ネットスラングを駆使して異世界で無双する。
ちょっとした思いつき。
「ふぁ……」
まったりとした陽気。うららかな午後のことである。
欠伸を噛み殺しながら僕は己の人生について色々と振り返る。いやぁ、バカなことをたくさんしてきたな、と。
例えば勉学。小学生の時はかなり優秀――ぶっちゃけ天才だった。一切の勉強なしにテストも通信簿も高得点・高評価。親もそりゃあ喜んでくれた。
中学にあがってもその頃の恩恵か、まぁ悪くない成績を残せた。まぁまぁ、といったところだったがそれでも僕は十分だった。
困ったのは高校だ。入試はなんとかなったが、それまで一切の勉強をしてこなかった僕はそこで大いに挫折する。
留年、である。
そうなるともう学校に行こうという気力も失われてしまった。
あぁ、留年した時にふてくされずに勉強していればこんなことにはならなかったのだろうか。
――こんなゲームのような異世界にやってくるようなことには。
僕の名前は高槻志郎。名前も普通なら容姿も普通。
どこにでもいる高校生だ。いや、だった。
そして、僕は今、普通じゃないことに異世界にいる。
いや、これも昨今では割と当たり前になってきているので、普通じゃないとはいわないかもしれない。
そういう意味では完全にまっとうに普通なる高校生の僕だった。まぁ、一年留年はしてるけど。それでも内容・容量共に普通に普通な男の子だ。
異世界に召喚された経緯はよくわからない。
別にトラックに激突しかけたわけでもなければ、光の扉みたいなのをくぐったわけでもない。
夜、いつも通りネットをして眠くなってベットに入って、起きたら異世界にいた。
なので目覚めは割と快適だったが、そんな話はどうでもいい。
これでも、一応イマドキの学生としてそれなりにネット小説なども読んでいた身としては「あ、これ異世界転生だ」と当たり前のように受け入れられたが、お姫様もいねぇし魔方陣なんてのもなかった。まぁ、そういうタイプの小説にもいくつか心当たりがあったのでなんとか取り乱すことはなかったが。
そこからは現状の確認作業に追われた。
どういう世界なのか。言葉は通じるのか。魔王はいるのか。勇者はいるのか。レベルはあるのか。ギルドはあるのか。お金はどんなものなのか。等々。
思い付く限りのことを調査していった結果、オレはこの世界について色々と知ることができた。
ここはアーシェアス大陸。言葉は通じた。魔王もいれば勇者もいる。レベル制であり、スキルなどもある。ギルドもある。通貨単位はベル。
なんともテンプレな世界である。
現実味がなさすぎるが、かといって身体は飢えるし喉は渇くのでこれを夢だと断言してちょっと死んでみる気になれない。だって死んだら怖いじゃん。
そして、そんなテンプレな世界ならと僕が期待したのは恥ずかしながら、やはりチートの存在である。いや、全くお恥ずかしい限りだが、異世界に来たらやっぱり欲しいよねチート!
結果から先に言うと、ソレらしきものはあった。
おそらくこの世界の人間が持たないであろうスキルが五つも。転移させた神様太っ腹!とか思ったりもした。
しかし、それも過去の話である。
確かにどれも効果の部分部分をみてみるとこの上ない、まごうことなきチート能力が五つもあった。
問題は、「部分部分を見なくてはならないこと」と「クソみたいなスキル名」である。
それを確認してからはこう思うようになった。
神様センスねぇな。
多分、神様的には笑いのひとつでもとりたかったのだろうと考えることでなんとかやるせない気持ちを払拭させている。いや、その笑いにしたって若干スベってる感じがするのだけど。
もう少し、どうにかならなかっただろうか……。
――ズキン!
「イタタタタ! ごめんなさいごめんなさい!」
突如として妙な頭痛に襲われた。
撲がひたすら謝ると徐々に頭痛が消えていく。
心配そう、というよりも何かヘンな者を視るような視線を商人さんが送ってきたので「すいません、持病の癪です」と適当なことをいっておく。
多分だが、これが神様からのコンタクトなのである。啓示を与えたりピンチを助けたりはしてくれないのに、自分の気に食わないことがあるとすぐこうして万力で頭を潰しにかかってくるのだ。
もうこれ以上ケチをつけるのは良くないだろう。というか、そんな風にケチをつけていられるほど安穏とした異世界ライフをおくれる状況ではなかったのだ。
それに名前はどうあれこの力のおかげで幾度となく訪れた窮地を乗り越えられた。後は小学生の時にボーイスカウトで学んだサバイバル知識。やっぱり小学生は最高だぜ!
