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 間が空いてしまいました……すみません。






 PK襲撃から一夜明け、月華と蒼月は街へと買い物に出ていた。

 他の仲間は、宿屋で待機している。昨夜話していた通り、今日は戦闘訓練は休みだ。

 ふたりが買い出しを買って出たのは、勿論〈キングダム〉などのような面々を警戒してのことだったが、それ以上に、改めてミナミの現状を確かめるためでもあった。

「座り込んでる人はさすがにいないが……けど、空気が重い。自分がよそ者だと思うと、なお悪く感じる」

 月華は心底嫌そうに呟いた。彼女にとって、この街は酷く居心地が悪いのである。

 アキバでもそれは変わらないのかもしれないが、この街は、よそ者に対してとても冷たい。〈D.D.D〉というギルドタグを付けてはいるものの、この街に月華達以外のメンバーはいないのだ。レッドやレモンのような元メンバーはいるものの、すでにふたりはフリーの〈冒険者〉である。数に数えること自体間違いであろう。

「昨日も思ったが、やはり潮時かもしれないな。ここにいること自体、あまりよくない。ホムラやリュートさんなら、まだしも耐えられるかもしれないが……リリアやフィンちゃん、ザジにはまずいかもな」

 蒼月は顔を苦くした。

「とにかく、買い物をすませて早く」

「! 兄さんっ」

 月華は蒼月に緊張を促すように声を張り上げた。

 蒼月が顔を上げるのと同時に、ふたりは複数の男達に囲まれる。種族も装備もばらばらだが、全員〈冒険者〉のようだった。

「〈D.D.D〉の蒼月と月華だな」

 男のひとりが低い声でそう言った。

「俺達と、一緒に来てもらおう」

 それは、有無を言わさぬ言い方だった。


   ―――


「あっはっはっ。そいつはすまなかったな!」

〈ハーティ・ロード〉のギルドマスター、"喧嘩師”アギラは豪快に笑った。

 場所は〈ハーティ・ロード〉のギルドタワー。月華と蒼月は、その中にあるギルドマスターの部屋にいた。

 ふたりを取り囲んだ人間は〈ハーティ・ロード〉のギルドメンバーで、彼らはただ、ふたりをアギラのところまで連れて行きたかっただけらしい。ただ、言い方を失敗したため、ふたりと一悶着あったことは、ここに記しておく。

 ただ言えるのは、衛兵が出てこない程度の乱闘騒ぎがあったことである。

 ともあれ、最終的に任意でふたりはこの場にいる。そして、アギラと対峙しているのも、任意だ。否、この場合、対峙というより対話だろう。

月華と蒼月、アギラは、別に敵対しているわけではないのだから。

「それで」

 蒼月は、アギラを見据えるようにしながら口を開いた。本人にその気は無いのだろうが、自然それは睨むようなものになり、アギラが思わず居住まいを正すほど厳しいものだった。

「一体、何の用ですか? ギルド勧誘ならお断りですよ」

〈キングダム〉の時とは違う、ストレートな断り方だった。否、むしろあの時が変則的だったのである。現実の交渉ごとはいざ知らず、ゲームにおける交渉など、本来はややこしくない方がいいのだ。もっとも、今はここ(・・)こそが現実なのだが。

 蒼月の、いっそ冷たい態度に、アギラは頭をかいた。

「できればそうして欲しかったが、今回は、そっちが本題じゃない」

「本題?」

「ああ。その前にまず訊くが、おまえら、濡羽ってプレイヤーを知っているか?」

 蒼月と月華は顔を見合わせた。

 答えたのは、月華の方である。

「フリーの〈付与術師〉、ですよね。大規模戦闘にも参加する、実力派の」

 不人気職の〈付与術師〉で、大規模戦闘参加経験者の単独プレイヤーとなると、その数は極端なほどに限られる。月華が把握しているのは、濡羽の他に"腹ぐろ眼鏡"ぐらいだった。

