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一部改変しました。





 フィールドでの用事をすませた月華と蒼月は、ミナミの北西に位置する廃ビルの中にいた。

 とあるふたり組との、待ち合わせ場所である。

「廃ビルで待ち合わせって、ドラマの中だけだと思ってたんだけどな」

 冗談めかして言う月華を、蒼月は物珍しいものを見るかのような目で眺めた。

「そういうこと言うのは、てっきりホムラだと思っていたんだが」

「冗談でも言いたくなる。何せ」

 月華は言葉を途中で切り上げた。

 廃ビルに入り、こちらへと歩いてくる人影を目にしたからである。

 人影は二つ。一つは西部劇に出てくるような装束に二本の杖を腰に帯びた、長身の男性〈盗剣士(スワッシュバックラー)〉。

 もうひとりはローブ姿に眼鏡をかけた、中世の学者然としたスレンダーな美女〈森呪遣い(ドルイド)〉。

 懐かしい二つの姿に、月華は少しだけ気分が軽くなったような気がした。

「お久し振りです。レッドさん、レモンさん」

 柔らかく微笑むと、真っ先に反応したのは男性――レッドだった。

「久し振りだね! 相変わらずの美人っぷり、まぶしいよ、月華ちゃんっ。胸もあいかわらどがぶっ」

 言葉の途中で、レッドの身体が地面に叩きつけられた。無防備な脇腹を、強烈な拳がえぐったためである。

「いきなりセクハラはやめてください。月華ちゃん、引いているじゃないですか。……すみません、兄が変わらず終わってて」

 女性――レモンが頭を下げると、つられるように蒼月が頭を下げた。

「いえ。お元気そうで何よりです」

「それはお互い様です。もっとも、随分有名になったようですが」

 レモンはあるか無いかの微かな微笑を浮かべた。からかいも嘲りも含まない、穏やかな笑みだ。

 レッド・ジンガーとレモン・ジンガー。ミナミを拠点とする、〈D.D.D〉の初期メンバーである。

 ジンガー兄妹といえば有名なプレイヤーで、〈D.D.D〉の〈神託の天塔〉攻略時も活躍した。その時の大規模戦闘は月華と蒼月も参加していたため、よく覚えている。現在は〈D.D.D〉を脱退し、フリーのプレイヤーとなっているが、頼りがいのあるプレイヤーであることに変わりない。

 兄の方は、短いやり取りでも解るほどに色々と残念だが。

「念話で呼び出された時は、何ごとかと思いましたよ。どうかしたんですか?」

 首を傾げるレモンとようやく起き上がったレッドに、ふたりは今までのことを話した。

 直前までミナミにいたためにこの街いるようであること、先ほどフィールドに出て、戦闘の難しさを痛感したこと、その後リュートに会って行動を共にすることなったこと、アキバに行くためにもっと仲間が必要ではないかと判断したこと――〈キングダム〉とのいざこざも含めて、全て包み隠さず語ると、レッドとレモンはそろって難しい顔をした。

「確かに、戦闘は難しいだろうなあ……実際戦うのは、俺達自身なわけだし」

「アキバに行くにも、確かに人数は多い方がいいかもしれませんね。いっそ二から三パーティーで行軍した方が安心できるかもしれません」

「いや、そんなに人数はいりません。むしろそれじゃ、身動きがとれませんよ。〈鷲獅子(グリフォン)〉だって、二匹しか呼べないですし」

「ふたりいるっていう、ギルメンは?」

「笛は持ってません。片方の娘にいたっては、まだレベル五十代ですから。別に飛行手段は〈鷲獅子〉だけじゃないですけど、それだって複数パーティーを率いるのは無理です」

「それもそうか……」

 レッドの眉間にしわが寄った。隣のレモンは、何やら考え込んでいる。が、ふと顔を上げた。

「それで、私達に声をかけたというわけですが……実際問題、ミナミからアキバへの行軍は、可能だとは思いますか?」

 レモンの質問に、月華と蒼月は顔を見合わせる。口を開いたのは、月華だった。

「……可能だと、思います。百パーセントまではいかなくとも、旅自体はそんなに難しいことではないと思います。問題は、精神面です。一定以上のモチベーションを保っていないと、長旅は厳しいと思います。〈グリフォンの笛〉だって、使用に制限が無いわけじゃないし、短縮にも限界がありますから。どちらにせよ、今すぐ旅に出るのは難しいでしょう」