そんな当たり前のことに気がつかされたりもしつつ、なんとか今日まで生き延びることが出来た。
今はギルドのあるような大きな街を目指して移動中だ。
徒歩での旅は厳しそうなので僕がいた村を通った行商人に乗せてもらった。
幸い、僕にもたらされたチート能力のおかげでお金に困ることはない。
なので、この世界でまったり生きつつ、元の世界に帰る情報を探しても良い。しかし、そういうのを知っているのがいるとしても、やはり王様とか宮廷魔術師とかそんなおハイソな方々くらいだと思われるので、そういう人と知り合うためにもやはりどういうカタチであれ名声は手にしておかなければならない。
そんな理由で。
元の世界に帰るにしてもこの世界で生計を立てるにしても、やはり大きな街にいかなければお話しにならない。
だから絶賛移動中なのである。
僕がこうして荷台で揺られているなか、護衛の傭兵達は馬に乗り周囲の警戒にあたっている。そうなるとなんだが申し訳ないような気持ちになってきたりもするのだが、一応少ないとはいえ金を払って乗せてもらっているわけだし、気にすることもないか。
護衛は二人しかいない。これが美人騎士とかだったらもう少し色めきだちそうだったが、生憎どちらも屈強な男性だった。
頼りがいのある容姿のおっさん達ではあるが、いささか数が少ないような気もする。
そう思って行商人に声をかけたが、なんでもあの村から次の街までの間にはここのところ手ごわいモンスターなんかがほとんど出現していないらしい。時期的にもいましばらくは大丈夫そうなので、護衛は二人でも大丈夫なのだそうだ。
しかし、そう言われると非常に気になってくるのが、いわゆる『お約束』だ。
「くぁ……」
もう一度、欠伸を噛み殺す。あまり居心地が良いとはいえないがそれでもこうして一定のリズムで揺らされていると自然とおめめがとろんとしてくるものである。
まぁ心配していても仕方がないし、寝るか……。そう思い幌を閉め、日差しを遮断した。
そして、僕は睡眠準備に入った。
それから間もなくして……
「と、盗賊だぁあああ!!!」
そんな叫び声で僕の睡眠は妨害された。
……ほら、言わんこっちゃない。
なんでこういうところはテンプレなのに能力名がクソなの? 馬鹿なの?
そんな怒りを覚えたのは一度や二度ではない。森の近くではモンスターに襲われかけてる女の子がいるし、その女の子の紹介で村の村長に会えばクエスト出されるし……きわめつけがこれだよ!
ナニ? 神様もうちょっとお話考えられないの? これはもう王道とかじゃなく只のパクリだよね? と、日頃の鬱憤と共に吐き出したい気持ちでいると、ふと声が聞こえてきた。
「うっ……ぐっ!」
「がはぁ!」
「ひっ! ひぃいいいい! 護衛が二人とも、こんな簡単にやられるなんてぇええええ!」
おい、おっさん。アンタはナレーションに転向した方がいいぞ、きっと。
一瞬で見事に外の状況を解説してくれた。
生存本能のおかげか、この造り物めいた世界でも自棄にもならず増長もせずにつつましくやってきているつもりだったのだが、僕を転生させた誰かさんはそれが気に入らないんじゃないかってくらい、こうしたイベントを放り込んでくる。
こっちはいい迷惑だ。
しかし、ちょっと考えればわかることだろうに。魔物の往来が少なく、行く人が油断しきっている街道なんて盗賊の恰好の餌食ではないか。
少し考えればわかるだろうに。
「はぁ」
仕方がない。
どのみち、このままでは僕も捉えられるか殺されるかの二択だろう。生憎、対人戦はこれが初めてじゃない。世界観が変われば価値観も変わるのか命を奪うのにもあまり抵抗がない。まぁ、単に撲が人でなしだった可能性もあるけれど。それに自前の能力に若干の不安はあるが、やらねばなるまい。
そう思い、僕は幌から少しだけ顔を覗かせる。
……いや、颯爽と躍り出るとか無理だから。
ついこの間までバリバリに普通な高校生だったんだから、盗賊とか怖いに決まってるじゃん。野盗や魔物である程度の耐性はついたとはいえ怖いものは怖い。出来ることなら物見遊山を決め込みたい。
しかしそうは問屋がおろしてくれないのだから仕方ない。
さぁ、レッツパーリーと行こうか。
「よ……っと」
僕がその掛け声と共に地上に降り立つと、盗賊達がこちらをむいた。
人の数はオレを含めて十五人。傭兵二人と盗賊らしきのが四人倒れており、商人のおっさんは敵に縛られていた。商人は殺さないのだろうか?