 蒼月はそれ以外のプレイヤーも知っているかもしれないが、いかんせん自分の職以外の〈冒険者〉である。そう多くはないだろう。

「独特の雰囲気の〈冒険者〉って聞きましたけど、彼女が何か?」

「知らないのか、まだ……どうも、ミナミで最近暗躍してるらしい」

「暗躍?」

 不穏な言葉に、月華は不安を覚えた。

 暗躍などという言葉は、もといた世界においてはあまりにも縁遠い言葉である。

「あの、アギラさん」

「喧嘩師って呼んでくれ。名前で呼ばれるのは好きじゃねぇ」

 アギラはとたんに気分を害したように渋面になった。自分の名が気に入らないという噂は、本当のようだ。PC作成時に、打ち間違いでもしたのかもしれない。

「じゃ、喧嘩師さん。暗躍って、具体的には何をしてるんですか? この世界で隠れて活動とか、何の意味も無い気がするんですけど」

 現実化した〈エルダー・テイル〉の世界。この世界で何をすればいいかなど、誰ひとりとして解っていないだろう。〈D.D.D〉ほか大規模ギルドはそれでも世界探索に動いているが、大半の〈冒険者〉がただ生きているだけの状態である。中にはやけを起こしてPKをしたり、〈キングダム〉のように現状を歓迎している者までいる始末だ。

 果たして、濡羽はそれらの内どれに当てはまるのだろうか。あるいは、当てはまらないのか。

「そうだな……俺達が調べたところによると、最初は、ただほかのプレイヤーを侍らせてただけみたいなんだよな。初めてこれを聞いた時、とんだ姫プレイヤーだと思ったがーーしかし、最近その動きが活発化してる。その行動が、ちっと度が過ぎつつあるんだよ。今じゃ、取り巻きの数も増えてるし、どんどん勢力を伸ばしていっている――らしい」

「何だかあいまいですね」

「暗躍なんて言葉が使われてる通り、情報があんまし流れてねぇんだよ。どれも噂レベルのもんばっかだ。そもそも、うちはそういった情報収集にはむいてねぇんだ」

それはそうだろうなと月華は思う。聞く限り、彼の性格は”黒剣”に近いところがある。だからこそ、比較的穏やかに会話が進んでいるのだ。

「ま、ともあれ、濡羽ってプレイヤーがこの街で一番の要注意人物ってことだ。噂じゃ、おまえらともめた〈キングダム〉も取り込んだって話だ」

 その一言で、月華と蒼月の表情が凍り付いた。

 普段なら、〈キングダム〉が取り込まれようと聞き流せたはずだった。警戒はしても、あからさまな反応をすることはなかったはずである。

 しかし、穏便にすませはしたものの、ふたりは〈キングダム〉と衝突しているのである。流せるはずがなかった。

 ふたりは再び顔を見合わせる。しかしその表情は、先ほどとは違う、明らかに強張ったものだった。


   ―――


 結局二、三意見を交わしただけで――ギルド勧誘は、きっぱり断っておいた――月華と蒼月はアギラのところを辞した。

 辞した時点で、ふたりの意思ははっきり固まったのである。

「みんなに話がある」

 宿に戻って第一声、蒼月は仲間に注目を促した。

 やや強強張った表情の仲間達に、蒼月は言う。

「明日、ミナミを出る。これ以上留まっていたらまずい」

「……何か理由があるのか?」

 ホムラの質問に、蒼月はアギラから聞いた話を聞かせた。フィンとザジは解っていない様子だったが、それ以外の面々の表情は一様に険しくなる。

「……それってその、一種の独裁ってことになるのかなぁ」

 リリアの言葉に、月華が間違ってないと思うよ、と同意した。

「内容がどうあれ、私達がここにいても益がない。むしろ不利益しかないと言っていい。多分征服スピードはかなり早いだろうから、離れるのもスピード重視だ。かなり負担になると思うけど、ここにいるよりはましだろう」

「準備はできているのかい?」

 心配そうに尋ねるリュートに、月華は頷きを返した。

「兄さんと私で、あらかた買いそろえてきました。問題ありません」

「装備確認とかは」

「今日中にすませてください。悪いけど、新しく装備を買う時間も惜しいんだ。ごめんね、フィンちゃん」

 月華が謝罪すると、フィンはふるふると首を横に振った。気にしていない、と言いたいのだろう。

「とにかく、明日ミナミを出ることは確定だ」

 その後の全員の行動は速かった。装備とアイテムの確認、中間目的地の説明、移動手段――一晩でできることは全てやった。

彼らがミナミを出たのは、翌日、早朝も早朝、日も登りきらぬ刻限だった。


   ―――   


 ――空が近い。

 そんな感想をリュートが抱いたのは、決して何かに感動したからではない。もっと現実的な――というより、まさしく現実でそうであったからである。

 リュートは今、ドラゴンの背に乗って飛んでいた。リュートだけではない。彼の後ろには、ホムラとリリアもいる。近くには、二体の〈鷲獅子〉が飛んでいる。その背にそれぞれまたがっているのは、蒼月とザジ、月華とフィンだ。