 口にはしなかったが、問題は他にもあった。

 まず最初に上げた戦闘。ある程度回避するにしても、ヤマトを横断する以上は少なくない数の戦闘をこなさなければならない。低レベルモンスター相手ならまだしも、中レベルモンスターでも、苦戦は免れないことが予想される。

 その苦戦は、精神的な苦戦だ。そして精神的苦戦は、長旅に対する志気を下げることになるだろう。最悪、諦めるという選択肢を選ばざるをえないかもしれない。

 だからこそ、最低でも一ヶ月は戦闘訓練を行いたいというのが、月華達の結論だった。戦略や装備の見直しもしたいし、問題は山積みである。

 言わずとも伝わったのだろうか。レッドとレモンは口を閉ざして黙り込んでしまった。

「……別に、無理に付いてきてほしいとは言いませんよ」

 蒼月が穏やかに声をかけると、ふたりは顔を上げた。

「ふたりがギルドを抜けた理由も解っていますし、今のメンバーでも、充分行軍可能です。単純に、戦力的不安なんですから」

 ジンガー兄妹がギルドを抜けた理由。それは、〈D.D.D〉の大規模化が原因だった。

 カリスマ性の高い〈守護騎士(ガーディアン)〉であるクラスティがリーダーを勤める〈D.D.D〉は、その実績や組織力の高性能さ、何より入隊条件無しの開かれた門戸と初心者に対する指導能力から着実に数を増やしていった。現在では、人数だけに限ればヤマトサーバ最大規模のギルドである。〈ホネスティ〉の協力もあったとはいえ、〈神託の天塔〉はそんな〈D.D.D〉だからこそ攻略できたと言っていい。そして〈神託の天塔〉こそ、〈D.D.D〉を大規模ギルドに押し上げたクエストだ。

 だが、巨大化し、自他共に認める大手となったギルドに付いていけなくなったメンバーも、少なからずいたのである。それがジンガー兄妹だった。

 特にレッドは、大手ギルドの運営に携わる気は無かったようだ。レモンの方はギルドの基盤を作った人物であるため手腕と適正は十二分にあったが、何だかんだ言いながら基本的に兄と行動を共にする。そのため、一緒に脱退した。

 もっとも月華の見立てでは、レッドは大規模ギルドの幹部に向いていなかったようにみえる。上に立って導くよりも、最前線で暴れる方がらしいように思えたのだ。だから、〈D.D.D〉を抜けたことは彼にとって正解だったのだろう。