しかし、傭兵もこの数相手に四人倒すとはそれなりに頑張ったようだ。
「んあ? まだ護衛がいやがったかっ!?」
「いやいや只の乗客ですよ」
いいつつ、僕は能力を行使する。
さて、ではオレの能力をお見せしよう。
オレの能力は全てが【ネットスラング】で出来ている。
……うん、ツッコミたい気持ちはわかるよ? オレも自分で言っていて変だとは思うけれども、本当のことだもん。
【今北産業】
これは今来たので三行で現状を説明してくれというネットスラングが元となる、まぁいわば現状を把握するための能力だ。
いまいち状況がつかめていない時には使える能力である。観察する能力といいかえてもいい。
ただひとつ、難がある。それが状況の説明の練度である。その都度によって、詳しい情報がもらえたり、あまり必要じゃない情報しか出てこないことである。
つまり、どういうことかというと……
『俺様、
今日一番の、
大ピンチ!』
「使えねぇ!」
「っ!?」
思わず、声をあげた僕に盗賊達が反応する。「俺様」とか使ったことねぇよ!
なんだなんだ、と不可解な視線を盗賊のヤツラが送ってくるがそんなの知るか!
このように、毒にも薬にもならない情報・光景を見ただけで理解できる情報なんかを寄こしてくることも多い。
そういう時はもう一度、『今北産業』を使ってみる。すると、同じ状況でも別の三行で状況を説明してくれる。
今回の三行は……
『大変だ!
行商人達が盗賊に襲われている!』
「あと一行はどうしたぁ!」
「ひっ!」
またしてもとりみだす僕を見て一人の盗賊が悲鳴をあげた。
「こいつ、もしかしてやばいヤツなんじゃ……」という目で僕を見ている。
そう妄想するのは結構だが、その「やばいヤツ」は、僕が盗賊達に感じてほしかった「やばいヤツ」とはちょっと意味が違う。
『北にあるアッカイルの森を根城にするアーバンクロー盗賊団が、
行商人ミクサ・クロックスとその護衛の傭兵ヴァボン・リュッソとハーガン・トライを、
八人で襲撃中!』
もう一度使用すると、やっとまともなのが出てきた。
これが本来の使い方である。
まぁ、今回は殆ど状況は理解できていたので使う必要はそこまでなかったが、TPOによっては一瞬でその場の状況を把握できるので有効な能力だ。
それに僕の他の能力と組み合わせることでさらなる有用性を発揮する。
アーバンクロー盗賊団か……。
その名前を覚え、次の能力を使う。
【ググる】
本来の意味はグーグルで検索する、というこの単語。ここでも同じようなことが出来る。『同じようなこと』なので勿論違う点は多々あるが。
まず検索するソースがグーグルがどうかわからないこと、それとパソコンではなく脳内で直接検索することだ。
僕は脳内で『アーバンクロー盗賊団』について検索した。
【アーバンクロー盗賊団】……「ブッセ地方」の南西に位置する「ゴーヂュの村」近くの「アッカイルの森」を根城に近隣を荒らす盗賊団。頭の名前は「フロンゾ・モソイ」。非情に残忍で容赦のない男である。構成人数は10~15人程度。
続けてその説明文から「フロンゾ・モソイ」を選択する。
【フロンゾ・モソイ】……アーバンクロー盗賊団の頭領。非情に残忍で容赦のない男である。基本装備は剣だが、魔法も使えるので注意が必要。
このように相手の情報が知れるので便利である。
魔法が使える、というのは頭に入れておいたほうがいいだろう。
僕から見て一番遠いところに見えるのが、おそらく頭領のそのフロンゾだろう。
「アンタがフロンゾか」
「ほぉ……オレも有名になったもんだなぁ。こりゃあ悪さしてきた甲斐もあるってもんだ」
そう男が笑うと周りの人間も笑いだす。
「…………」
そういうのはなんか不快だ。イライラする。
「お、やる気か?」
そういってまたみんな笑いだす。
なんだろう、この「まるであまり仲良くない友達の身内ネタを聞かされている」ような感覚は……。
ホント、人の神経を逆なでする奴だな!
