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 現実世界における大阪府と三重県の距離は、日帰りが可能な距離である。ハーフガイアプロジェクトが適応されているこの世界においては、更に短い。しかし、自然豊かなこの世界において、不測のできごとはいくらでもあるものである。



「雨、やまないね……」

 ぽつり、と、それこそ雨音にかきけされてしまうのではないかというほどに小さな声で、リリアが呟いた。

 鈍色の空から落ちてくるのは、透明な雨。現実世界よりも澄んでいるように見えるのは、気のせいだろうか。

 月華達は、旅の途中の森で足止めをくらっていた。空模様が怪しくなってきたところで近くの森に降り、テントを張っていたところで振り出したのである。もう少し遅ければ、空中で雨に打たれていたかもしれない。

 雨がやめばすぐに出るつもりであったが、この様子では日があるうちに止むとは思えない。今日は諦めて、ここで野宿した方が賢明かもしれなかった。

「しかし、冷えるな。ザジ、大丈夫か?」

 重苦しい甲冑を脱いだ蒼月が、ザジに話しかける。運悪く雨に降られてしまった少年は、毛布にくるまって震えていた。

 同じく雨に濡れたはずの蒼月とリュートが平気なのは、〈冒険者〉の身体能力ゆえなのだろうか。

 気温も随分下がっているはずなのに、月華は寒いとは思えなかった。せいぜい涼しいという程度である。

「時間は、まだ昼前だよね」

「大体そのはずだけど、それがどうしたんだい」

「いや、せっかく日がある時間がまだまだあるのにもったいないなと思いまして」

 月華のため息まじりの言葉に、リュートも苦笑するしかない。答えようが無いのだ。

 蒼月も似たような表情を浮かべたが、ふと表情を改めた。

「けど、月華の言葉も一理ある。暇な時間を無駄にしないために、何かしようか」

「何かって、何だよ。ゲームも何も無いのに」

 いささかむくれた様子で、ホムラは吐き捨てた。何かに苛立っているのではなく、おそらく眠いのだろう。そのまま自分の寝床に倒れ込みそうな目をしている。

「そうだなあ……改めて、自分のことを話すとか。装備の話でも、ギルドの話でも、何でもいいから」

「改めて話す 、か……」

 リュートは首を傾げて深く考え込んでいるようだった。月華も同じく思考を働かせ、ふと、思ったことを口にした。

「ギルドって言えばさ、『らいと・すたっふ』の人達どうしてるんだろ。私、そういえばまだ、隊長と三佐さん、リーゼちゃんにしか念話してないや」

 ああ、クシ先輩にもしてないなぁ、などと思っていると、蒼月が苦笑するのが見えた。

「ゴザルと俺会議さんにはしたよ。残りのふたりはまだ。でも、全員いるみたいだ」

「色んな意味で廃人だもんな、あの人ら。確実にいると思ったよ」

 ホムラは肩をすくめた。リリアは、何とも言えない顔をしている。

「MAJIDEさんとか、身体大丈夫かな?」

「あの人ネカマだからなあ。ま、あの人のことだから楽しんでるだろ。廚二さんも、変わらずロールプレイだろうし」

「あ、あのぉ」

 恐る恐る、という効果音が付きそうな(てい)で、フィンが手を挙げた。

「フィンちゃん?」

「らいと・すたっふって、どなたですか?」


『……あ』


〈D.D.D〉の四人は顔を見合わせた。そういえば、この場にはギルドメンバーではないものがいたのである。

 蒼月は頭をかいた。

「らいと・すたっふっていうのは、うちのギルドの、ある四人の総称で、……えーと」

「愉快な仲間達」

「あ、あーっと……まあ、そういうこと」

 ホムラの発言を否定しようとしたらしい蒼月だったが、しかし結局肯定した。否定の言葉が見付からなかったようだ。

「腕利きの〈冒険者〉なんだけど、キャラクターが特殊な人達で、その辺りは、さっき言ったあだ名でお察しくださいってことで」

「〈D.D.D〉の上層部プレイヤーはみんなキャラ濃いからね。その中でもトップクラスかな」

「月華、それ自虐?」

「どういう意味だ、ホムラ。ちょっと来い」

 張り付けた笑みで手招きする月華に、ホムラは珍しく身を引いた。

「うーん……ゴザルはきっと語尾がござるだからだろう。廚二は、廚二病からかな……でも、俺会議とMAJIDEって……」

 リュートは頭を抱えていた。確かに、常識外れなあだ名ではあるだろう。

「説明しても、きっとわからない、です……俺会議さん、と、MAJIDEさんは、そんな人……」

 リリアの言葉がとどめになったようだ。リュートはうなだれてしまった。

 フィンとザジに至っては、思考すら難しいようだった。目を白黒させながらぽかんと口を開けるという、なかなかに難易度の高い状態となっている。

「あー、らいと・すたっふさん達のことは、アキバに着いたら紹介するよ。いい人達だからさ。それより、他の話をしよう。みんなのことだ」

 蒼月にうながされ、リュートが、フィンが、ザジが、ぽつりぽつりと話をしていく。そこに月華や蒼月、ホムラ、更にリリアも加わり、話は予想以上に盛り上がりを見せた。

 雨が降りやみ、雨雲の代わりに茜色の空と黄身色の太陽が天を覆うようになっても、話のタネは尽きなかった。


   ―――


 楽しい雑談の翌日、剣戟の音で、ザジは目覚めた。

 雨は夜の内にやんでいる。湿気を含んだ冷えた空気が、鼻腔をくすぐった。

 毛布から這い出て、身体を起こして見れば、寝ているのはザジとフィンだけだった。大人達――ザジにしてみれば、十七のホムラさえ大人だった――は皆いない。すでに起きているようだ。

