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妖術師(ソーサラー)〉、リュートは窮地に立っていた。

 レベルはとうに九十に達し、幻想級は無くとも秘宝級を一つ、他は製作級で固めている彼にとって、レベルが最大二十のモンスターなど敵にすらならないはずだった。

 なのに、リュートはモンスターから逃げていた。

 理由は、心因的な恐怖。現実で目の当たりにしたモンスターに、心が耐えられなかったのだ。

 勿論、何の対抗もしなかったわけではない。たびたび広範囲に対する魔法を放っている。しかし、その大規模な魔法は敵の敵愾心(ヘイト)を集め、更にモンスターを引きつける要因となった。

 どうしてだ、とリュートは心の中で叫ぶ。自分はただ、アキバに行きたいだけなのに。

 元の場所に――家に帰りたいだけなのに。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 恥も外聞もかなぐり捨て、もはや叫びながら走るしかない――不幸にも、今の身体は息切れというものを知らないようで、全力疾走で絶叫しても疲れも諦めもしてくれなかった――リュートの前に最初に現れたのは。


 蒼い鎧の青年だった。


   ―――


 その大群を見た時、蒼月は頬が引きつるのを感じた。

 数十はいようかというモンスターの群れを現実に目の当たりにすれば、誰しもそうなるだろう。例え経験値の足しにもならないような低レベルモンスターでも、こちらは戦闘そのものは素人ばかりの名ばかり〈冒険者〉も同然だ。自分だって、本当の意味での戦いは先ほどのものが初めてだった。

 それでも、緊張に身を固めたのは一瞬で、すぐさま急停止したの男を背後にかばった。

 ローブ姿であることから、やはり魔術師なのだろう。レベルも、決して低くはなさそうだ。

「き、君は……」

「下がっててください」

 男の誰何の声を遮り、蒼月は刀を抜いた。

 近付いてくるモンスターの群れ。しかしまだ、蒼月のタウティング技の範囲内ではない。ともすれば、遠隔技で引き付けるしかないだろう。

 ――この人の強力な魔法から意識を逸らせるか解らないが、やってみるか。

 蒼月は刀を上段に構え、振り下ろした。

「〈飯綱斬り〉!」

 赤い衝撃波が刃から放たれ、モンスターへと一直線に向かっていく。そのまま、避けられることなく衝突した。

〈飯綱斬り〉は、〈武士〉の遠隔技の中でそれなりに便利な技である。しかし、魔法職や武器攻撃職のそれに比べ、威力は弱い。

 だが、蒼月の攻撃力は、〈武士〉の中でも抜きん出ている。そもそもレベル差が大きいため、一撃でしとめることができた。

 それだけでは、全てのモンスターの敵愾心を集めることはできない。蒼月は距離が詰まるのを待ち、更に〈武士の挑戦〉を放った。

 これにより、男に向いていた意識は蒼月に変更される。モンスターは集団で蒼月に向かっていった。

「〈禊ぎの障壁〉!」

 同時に現れる、水色の半透明な壁。それにぶつかったモンスターは、何が起こったのか解らないという表情で弾き飛ばされた。

「ホムラ」

「んー、や。必要無いとは思ったんだけどさ。ま、練習練習」

 遅れて現れたホムラは、刀も抜かずに肩をすくめた。続いて男にもダメージ遮断をかけ、一歩後ろに下がる。入れ代わるようにして、月華が突出した。

 短い呼気を上げ、双刀を振るう。型にのっとったそれは、誤り無くモンスターの急所を斬り裂いた。

 それを見て、蒼月は少しだけほっとする。先ほどの月華は、何やら迷いがあったように見えたのだ。しかし、短時間の間に吹っ切れたようだった。

 リリアは、と振り返ると、彼女は何やら考え込んでいる様子だった。細い眉をしかめ、うつむいて何やらぶつぶつ呟いている。

「リリア?」

「複数……大量……補助……速攻……」

 うん、と一つ頷いたリリアは、囁くように微かに口を動かした。耳をすませると、それが歌であることが解る。

 驚きのままそれを見つめていると、急に手にした刀が軽くなった。目を見開きながらも向かってきたモンスターを斬り捨てると、先の戦闘より剣速が上がっているのに気が付く。

〈剣速のエチュード〉、武器攻撃速度を速める永続式援護歌だろう。戦闘を早く終わらせるために放ったに違いない。

 勿論、この補助はわざわざする必要の無い行為だ。相対するモンスターは、リリアから見ても一撃で倒せる連中だ。それでも、この戦闘で何が一番求められているか理解したその行動に、蒼月は頬を緩ませる。