「しかし、そんな軽装でどう闘うってんだ? 武器も持ってねぇじゃねぇか」
確かに一理ある。
「うーん、そうだなぁ……」
僕は使いやすそうな武器がないかその辺りを見回してみる。
「……アレがいいかな」
僕の目にとまったのは傭兵の一人が使っていたと思われる剣だ。飾り気のないシンプルなものなのだが、血だまりにありまだ輝きを失わないその剣に、おそらく業物だろうと当たりをつけた。
距離があるのでとりにいくのは難しそうだが、それは問題ない
【コピペ】
そう念じ、視認した業物っぽい剣を指定する。するとそれと同一の形をした剣が手の中に出現した。
能力その3。コピー&ペースト。
その名の通り、指定した物や魔法をコピーして扱うことが出来る。
現時点では生き物・直径一メートル以上の物質はコピーできず、直前にコピーしたもの以外はもう一度視認しないと使えないとまぁ色々と制約はつくが僕の持つ能力の中では使い勝手が良い方だ。
これのおかげでお金には困ることがない。まぁお金の複製は犯罪なのであまりおおっぴらに使って目をつけられるのは困る。そのため、今も最低限しか持ち歩いていないが。
僕のその能力を目にした盗賊達は驚いているご様子。盗賊たちの間に少なくない動揺が広がっていて、様々な憶測が飛び交った。
「なっ!? どっから武器が!?」
「アイテムポーチから取り出したのか?」
「いや、そんな風にはみえなかった」
「まさか、空間魔法!」
「魔法使いか!」
「失敬な、まだそんな年じゃねぇ!」
「「「は?」」」
おっと、いけない。
つい魔法使いと云われると年齢イコール女性経験がちょっとアレな方を思い浮かべてしまう。ま、まぁあと十年以上あるし! まだ大丈夫だし!
そんな僕の動揺など推して知るべくもない盗賊たちは、しかし僕の魔法のような手品のようなナニカを目撃したことで空気が引き締まっている。
それにあわせ、僕も剣を構える。
僕を取り囲むように四名ほどがじりじりと寄ってくる。
一人が動いた。
「おらぁあああ!」
「くっ!?」
上段からの必殺の一撃。それを手にした剣でなんとか受ける。しかし、コピペでは剣の扱いまで上手くなるわけではない。いかに剣が業物っぽくでも僕に剣術の心得がないんじゃ受け止めるのが精一杯だ。
「く……っそ!」
後の動作など考えずに力任せに剣を弾く。しかし無理やり過ぎたか既に僕の体勢は崩れかけている。
「はっ! ガラ空きだぜぇ!」
言って、男の剣が迫りくる。
普通ならこれで僕は腹部から大量の血を流してお陀仏だろう。しかし、そうはならない。
【ペースト】
「おらぁあああ!」
そう念じると、崩れていた体勢が無理やり戻される。そして、こちらを攻撃しようとしていた男に上段からの苛烈な一撃が見事に決まる。頭をカチ割られた男は僕に届かず崩れ落ちた。
先ほどの敵の攻撃をコピーしておいたのだ。
確かにこの能力、その人自体をコピーで生み出すことは出来ないが“動き”ならば真似出来る。多少無茶な体勢からでも使えるのは嬉しい。
「クッ……」
しかし、無理な体勢から撃てば勿論身体に負担のかかる。そのせいで手や腰、背中あたりが微妙にじんじんするんだけど、動けないほどじゃないし。
しかし、やはりキツイ。
敵はまだ7人もいるし……。となると、別のアプローチが必要だ。
よし。
「【コピペ】」
僕は手に持った剣をもうひと振り複製した。
いままでは両手でもっていたその剣を左右の手に一本ずつ持つ。
「二刀流? ……ぶはっ!」
その格好を盗賊に笑われた。
それもその筈。
この剣は僕の細腕が片手で扱うには少し――いや、大分重量オーバーだ。持ってるだけで精一杯。ぷるぷるぷる、と僕の両手が奮えている。
そりゃあ命のやりとりをしているこの場所でそんなことをすれば笑われるのも当然かもだ。
「その成りでどうしようってんだ!」
