十八
帰還すると、なぜかザジに泣き付かれた。何かあったのか、もしや身分差のせいで〈大地人〉貴族にいじめられたのかといきり立った月華達だったが、そんなことはなかった。
「旅の話してほしいって言われてしたんですけど……あの人達しつこいです! 何で同じこと何回も何回も訊くんですかっ。しかも話せ話せって迫ってくるし……怖いよおぉ!」
『お、おおう……』
戦闘以外で一行の心が一つになった瞬間だった。
貴族は助けられたということで、報酬を渡してきた。金貨八千枚。熟練の〈冒険者〉である月華達にはそれほど大きな金額ではないが、初心者プレイヤーであるフィンやザジにとっては大きな報酬だ。あまり役立ってないと言って渋るふたりに、半ば無理矢理贈呈することになった。クエストとして見るなら、吸血鬼が持っていたマジックアイテムの方がメインの報酬だったのだろう。
そのマジックアイテムだが、無事リュートの手元に渡ることになった。本人は未だに遠慮気味だが、そもそも年上の彼が一回りも下の若者に遠慮すること自体おかしな話である。何でもないという風を全員で装うことになったのは、余談である。
翌日、一行は無事に街を出ることとなった。
〈蒼天竜〉と〈鷲獅子〉を呼び出して、蒼月は深々とため息をつく。
「もうこのまま、一直線でアキバを目指したい気分だな。……そういえば、〈大災害〉からもう十四日目か」
「あぁ、もうそんなになるか……」
月華は〈鷲獅子〉の背中に額を押し付けた。主の様子を察してか、〈鷲獅子〉が気遣わしげに頭を擦り寄せている。
「うーん、確かにもうそろそろ、〈D.D.D〉に会いたいし、スピードアップしようか」
「だったら、ヨコハマ飛ばして一直線でシブヤ目指す? いい加減、記録更新したいし。万が一このまま神殿送りになったら、またミナミに逆戻りだし」
ホムラの提案に、全員が賛成の意を表す。おそらく、飛ばせば今日中にシブヤに着くことができるだろう。
「じゃ、予定変更だ。全員シブヤを目指すぞ。寄り道は無しだ」
蒼月の号令に、全員が勢いよく答えた。
―――
予想していたことだが、シブヤにはそれほど時間をかけずに到着することができた。現実世界でも電車や車で二時間もかからない程度の距離である。更に距離が縮んだ現在、何者も遮断することができない空路で一直線ともなれば、当然といえば当然だった。そもそもヨコハマを間に入れたのは、この世界の都市を幾つか見て回ろうかという意見が出たからに過ぎない。
シブヤの門をくぐった時、フィンとザジ以外の口から安堵の溜息がもれた。
シブヤにつくまでの間、いつ死亡なりなんなりでミナミに逆戻りするはめになるか解らなかったのである。シブヤにたどり着いたことで情報が更新され、少なくともミナミに戻ることはなくなったのだ。安堵せずにはいられなかった。
「さて、と。無事シブヤに着いたわけだが……どうしようか?」
蒼月がそう問いかけたのは、これからの方針を確認するためではない。もっと切迫した、ある意味危機迫った事情のためである。
この街に入った直後から、彼らを取り囲む気配と視線は、決して友好的なものではなかった。むしろ敵意まみれ、へたをすると害意まみれだと言ってもいい。
外から来た彼らを敵と見なしているのか、はたまた別の理由か、それは解らなかったが、ともかく、歓迎されていないことは確かである。一体何がそうさせたのだろうか。
外から来たことに対してか。
〈D.D.D〉のギルドタグをつけているせいか。
どちらにせよ、あまり長居できる状況では無いようだ。
「……かといって、全く情報収集しないのもなあ」
「何か言った?」
月華の呟きに、真っ先に反応したのはホムラだった。いつものことなので、特に驚きもせず、いやな、と返事をする。
「この険悪ムードで会話が成り立つのか、はなはだ疑問だけど、かといって、話を聞きに回らないというのもなと思ったんだ」
「信用できる人、いないのかなあ……ここ。あ……私なんかが意見してごめんなさい……」
「いや、リリアの発言はもっともだよ。でもなあ、もとから人口が少ないシブヤに信用できる人なんて……あ」