「っと、ぼうっとしてるわけにはいかないな」

 最優先事項である戦闘の早期集結のため、蒼月は月華に負けじと刀を振るった。


   ―――


 一応モンスターからアイテムを剥ぎ取り、一行はようやく男に向き直った。

〈エルダーテイル〉のモデリングの外見年齢は、大体が少年少女から二十歳前後ほどの男女である。中には老人や中年のものもあるらしいが、数は少ないし、選ぶプレイヤーもごく少数だ。そのため、中の人間が幾つであろうと、キャラの外見は非常に若い。

 だが、男の容姿は、青年と言うにはいささか年を取り過ぎているように見えた。

 黒く短い髪に、緑色の瞳、着ているローブは黒く、眼鏡をかけている。手にしているのは、複雑な刻印のなされた短杖(ワンド)だ。

 一見若々しい容貌には、壮年を過ぎた男特有のくたびれたような雰囲気が含まれている。顔立ちは整っていると言えば整っているが、小綺麗と言える程度で、どちらかというと平凡だ。立派な装備は、どうも身に付けていると言うより、身にまとわれてるという印象だった。

 男のタグには、名前と職業、レベル、所属ギルドが書かれている。これは、ゲームの時と変わらない。


 名前:リュート 職業:妖術師 レベル:90 ギルド:〈ファミリア〉


 聞いたことの無い名前とギルドだった。少なからずギルド外のことに精通した月華と蒼月も、耳にしたことが無い。

「おじ……リュートさん。何でまた、外に? しかもひとりで」

 蒼月がいぶかしげな顔で尋ねると、リュートは恥ずかしそうに頭をかいた。

「いや、実は私が主宰のギルドがアキバにあって……トランスポート・ゲートは動かないし、何が起きてるか解らないし、混乱のまま外に出てしまって。そんなところにモンスターに出会ったものだから……」

 見事な悪循環だった。見事過ぎて、言葉も出ない。

 月華は頬をかき、リュートを見つめた。

 身長は、月華とあまり変わらない。ヒールの高いブーツをはいているためでもあるが、何より、月華自身の上背が高いのだ。むしろ、今は月華の方がリュートを見下ろす形になっている。

「リュートさん。ここが本当に〈エルダーテイル〉の世界なのかどうかはまだ確証が持てないところがあるけど、少なくとも現実であることに間違い無いんだ。ゲームみたいに生き返る保障も無いんだしさ。ここがまだ低レベルのフィールドだったからまだよかったけど、高レベルなところだったら死んでいたかもしれない」

「うぅ……面目無い。返す言葉も無いよ」

 リュートはがっくりうなだれた。あまりの落ち込みように、決まりが悪くなった月華はそっぽを向く。

「あの……よかったら、私達と、一緒に行きませんか……?」

 皆が黙り込む中、沈黙を破ったのはリリアだった。

「え……?」

「リリア?」

「あ……だ、だって、同じ目的地を目指すんだったら、一緒に行く方がいい、し……その方がお互い、安全だと、思う、し……ご、ごめんなさい。ひとりだけ低レベルのくせに、生意気言って……リュートさんも私よりずっと強いのに……ごめんなさい、ごめんなさい……!」

「リリア、ちょおっと落ち着こうか」

 月華は勝手にどつぼにはまろうとしたリリアを自らの胸に抱き込んだ。豊満な胸にリリアが顔を突っ込む形になり、リリアはふみゅっ、という呻き声を上げて月華に無理矢理身体を――というより頭を――預けさせられる形になる。

 リリアのマイナス思考が過ぎた場合の、月華なりの応急処置だった。物理的に黙らせ、呼吸を制限することで思考を普段の状態に強引に戻させるのだ。やり過ぎると呼吸困難になるし、何より周りに対する刺激が強過ぎるため、やる場は選んでいる。

 ここにいる異性は兄とホムラだけだし、リュートさんもいい大人っぽいしいいかなあ、というのが、月華の判断結果だ。

 ……ホムラの恨めしげな目は、この際無視を決め込むことにする。

「あー……リリアの意見はもっともですよ」

 蒼月が苦笑しながら口を開いた。

「この先何があるか解らない。もしこの世界が本当に〈エルダーテイル〉の世界だとして、だとしたら〈ノウアスフィアの開墾〉が実施されているはずです。そうなると、見知ったフィールドが、本当に知っているものかどうか懐疑的だ。だったら、危険は減らした方がいい」

「それは、そうだが……しかし、君達はいいのかい?」

「俺達は問題ありません。むしろ大歓迎です。見た通り、俺達のところには遠距離攻撃のできる人間はいませんからね。リュートさんにとってだって、悪い話じゃないでしょう?」