「扱えてねぇじゃねぇか! ギャハハハハハ」
そんな風に侮っている盗賊達。
ふぅ、やれやれ。全く理解していない。
そんな彼らに対して、僕は――
「せーの、せっ!」
掛け声とともに剣を投げつけた。
「なっ!」
いきなり剣を投擲された男は焦ったように声をあげた。
そうはそうだろう。普通、自分の持つ武器を投げるというのは最後の手段だ。それ以上、何も出来ないというような状況にならなければ使わない。
武器を手放すということは闘う手段が極端に少なくなるということなのだから。
でも、僕は違う。
ガキン、と僕の投げた剣は盗賊の持った剣に阻まれる。がそれはどうでもいい。既にもう片方の手にした剣も投擲済みだ。
「ぐぁ!」
それが男の喉に刺さる。
「テメェ!」
「やっちまえ!」
僕を取り囲んでいた残り二人が怒号と共にやってくる。仲間がやられたことと武器を持たない僕を見て、行動に出たのだろうがそれは悪手だ。
「――っ!? 待て、お前ら!」
フロンゾは僕の思惑に気がついたようで、静止する声をかけるがもう遅い。
僕は身体を回転させながら続けざまに二回【コピペ】を念じる。それに呼応し、僕の両手に全く同一の剣が現れる。
「「なっ!?」」
男達の驚き声は長くは続かなかった。
僕は生み出した剣のうち一本を少々距離のあった男へと投げ、剣の射程内にいた方は残りの一本で横一文字に切りさいた。
「残り――半分」
「ひっ!」
僕は頬についた血を気にすることもなく、にやりと笑ってみた。まぁ完全なる演出なのだが、それでも盗賊の内一人は小さく悲鳴をあげ、フロンゾを含めた残りの三人もわずかにたじろいだ。
「ちっ! お前ら、ビビってんじゃねぇ! 相手は一人だ!」
しかし、流石は頭領というべきかフロンゾが檄を飛ばし、その雰囲気を掻き消した。
「『汝、その猛々しき姿を我が糧として命の灯に命を下さん!』」
呪文の詠唱を始めたのを見て、僕は距離を取りとある能力を行使するためにフロンゾの顔を凝視する。
……うん、問題ないだろう。
「『ファイアーボール!』」
「【※】」
火の球はオレのその言葉ともとれない言葉に魔法使いの攻撃が霧散する。
「なっ!?」
「わはははは、手も足も出まい」
普段クール(死語)で知られるオレもこう戦闘の矢面にたつと流石に高揚感がある。敵を翻弄するのも気分が良い。カ・イ・カ・ン♪
というか、【ググる】で魔法が使えるとしっていたので上手い事対処できた。やはり使えるこの能力。安定感という意味では一番良い。
まぁ調べるだけというのはちょっとアレだけど。情報は武器だ。うん。
「なんだ、『消化魔法』か? くっ!? ……炎がダメなら。『――汝、その麗しき姿を我が糧として命の泉に命を下さん』」
そういって、次なる詠唱を開始した。それにより生まれたのは水。それで水球を造りだし、オレ目掛けて撃ちだしてくる。
しかし、それもオレの敵ではない。今のオレには水鉄砲よりも下らない水遊びだった。
「【※】」
その一言(と呼べるかはちょっと疑問なところではあるが)で、撃ち出された水球がまるで高温で蒸発したかのように消えてなくなる。
「『撥水魔法』まで……っ!?」
ならば、と雷、氷、光、風など様々な魔法で攻撃してくるがその度にオレは【※】を唱える。するとたちどころに魔法は掻き消えてしまう。
「効かん効かん」
フロンゾの顔に汗が浮かぶ。
「ちっ! おい、レッサー。お前も撃て! お前の魔法は弱っちいがこうなりゃ数で勝負だ」
「お、おう!」
言って、もう一人いたフードの男が詠唱を始めた。
もう一人魔法使いがいるとは中々優秀な盗賊団だったようだ。
しかし、
「何人こようと無駄無駄無駄ァ!」
ふん、数など問題ではないというのに、あちらさんは少しもわかっていないようだ。
今度はフロンゾだけでなく、もう一人いたらしい魔法使いも詠唱を唱えている。風の魔法のようだ。