月華は間の抜けた声を上げた。虚空を見上げ、じわじわと困惑を消していく。
「いた、ひとり」
「え」
「ちょっと変わり者だけど、信用できる人、いるよ。ひとり」
言うが早いが、月華はフレンドリストを開いた。
―――
活気が無い割に人気の多い酒場。明かりも空気も薄暗い店内に、異質な存在がひとり。
僅かな明かりの中で煌めく銀色の髪、炎と海、対比する色をたたえた蒼紅のオッドアイ、シミ一つとしてない純白の美麗なロングコート、腰にはいた剣は、天使の翼を想起させる細工である。
おおよそこのような場末の酒場にそぐわない美男子は、テーブルの肘を付き、物憂げな様子で椅子に座っていた。
その姿を認めて、月華は微笑を浮かべながら彼に近付いた。
「こんにちは。お久し振りです、ギルファーさん」
そう声をかけられて、男――ギルファーは顔を上げ、笑みを返した。
「ああ、久しぶりだな」
ギルファー。フルネームを、『片翼の天使ギルファー』と言う。名前からも読み取れる通り、彼はいわゆるロールプレイヤーだった。
つまり、プレイヤーとしてPCを操作するのではなく、PCに設定を付与して、そのキャラクターでプレイするプレイヤーだったのである。
だった、という過去形は使うべきではないかもしれない。彼は今なお、『片翼の天使ギルファー』なのだから。
「貴女から連絡が来た時は驚いたものだ、月華殿。蒼月殿も、変わりないようで何より。ミナミからこちらに来たとのことだが、さすが月光の兄妹狼。魂の輝きは変わらず強いらしい」
言葉の端々に散りばめられた言葉の数々。それが、ギルファーのぶれなさを示していた。明らかに現代日本在住の日本人の口調でない辺りが、またらしい。月華は思わず笑みを深くした。
とはいえ、知らない人間であれば面食らったに違いない。ホムラ達を置いてきたのは正解だったと、内心でひとりごちた。
ギルファーと知り合ったのは、ゲームのちょっとしたできごとがきっかけである。
クエストをこなした、その帰り、月華と蒼月はPKに遭遇した。
遭遇したと言っても、月華と蒼月が標的にされたわけではない。〈D.D.D〉というギルドタグは、そういったやからを回避するのに役立つだけのネームバリューを持っているのだ。
PKにあっていたのは、いかにも初心者という風情の六人パーティだった。それを、平均八十ほどの六人パーティが襲っていたのである。
半分にも満たないレベルのプレイヤーを襲っている連中に、月華と蒼月は勿論怒りを覚えた。しかし、ふたりだけで対抗するのにはいささか分か悪い。どうするか考えあぐねいていると、同じく近くを通りかかったらしいギルファーが声をかけてきたのだ。
自分も手を貸すから、連中を追い払おうと。
結果を言えば、PKの撃退は成功した。
もともと相手に回復役がいなかったのも幸いだったし、思ったより下手なプレイヤー達だったので、蒼月の敵愾心操作とスキルによる回避、月華とギルファーの敵を翻弄するプレイにより連携と平常心を乱されればもはやその辺りのエネミーよりたやすく倒せた。たやすく、と言うのは切り崩すことがであり、神殿送りには手間取ったが。
そんな経緯があり、片や大手戦闘ギルド所属、片や有名どころだがフリーの〈冒険者〉は、多少の交流を持つに至ったのである。
「ギルファーさんも変わりないようで何よりです。……シブヤは、そうはいかなかったようですが」
向かいに座りつつ、言いにくそうにこぼされた月華の言葉に、ギルファーは悲しそうな笑みを見せた。
「〈大災害〉から、〈冒険者〉達の魂の輝きは濁りつつある。私も、片翼の身ながら己の役目をまっとうせんとしているが……なかなかうまくいかない。これでは天界に帰るのはいつになるやら」
言葉選びはふざけているのかと思われるかもしれないが、ギルファーの顔は真剣だった。そして本当に真剣なのだ。
それを解っているから、月華も蒼月もいちいち突っ込んだりしない。むしろ、この状況でもロールプレイを行えるだけの精神力に感嘆さえ覚えている。馬鹿にするはずが無かった。大体、それを言うならロールプレイヤーなら〈D.D.D〉にもいる。