 それらの飛行生物は、蒼月と月華が呼んだものだった。それなりに長いプレイ歴を持つリュートも名前を聞いたことがある程度の、貴重なレアアイテムによって呼び出されたのである。

 そしてリュート達が乗っているドラコンだが、これはリュートが呼び出したものではない。そもそもリュートは〈妖術師〉であって、〈召喚術師〉ではない。

 ならば、誰が呼び出したのか。

 なんと、このドラコンもまた、蒼月が召喚したものである。

 勿論蒼月の職業も〈召喚術師〉ではない。言うまでもなく、彼は〈武士〉である。では、なぜ。

 理由は、彼のサブ職にあった。

 蒼月のサブ職は、通称ペット職と呼ばれるものの一つ、〈竜使い〉である。

 ペット職とは、〈召喚術師〉以外の職業のプレイヤーが召喚生物を操ることができるサブ職であり、その中でもドラコン系を召喚可能にすることができるのが〈竜使い〉だ。従えるモンスターがモンスターだけに、なる者は非常に少ないが、その有能さは語るまでもない。

 ちなみにリュート達が乗っているのは〈蒼天竜(スカイドラゴン)〉と呼ばれるドラコンで、その名の通り青い鱗が特徴のドラゴンである。三人が乗っても余裕がある、巨大なドラゴンだった。

 最初はおっかなびっくりだった三人だが、十分もたてばしだいに慣れる。目的地は、まだまだ先なのだから。

 ミナミを出た一行がまず目指したのはイセ――現実世界における三重県だった。

 アキバを目指すにしても、間にあるゾーンは多い。幾ら空路を使うにしても、短縮には限界がある。更には天候によって予定を変更せざるを得ないようになるだろう。ならばまっすぐアキバを目指すより、中間目的地を定めた方がよいと考えたのである。

 勿論、イセへ行くのにも複数のゾーンを経由しなければならない。それでも、空路を使えば一日、無理でも明日には着く距離だった。

 そこからハコネ、ヨコハマ、シブヤを経由してアキバに向かう予定である。

「……しかし、よかったのかい? 君達の、元ギルド仲間だっていう人達は」

 普通に会話するには風の音が大き過ぎる。念話を繋いだリュートは、蒼月に尋ねた。

 元ギルド仲間というのは、勿論レッドとレモンのことである。ふたりは結局、ミナミに残ったのだった。

『昨日、誘いはしたんですけど、結局断られました。やっぱり、多少の抵抗はあるんだと思います』

 念話の向こうで、蒼月は苦笑したようだった。横目で見た青年の顔は、やはり困った顔をしている。

『それより、リュートさんは大丈夫ですか?』

「何がだい?」

『今回の行軍、きつくないですか』

「大丈夫だよ」

 今度はリュートが苦笑する番だった。

「君達とは比べるまでもないかもしれないけど、私もレベル90なんだ。少し信用してくれてもいいんじゃないかなあ」

『……そうですね』

 ふ、と息を吐く音が鼓膜を揺さぶった。

『それより気遣わなきゃいけないのは、ザジとフィン、ですよね』

「ああ……」

 低レベルだからといって侮っているわけではない。それを言ってしまえば、リリアだってレベル上限者ではない。ふたりが危惧しているのは、ザジとフィンの幼さだった。

 どれだけ短縮したとしても、それなりに長旅になることは予想される。急ぎの旅でないにしろ、ある程度まではスピードを必要とする。

 おまけにザジは〈大地人〉なのだ。〈冒険者〉より脆く、死んでも生き返ることのない存在である。何より気遣わなければならない存在だった。

『本当は、もっと念入りに準備したかったんですけどね』

 蒼月の声が陰ったのを受け、リュートははっとなった。

 一行のリーダーを任せられた蒼月の責任は、リュートが思った以上に思いらしかった。

 当たり前と言えば当たり前である。ゲームだった時とは違い、今回の旅は文字通り命がかかっている。

 リーダーを請け負ったのも、ザジを受け入れたのも、彼の意思である。だからこそ、責任は実際以上に重く感じるに違いない。

 リュートは、大人である自分が、急に矮小に思えた。

 他の面々は、リュートにとって親と子ほどの年齢差がある。ゲームのプレイキャラのグラフィックのおかげで若く見えるが、彼の実年齢は四捨五入すれば五十に達してしまう。本来であれば、自分が彼らを守り、導かなければならないのに。

「ままならないなあ」

 小さく呟いた言葉は、念話で繋がった蒼月にはばっちり聞こえていたらしい。何がですか?という不思議そうな声に、しかしリュートは、何も答えることができなかった。




七巻の情報を元に一部改編しました。



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