その風により、男のフードが外れた。
その下にあったのは、長い耳、端正な顔立ち――エルフだった。
……やべっ。
「『ウィンドカッター!』」
「うぉおおおおお、あぶねぇええええ!」
「……え?」
今まで、一切効かなかったのに、フロンゾの魔法よりも威力の弱いエルフの魔法は全力で回避した。
「なるほど、風魔法が弱点か! 喰らえ、『ウィンドカッター!』」
「【※】」
「なぁんだとぉおおお!」
つまり風魔法に弱いとありきたりな定説に落ち着いたフロンゾの風魔法をいとも簡単に消滅させつ僕をみて、フロンゾが目を引ん剥く。
「『ファイヤーボール!』」
「うぉおおおおお、あぶねぇ!」
「なぁんでだぁあああ!」
そして、エルフの攻撃からは必死で逃げる僕を見て、また目を引ん剥く。
今度はウィンドカッターがフロンゾ、ファイヤーボールがエルフの使った魔法だ。
そろそろタネがばれそうな気がした。
問題はどんな魔法かじゃない。
『誰が使うか』だ。
この魔法【※】は正しくは【※ただしイケメンに限る】という。
イケメンに限る、とあるようにイケメン以外の行動を抑制することが出来る。
魔法は勿論、物理攻撃や言動、場合によっては行動まで無効化することが出来る。イケメンの定義はオレの審美眼に依る。まぁ線の細いジャニーズ系は無意識で大抵イケメン扱いになるが傭兵や戦士のような屈強なエグザイル系はオレの中ではイケメンって感じがあまりしないのでそっち系統には厳しい。あと女性は美女であってもイケメンではないので通用する。たまに中性的でボーイシュな女性には効かないことがあるが。
この世界では盗賊だろうと戦士だろうと基本的に筋肉バリバリじゃないとやっていけないので、この能力は大抵の奴に使用することが出来る。
が、エルフは別だ。あれは大抵が美男美女で構成されているというのはこの世界でも変わらないらしい。つーか、初めて見るエルフが盗賊って……もうやだこの異世界。
ついでに魔法使いにも効かないことがある。この世界に限らず後衛職はそこまでの運動能力が求められないため、細めの者が多い。で、この世には雰囲気イケメンというものがある。線が細く、雰囲気が良ければ、オレの拙い本能がイケメンとして判断してしまう。
こんなことなら本物のイケメンに触れておくべきだった! 別に触れたくもないけど!
そんな失態を悔やんでいる暇はない。
相手がイケメンの場合、この能力はクソほどにも役に立たないのだ。
もうこの世からイケメンが消えてなくなればいいのに。
二重の意味で。
「クソッ! なんか知らんがお前の魔法は効いてるみてぇだ! どんどん撃て!」
「あ、あぁ」
まぁ、バレるわな。そして、残る三人がナイフや剣を構えてじりじりとにじりよってくる。
さて、けどもうちょい【コピペ】ればなんとかなりそうな予感である。このまま片づけてしまおう。
そう考えた直後、
――ズキン!
「アダダダダッ!?」
本日二度目の頭痛に見舞われた。
特に冒涜してないはずなのに?
何が気に食わないのだろうか?
「んー? ……!? あー、なるほど」
が、頭痛直前に考えていたことを思い出し、合点がいった。
『そんな勝ち方じゃつまらない』
そう言いたいようだと察する。
「あー、もうほんとに面倒臭いなー」
おそらくだが、神様は派手好きなのだろう。
だから、僕に残る能力で決着を付けてほしいのだ。
それを理解し、嘆息する。
碌に助けてもくれない癖に注文ばっかり多いんだから……。
仕方がない。こうなったら――負けるしかないかな。
いやいや、これは何も自殺志願というわけじゃない。
勿論、作戦だ。
残るひとつの能力の制限は他の追随を許さないほど面倒臭い。
いやそれにしたってわざと負けるとか……お前馬鹿だろ、と云われるかもしれないがそれが最適なのだ。
半年に一度は俳優に憧れていた(だけの)撲の演技力が今、試される!