 沈黙は、長かった。昔のことに対する葛藤が、ふたりの中にあるのかもしれない。

 別に、喧嘩別れをしたわけではない。惜しまれての脱退ではあったけれど、仲間の間に亀裂が入ったわけではないのだ。

 けれど、何のためらいも無く戻れる月日でも、ないはずである。だからこそ、活動場所をアキバからミナミへ移したのだろうから。

「……すまん、無理だ」

 絞り出すような答えは、拒否だった。

 月華の心に、気抜けしたような気だるさが去来する。

「そう、ですか……無理言って、すみませんでした」

「いや……しかし、ミナミにいる間は頼ってくれたまえ! 俺は女の子の味方だからなっ」

 暗くなりかけた空気を払拭するように、レッドは声を張り上げる。ついでとばかりに、月華の両手を取った。

「特に、月華ちゃんの頼みとあらば、たとえ火の中水の中! 可愛いは正義! 美人は聖女! きょにぐはぁっ!?」

 再び地面と仲良くなるレッド。レモンの回し蹴りは、衛兵が来ないのが不思議なくらい強烈だった。

「全く……いい加減にしてください、兄さん」

「おまえなあ! それでも妹かっ。血も涙も無い悪魔かっ。月華ちゃんを見習え、この娘は品行方正、才色兼備! まさに理想的な女の子! 蒼月君がうらやましいぐらいだっ」

「あ、今この場で初めてレッドさんに名前呼ばれた」

 間の抜けた蒼月の一言に、月華は思わず吹き出す。似たようなやり取りは、レッドとレモンが〈D.D.D〉にいた頃から幾度と無く繰り返した。

 現実化したゲームの世界。その中で変わらない事実があることに、酷く救われた気がした。


   ―――


〈エルダー・テイル〉の世界に引き込まれてから、一夜が開けた。その間に、月華達は様々な事実を知ることになる。

 食事に味が無かったり――ホムラ曰わく、湿った古いパン――普通に調理しようとすると黒こげかどろどろした謎の物体になったり、素材アイテムには味があったり、一応睡眠が必要であったりなどなど。

 基本は生物として、あるいは人間として必要最低限なことである。これらが必要か否かが解っただけでも、五人にとっては進歩だった。

 そして現在。



「月華、左前方三体!」

「了解!」

 街の外の低レベルフィールドでの戦闘。ホムラの指示を受け、月華が前線へと躍り出た。蒼月が抑えていない三体のモンスターを順々に斬り裂き、再び下がる。

 現在相手にしているのは、狐に似たモンスターが四体、イタチと荊が融合したようなモンスターが五体、食虫植物が巨大化したようなモンスターが一体である。

 月華が食虫植物とイタチ二体を倒し、続いて蒼月がイタチ三体を斬り伏せたことにより、残りは狐四体のみだ。

「リュートさん、残りお願いします!」

「解った! 〈サーペント・ボルト〉!」

 リュートの杖から、青紫の雷が放たれる。刃のごとく鋭い雷電は、モンスターを一匹残らず貫いた。

 九十レベルの〈妖術師(ソーサラー)〉の魔法だ。低レベルモンスターなどひとたまりもない。全て倒れたモンスターを前に、ホムラは杖を構えながら周囲を警戒する。

 戦闘に慣れるまでは、と、ホムラは刀から杖に持ち替えていた。戦闘哨戒を任されたためでもある。〈D.D.D〉では戦域哨戒班に所属するホムラは、刀を振るいながらの指示がいかに難しいかをよく理解していた。

 しばらくそうして、モンスターの姿が無いことを確認すると、ようやく杖を下ろした。

「モンスターの姿無し。戦闘態勢、解いていいよ」

 途端、仲間内に弛緩したような空気が漂う。低レベルモンスターが相手とはいえ、画面を通しての戦闘と現実での戦いは違う。牙や爪が目の前に迫る様は心をかき乱し、その叫びは冷静さを奪う。戦闘哨戒を担当し、ゆえに戦闘には積極的に参加しないホムラも、例外には含まれない。

 今回の戦闘はフィールドに出て七回目だったが、慣れる気配は全く無かった。

「あー……リュートさん、出力下げて。今回は一撃で仕留められる奴らばっかりだったけど、そうじゃない相手じゃ無意味に敵愾心煽るから。結構目立つしね。他のモンスターが寄ってきちまう」

「す、すまん……」

 ホムラが指摘すると、リュートはみるみるしぼみ込んでいく。最年長でありながら、その性格はリリアに次いで弱気であるようだった。

「いいけど、別に。あ、逆にリリアはもうちょっと前出て。補助も大切だけど、攻撃も大切。仮にも武器攻撃職なんだから」

「あう……は、はい」

 そして一番自虐的なリリアは、指摘されて少し涙目になっていた。リリアの精神的虚弱さは知っているが、ここまで来るとちょっと異常だと、ホムラは思う。

 基本的に、ホムラは他人に気を使うということをしない。他人が怒ろうが泣こうが受け流してしまう。他人に興味が無いと言えばそれまでだが、それこそ奇妙だと、ホムラ自身も気付いている。