 蒼月は畳みかけるように言葉を重ね、首を傾げた。

 リリアを解放しながら、今度は月華が苦笑する番だった。

 蒼月はこの中では最年長の二十三歳である。だが大人と言うにはまだまだ幼く、駆け引きには不慣れと言っていい。

 しかし天性のものなのか、何らかの理由で身に付いたのか、彼は交渉ごとが非常に得意だった。

 現実でもゲームでも、相手の望むこと、望まないことを正確に見抜き、それをつつき揺さぶるのが天才的にうまかった。こちらの現状をそのまま伝えつつ、不利益な情報は一切掴ませないという点も、〈D.D.D〉でも重宝された能力だ。

 もっとも、現実では別の要素も含まれている。

 兄は、本人にそのけ(・・・)が無いにも関わらず、どうも同性を引き寄せてしまいがちなのだ。そうでなくとも、セクハラじみたことは幾度と無く受けているようである。

 女性的な顔立ちも理由の一つなのだろう。詳しい要因は、月華にも解らない。同性同士の絡みに興奮するような趣味は持ち合わせていないし、何より理解してはならないと、彼女の本能が告げているような気がした。

 本当はそのことを本人に指摘してあげるべきなのだろうが、どうもそれははばかれた。何しろそのことは、兄の中ではトラウマと化しているようなのである。

 ともあれ、ゲームの現実化に伴い、更に美形に磨きがかかった兄に、月華はある意味危機感を覚えたのだが、幸いリュートにもそちらの趣味は無かったようだ。難しい顔をして黙り込んでいる。

 しばらくして、リュートは人好きのする笑みを見せた。

「そうだね。君達の言う通りだ。よかったら、しばらくパーティーを組んでくれないかい?」

「勿論です。よろしくお願いします」

 蒼月はさわやかな笑みを浮かべた。

「改めて……俺は蒼月。種族は狼牙族で、職業は〈武士〉。一応、パーティーのリーダーをしています」

「私は月華。兄さんと同じ狼牙族の〈盗剣士(スワッシュバックラー)〉。ついでにギルドも同じ。まあ、私達みんな同じギルドなんだけれど」

「ホムラ。職業は〈神祇官(カンナギ)〉、種族はハーフアルヴ。ま、回復は任せろよ」

「私は、リリア。職業は〈吟遊詩人(バード)〉で、見ての通り狐尾族です……あの、足引っ張るかもしれませんが、よろしくお願いします……」

「あぁ、えっと……私はリュート。職業は〈妖術師〉で、種族は人間だ。君達みたいに大手の戦闘ギルドではないから、装備も腕も劣るが、役に立つつもりだよ。よろしくね」

 リュートは笑みを深め、右手を差し出した。その手は、代表者の蒼月が握る。

 交わされる握手と増えた仲間に、月華の胸は安堵に包まれた。

 共にアキバを目指す仲間が増えたこと。そのことは、きっといいことなのだろう。

 ――クシ先輩、何て言うかなあ。

 ギルドを抜けてしまった最も尊敬するプレイヤーを思い出し、月華は柔らかく微笑んだ。

 その様子に、ぼうっと見入るホムラに気付かずに。


   ―――


 いったんミナミに戻ることにした五人は、帰還呪文を使った後、寝床をどうしようかと話し合った。

 宿に泊まるだけの所持金は充分あるし、最悪、所有者のいない廃墟で寝てもいい。とにかく寝床を確保することもかねて情報収集しようかと話していたのだが、世の中、思い通りにいかないものである。


「へぇ……本当にミナミにいたんだ」


 男の声が、唐突に月華達の背後から投げかけられた。

 振り返ると、〈冒険者〉の集団が他の〈冒険者〉を押しのけてこちらに向かってくる。誰も彼もどこか異様で、なおかつ皆そろいもそろって珍しい装備を身に付けている。

 特に、先頭の男には見覚えがあった。剛弓を携え、黒衣を身にまとった刺青のある――法儀族の〈暗殺者(アサシン)〉。鼻持ちならない表情と傲慢な色の瞳は、月華の何より嫌いな人種のものだった。

 つまり、高慢でエリート意識の強い、誰からも共感されないようなプライドの塊の人間だ。

「……〈キングダム〉、か」

 おそらくギルドタグを見たのだろう。眉をひそめた蒼月が、冷たい目で彼らを見つめていた。

 月華は無意識に、リリアを隠した。彼らの性質は、遠くアキバにも届いているからだ。だからこそ、無駄と知りつつリリアを彼らの目にさらしたくはなかった。

〈暗殺者〉は蒼月の冷えた目や月華の不愉快そうな態度は意に介さず、悪意とも取れる傲慢さを隠そうともせずに、ふたりに笑いかけた。

「初めまして。″蒼の竜騎士″の蒼月さんに、″黒姫剣士(ブラックプリンセスフェンサー)″の月華さん。僕は〈キングダム〉のギルドマスター、ドメルだ。よろしく」





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