう、どうしようもなかった……。
三、二、一……零。
目が覚めると目の前にいたのは、胸の開いた服を着た素敵な女性だった。
「天使……」
「よかった。目が覚めたみたいね俊一君。もう、倒れているから、驚いたわ。でも、軽い脱水症状だったから大丈夫よ。それと、爆弾は不発したみたい。あんな不細工な作りじゃ爆発しようもなかったみたい」
「…………」
「ん? 大丈夫? まだ寝ぼけてる? 気分悪い?」
どうやら、僕は今天国ではなく病院のベッドに寝ているようだ。
看病をしているのは天使ではなく白衣姿の芹那さん。
「お? 目が覚めたいかい俊一。よかったよかった。今、売店でお菓子買ってきたんだが食うかい?」
「何々? あ、起きてるじゃんか。生きててよかったな」
「ブヒ、ブヒ」
そして、ドアから入ってきたのは元気そうなじいさんに子豚を抱えてはしゃいでいるクレアちゃん。
そうして、一気に病室が騒がしくなった。
なんだかよくわからないが僕は生きているみたいです。
『お呼出しいたします。内科医の飯田芹那さん、大前田助次郎様、クレア・テイラー様。医院長室までお越しください。繰り返し、お呼出いたします──』
「「「げっ!」」」
「俊一、ひとつお願いがある。子供が来たら適当に取り繕っておいてくれ。後生だ」
「あ、あの俊一君。もし医院長がお越しになったら。急患が入って、出て行ったって言ってくれるかな?」
「はい、パーちゃんよろしく。執事が来てもここに居たってことは内緒でってことで」
「「「あとはよろしく」」」
「お前らぁ! いい加減にしろ!!」
幾つもの登場人物を登場させて話を作ることを念頭に書き上げました。