 今のところ彼の興味が向いている人間は、月華と蒼月のみである。

 そんなふたりは、同時に眉根を寄せて明後日の方向を見た。その様子は、つい昨日目にしている。

「まさかまた、誰かの叫び声が?」

「みたい……今度は、若い男の子と女の子かな」

 月華は蒼月と目線を合わせた。蒼月は、頷くと同時に走り出す。パーティーの中で一番の重装備にも関わらず、それを感じさせない動きだった。

「……また助けに行くのか?」

「ほっとけないでしょーが。行くよ」

 月華が肩をすくめ、兄に続く。その細い背中を見つめ、ホムラは杖を持ち直した。

 耳を済ませば、確かにかん高い悲鳴が聞こえる。ホムラにも聞こえるということは、それほど遠くではないようだ。

 お人よし。それが月華と蒼月の行動に対する、ホムラの感想である。しかしそのお人よしを無駄にしないだけの実力と立ち振る舞いを、ふたりは身に付けているのだ。

 リリアやリュートと並んでふたりを追いかけながら、ホムラは考える。

 月華と蒼月は強い。プレイヤーとしての強さもさることながら、彼ら自身も。それは、精神的な強さだ。

 それに並べるだけの力が、今の自分にあるのだろうか。ホムラは顔を歪めた。

「いた!」

 月華の声に、ホムラは顔を上げる。その時にはすでに、蒼月が戦闘態勢に入っていた。

 視界にまず映ったのは、屈強な身体付きの醜悪な亜人だ。それが、五体。〈人喰い鬼(オーガ)〉だ。

 次に、それらに取り囲まれた、ふたりの男女。どちらもせいぜい小学校高学年か、中学生ほどの少年少女だろう。少年はぼろ布のような服をまとっているが、少女の方は装備から見てどうやら低レベルの〈森呪遣い〉のようだ。

 ふたり共、身を寄せ合って震えていた。無理も無い。醜く攻撃的な化け物に囲まれては、震えるほかないのだ。低レベルプレイヤーなら、なおさらである。

 そんなふたりと〈人喰い鬼〉の間に、蒼月が割って入る。ほぼ同時に、手にした刀が振るわれた。美しい白銀の刀身が〈人喰い鬼〉の首を捉え、頭を斬り飛ばす。残った胴体を乱暴に蹴り飛ばし、目を細める様は、酷薄だ。

 遅れて乱入した月華は、右の刀を一匹の背中に叩き付け、左の刀を別の一匹の喉に突き刺した。冷徹なまでに鋭い攻撃は、あっけなく二匹の〈人喰い鬼〉の命を奪う。

 残ったのは二体。蒼月は刀を構え直し、月華は左の刀を引き抜く。ほとんど同時に、ふたりは二体の胴を斬り裂いていた。

 この間、僅か三秒。圧倒的という言葉が子猫のように思えるほどの、それは蹂躙だった。

「こんなもんかな。ん……っと、大丈夫かい、君?」

 今ので何かを掴んだらしい蒼月は、満足げに一つ頷いた後、少女と少年を振り返った。

 呆けていた少女はそれで覚醒したようで、小さく声を上げて立ち上がる。

〈森呪遣い〉のローブに杖を装備し、薄紅色の髪をショートカットにした人間の少女は、ぺこんと頭を下げた。

「あ、ありがとうございました! も、もう駄目かと……」

 一方少年は、青ざめた顔で未だ座り込んでいた。

 近くで見ると少年の服はますます汚れて見え、武器らしきものも装備していない。一見すると、浮浪児のようだ。

 何気なく少年のタグを見たホムラは、驚愕の声を漏らすことになる。

「嘘だろ……」

「? どうした」

 首を傾げる月華。そんな彼女に目線を合わせ、ホムラは少年を指差した。

「こいつ、〈大地人〉――NPC、みたいなんだけど」

「えっ……」

 月華は弾かれるように少年を見る。ホムラもまた、少年に視線を戻した。

 タグ書かれた情報は、やはり変わらない。


 名前:ザジ 職業:〈開拓民〉 レベル:3


 それは、〈エルダー・テイル〉のNPC、〈大地人〉のタグだった。





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