早速、最も近くにいた痩せぎすの男へと駆け走る。
面喰らいながらもなんとか剣を打ち合わせてくる。そして、タイミングを見て、僕は剣を弾かれたように見せつつ、投げる。よし、これは上手くいった。あとは情けない声を出しつつ、後退するだけだ。
「うーわー、やーらーれーたー」
「何か企んでやがるぞ! 気をつけろ!」
どうやら、僕にアカデミー賞の才能はないらしい。
しかし、このまま何もしないのもそれはそれで怪しまれそうだ。撲はちらりと傭兵の死体の方を見て【コピペ】する。今度は剣ではなくその脇に落ちていたタガーをコピーし投擲する。
「いづっ!?」
それが男の手に刺さり、男は剣を取り落とす。すかさずダッシュし、男の取り落とした剣をコピペして、ぶっさした。
「……ふぅ」
内心、あーあ殺しちゃったよと後悔する。
敵の人数が減ればそれだけ負けムードを作るのも難易度が上がる。
存外、負けを装うというのも難しいものである。
さて、どうするか。
とりあえずもう一度剣を取り出しておこうと傭兵の方へと視線を移す。
そこでお目当てでないものが撲の瞳を虜にした。
――んん?
あれは……使えるかもしれないな。
そう思いつつもやはり剣を必要だと取り出して、それからお目当てのモノをコピーする。
……うん、出来るか不安だったがどうやら大丈夫のようだ。
よし、これでなんとかなりそうだ。
確信し、もう一度足を動かす。
今度はフロンゾと真っ向からぶつかる。
撲が雑魚相手に圧倒できることはおそらくあちらもわかっている。となると、撲の負けを演出させる相手役には、リーダーであるフロンゾ以外に考えられない。
剣を撃ち合せる。
流石、頭目。さきほどまでの雑魚よりも腕が立つ。一瞬でも気を抜くとすぐにでも殺されてしまいそうだ。
「うぉおおおおお!」
雄叫びと共に縦横に剣を振るフロンゾ。
――その一撃が撲の腕を掠めた!
「くっ!?」
【ペースト】!
そう念じるとタイミングよく、僕の腕の周囲に大量の血液が舞った。
撲がコピーしたのは傭兵の身体流れ出た「血液」だ。
生物はコピー不可なのでダメかと思ったが、血液なら大丈夫なようだ。尤も既にあの傭兵が死んでいるから大丈夫だという可能性もある。
実際にはかすり傷程度だが、これだけ血を流せば大けがに見えるだろう。
さて、いよいよ体力も限界だ、という風に剣を取り落とす。
「この人数相手に頑張ったようだがどうやらテメェも終わりみたいだな」
うむ、良い感じのエンディングパートである。即座に首を刎ねる感じじゃなくて良かった。いや、もしかしたらこれも神様とやらのお膳立てかもしれないが。
「クソ……っ」
腕を抑えながら、憎たらし気にそう呟く。意外と演じるのにも慣れてきた。アレだ、親にエッチな本を隠す時の要領でやると上手く出来いたたたたっ――ごめんなさい神様、シリアスにいきますから、頭痛はやめてください!
オレはまるで自分が主人公で在るかのごとく、吼える。
自らがヒーローになったつもりで、フロンゾに向けて吼え散らかす。
「お前はこんな生活に満足してんのかよ! 他人を犠牲にしてその上にあぐらを掻くそんな生活に!」
「あぁ、満足だぜ? 楽に稼げて好きな時に女を抱けるんだからな」
「お前らもそんな奴についていっていいのかよ!」
その問いに言葉で答えるものはいないが、誰一人として暗い影をおとすような者もいなかった。
つまり、これはギルティだ。
さて、もう主人公の仮面を脱ぎ捨ててもいいだろう。
撲にこんな大層なものは似合わない。
「……そうか、それを聞いて安心したぜ」
撲は主人公なんてガラじゃない。ヒーローなんてガラじゃない。
「あん?」
首を傾げるフロンゾを視る僕の両目にはきっと嫉妬心や猜疑心が浮かんでいることだろう。妬み・嫉みの塊だ。
「いやぁ、拡張したかいがあったってもんだ。大分、ポイント割いたわりには思ったよりもショボかったんで嫌になってたところだったんだよ」
撲に似合う役割は民衆や女の子にもてはやされる主人公に嫉妬するモブ男子。
そういう男子の決め台詞を力いっぱい悪たれる。
「【リア充爆発しろぉおおおおおおおおおお!!!!】」
突如、爆音。破裂音。
オレの言葉と共に盗賊の一味が全員、爆破した。
フロンゾだけではない。