 ザジは胃の底に氷が沈んだ気がした。そんなはずが無いと解っていても、置いていかれた気がしたのである。

 慌てて靴をはき、テントを飛び出す。大人達五人は――違わず、外にいた。

 ただ、それぞれ自分のことをしていた。

 月華と蒼月は向かい合い、軽い試合をしている。しかし、軽いというのは〈冒険者〉視点のことで、〈大地人〉であるザジから見れば、試合ではなく戦闘である。同じようにホムラとリリアも試合をしているが、兄妹よりも緩やかだった。剣戟の音のもとは、どうやらこれのようだ。

 リュートはというと、近くの木の根元に座り込み、何やらぶつぶつと呟いている。手元にあるのは、紙とペンだろうか。時々ペンを走らせては、空いた手を揺らしている。指先がほんのり光っているので、魔法を発動させているのかもしれない。

「……お。おはよう、ザジ」

 ザジに最初に気が付いたのは、蒼月だった。

 特に珍しいことではない。視界が広いのか、誰かが近付くと真っ先に気が付くのはいつも蒼月だった。

「おはよう、ございます。……あの、何をして……?」

「んー、修行、かな?」

 蒼月は確認を取るように妹を振り返った。月華は肩をすくめる。

「それ以外に説明しようがないでしょ」

「ん、それもそうか」

「ぼ、〈冒険者〉でも修行が必要なの?」

 驚きだった。ザジからすれば、彼らは充分以上に、必要以上に強いのである。今更修行をすることはないのではと思ってしまった。

「必要さ」

 だが、別方向から肯定の声が上がった。立ち上がり、土を払っていたリュートからである。

「ザジ君、〈冒険者〉の強さはね、レベルの高さなんだ。でも、それは身体が頑丈とか魔法の威力が高いとか、そういう個人競技みたいな強さで、戦闘的な強さじゃないんだよ」

「正直、低レベルでも手こずるよなあ。実力差以外の話だけど」

「ちょっと、怖い……よね」

 ホムラとリリアが同調する。蒼月と月華がその横で頷いているのが、ザジには不思議でならなかった。

「……何で?」

 だからこそ、言ってしまった。おそらく、彼らにとって、言ってほしくない一言を。

「怖いなんて、何で思うんですか? だって、〈冒険者〉は不死身なのに」

 場が一瞬で凍り付いた。

 流れていた川が、冬の寒さに固まってしまったような空気に、ザジは己の失言を悟る。しかし何が間違ってしまったのか、理解できなかった。

〈冒険者〉は不死であり、死を恐れない存在。〈大地人〉とは似て非なる、異生物。それが、ザジの――〈大地人〉の認識だったから。

 結局、フィンが起き出し、何も知らないのんきな声で挨拶するまで、ザジと蒼月達の間の雰囲気は氷解することはなかった。

 しかし、その間には、越えられない、崖のような溝ができたのだということを、ザジだけが感じていた。


   ―――


 イセに着くのには、一時間もかからなかった。もしかしたら、三十分もかからなかったかもしれない。

ともあれ、朝早くから、彼らの姿はイセにあった。

 イセの街は、想像以上ににぎやかだった。道行く人々の背格好からして、旅人が多いようである。しかし、〈冒険者〉の姿は見当たらなかった。

「今日一日は情報収集に費やすつもりだったけど……そういえばホムラ」

「んん?」

月華に名指しされ、若干嬉しそうに、それでも不思議そうな顔で、ホムラは首を傾げた。

「何?」

「イセって、イズモに次いで〈神祇官〉専用のクエストが多いとこだったはずだけど」

「よく知ってんな」

「クシ先輩のクエスト達成を、よく手伝ってたからさ。それで、受け忘れてたクエストってある? あるならクエスト機能の確認ついでに、受けてもいいんじゃないかって、私は思うんだが」

 イセは、現実世界では伊勢神宮があった場所である。〈エルダー・テイル〉においても伊勢神宮に相当する建物が存在し、その影響か〈神祇官〉用のクエストが多い。また、〈大地人〉がよく参拝に来ることを、ザジから聞いていた。

 せっかく通ったのだ、クエストの一つでもこなして実力とクエスト機能の確認をするいい機会だと月華は思ったのである。

ホムラはしばらく悩んでいた様子だったが、しばらくして、あ、という、小さな声を上げた。

「あるの?」

「一つだけ。受けようと思ってて、すっかり忘れてたのが。……でも」

ホムラは珍しく、困ったような顔をした。

「それ、レベル70用のクエストなんだよな」

 それは、月華達が戦ってきたレベルをはるかに上回る数値だった。





 今回津軽あまにさんの『D.D.D日誌』のキャラクターをお名前だけお借りしました。

 無断でお借りしたので、怒られないかどきどきしております……

 いつでも修正する覚悟です!(どんな覚悟だ



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