既に息絶えた死体も重傷ならがギリギリ息はあったもの、そしていまだ無傷だったエルフさえも関係なく、アーバンクロー盗賊団の構成員が全員爆発した。
「がぁっ!?」
「ぐぁっ!」
「なっ……!?」
なんとか口を開ける状態の者からはそんな声が漏れた。
一切の初動も口頭による呪文もなく、しかも盗賊だけを確実に爆破したのだから驚くのも無理はないだろう。
撲は爆発によって舞い上がり、降りかかってくる埃を払いながら、死に体のフロンゾに説明してやる。
「これがオレの唯一の純然たる攻撃スキル【リア充爆発しろ】だ」
「リア……じゅう?」
「ちょっと前まではいわゆる『彼氏・彼女持ち』という極狭い括りにしかつかえなかったんだけどな。最近入手したポイントで拡張したら『生活が充実している人間』を対象にすることが出来るようになった」
血を吐きながら地に伏せる盗賊達を睥睨し、僕は続ける。
「さっき言ったよな。お前ら全員、『この生活に満足してる』って」
実際、フロンゾ以外は言葉にはしなかったわけだが、あの無言は肯定ととってもよかっただろう。心苦しいという表情を浮かべたヤツはいなかったし。
しかし、この能力も【※ただしイケメンに限る】と同じくオレの主観によるところが大きい。
なので、見た雰囲気で充実感を醸し出してくれれば良いのだが、そうじゃないとこうして言葉で誘導しなきゃならないので非常に使い勝手が悪い。
が、その威力は折り紙付きだ。
多分、オレのリア充に対する怒りとか妬みとかが原動力になっているんだと思う。そのおかげかこの盗賊達はまだレア焼けだ。多分、ハーレム主人公とかが相手だったらビックバンレベルの爆発が起きてたと思う。それオレも死んじゃうし。
こんな他愛ない充実感に対してもこれだけのダメージを与えられるのだから素敵。けれど、まだ盗賊達は息がある。
「じゃあ、もう一回くらい言っとこうか」
「ま、まて……」
「【リア充爆発しろ】」
フロンゾの言葉を掻き消す爆発音で闘いの決着はついた。
「ふぅ……」
あとは盗賊の装備品や倒した証明になりそうなモノ、悪いとは思うが死んだ傭兵の装備なんかを頂いていくとしようか。
そんなことを考えてると商人のおっさんがやってきた。彼はあちこち煤や埃まみれなものの爆発の対象にはなっていないため目立った外傷はない。
まぁ、盗賊に襲われている最中に満足や充実を感じる人間はいないわけで。その辺りは織り込み済みだった。
「いやぁ、助かったよ。アンタ、強かったんだねぇ」
「まぁ、そこそこは」
謙遜しても何も生まないので、そりあえず適当に相槌をうっておく。そんな態度でも命の恩人相手に憤ることもないだろう。案の定、気にした風でもないが尚も話を振られる。
「けど見たところ、傭兵ってわけでもないんだろ? 何者なんだい?」
なんだよ、この人。撲に興味津々かよ。ソッチのケでもあるのかよ。と思いつつも邪見にするわけもいかず、さぁどうしたものかと考える。
正直に「異世界人です」と答えるわけにもいかない。
……ふむ。
確かによくよく考えれば今のオレを表す適確な言葉というのは存在しないかもしれない。魔法使い、ってわけじゃないし、かといって戦士とかでもない。勿論勇者でもなければ村人ってわけでもない。一般市民ってのが妥当なところだけど、それはここで求められている肩書きではないだろう。
いや、しかしそう悩む必要もないのかもしれない。
ネットスラングを駆使して、異世界ファンタジーに捉われた存在。
「ただのイマドキの学生ですよ」
「イマドキというのは校名か何かかい?」
話が噛みあわないなぁ。
「いや、まぁ只の学生ってことです」
「なるほどねぇ。……そういえばフェアージャ王都には腕利きの魔法使いやらを多く輩出している学院があると聞いたがそこの生徒さんかい?」
なるほど、学校もあるのか……。しかも王都となれば将来的には拠点とする可能性もあるしな。
異世界学園ファンタジーも悪くないかもしれない。
そんなことを考えながら、僕は幌の中へと戻る。幸い馬や馬車に怪我はないようだ。拾うものも拾ったし、しばらくはまた寝て過ごそうか。
まぁ、次の街までまだ時間はたっぷりある。そう結論は急がなくてもいいだろう。
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