「やっぱり、シブヤの空気もまずいですか?」
「念話などで確かめる限り、アキバよりまずいだろうな。主要な施設が無い上に、人も少ない。だからこそ個人の実力や強弱が際立ってしまう。何より、この街には抑止力になるような存在がいない。衛兵の存在のおかげで街中での過ぎた暴力は無いが、外が、な」
「……PK、ですか」
月華は喉元の苦いものを飲み込んだ。
PKなら、ミナミでもあったし、実際遭遇した。アキバにも、念話で聞く限りあるらしい。
しかし、それも大手のギルドが台頭することで激減した。それに至った経緯は誉められたものではないが、少なくとも略奪を行うものはいなくなった。
しかし、その台頭が及ばないシブヤはどうだろうか。話に聞くススキノのようにはなっていないにしろ、治安がいいとは言いがたい。
事実、先ほどから感じているのだ。品定めするような、品評するような、そんな害意に満ちた視線を。
「……ギルファーさんは、ここを出ないんですか?」
月華の問いに、ギルファーは首を傾げた。しかし、すぐに微笑を浮かべ、やや芝居がかった口調で宣言する。
「聞くまでもない。ここには私の救いを必要とする。片翼の天使たる私がここにいる理由は、それだけで充分さ」
それに、と、続けたギルファーに、月華と蒼月はやや身を乗り出す。
ギルファーは色の違う双眸を細めた。
「まだ初期段階だが……ここの治安をよくしようという動きがあってね。私も手を貸しているのだ。リーダーは別にいるのだがね」
「ギルファーさんがリーダーでも大丈夫だと思いますけど」
「それでは色々つまらないさ」
冗談めかした口調に、月華と蒼月は笑ってしまった。
シブヤはもう大丈夫だ。根拠も無く、そう思えた。
―――
シブヤは大丈夫。とはいえ、現段階ではまだまだ治安の悪い街であることに変わりはない。だから月華達は、少しだけ手助けをすることにした。
それほど大がかりなことをするわけではない。彼らがするのは、掃討の手伝いだ。
「可能なら今日帰ってくると聞いていたのですが……どうして、こうなるのでしょうね」
辛辣な言葉を投げかけたのは、アキバにいるはずの高山三佐だった。呼び出されたことが疑問らしい。
しかし、口調に反して、その声は優しかった。咎めているわけではないらしいと感じて、月華は苦笑する。
「すみません、どうも捨て置けなくて。……お人好しが過ぎましたかね」
「いえ。むしろこの世界の現状でお人好しでいられる貴女がたはかなり貴重ですよ。大切にすべきです」
「……誉めてます? けなしてます?」
「誉めてます」
きっぱり言い切られては、月華も二の句が告げない。ため息をついて、蒼月に念話を繋いだ。
「兄さん、そっちはどう?」
『今のところ異変は無し。リュートさんのところも何もないみたいだ』
「そう。……何ごともなければいいが」
『こらこらフラグ立てんな』
蒼月が苦笑した気配を感じた。ごめん、と呟いた月華だったが、続く言葉を飲み込んだ。
「……兄さん、フラグ回収した」
『は? ……おいおい』
「ごめん。一回切る」
宣言通り念話を切り、隣の高山と視線を合わせる。
「カウントお願いします」
「了解です」
月華と高山は、木の上にいた。正確には、大振りな木の枝の上である。
彼らが引き受けたのは、PKの討伐だった。増えてくるPKを抑止するには、巡回と直接の討伐しかない。しかし、ギルファーの言った有志団はまだ編成途中であり、それほど大きな力を持っていないらしい。
そこで、〈D.D.D〉のギルドタグを着けた月華達が一日だけの手助けを申し出たのである。高山を呼んだのは、数合わせのためだ。リリア、フィン、ザジの三人は不参加である。
手を貸すのは今回だけ。しかし、〈D.D.D〉所属の彼らが参加するのは、大きな意味がある。
つまり、自警団のバックには大手の戦闘ギルドがいるぞ、という警告を持っている。勿論本当に提携を組むわけではないし、効果も一時的なものだが、その一時で充分である。
その一時で、自警団を完全な形にすればいい。
すでに人材が集まりつつある。時間をかければ、シブヤを守るぐらいの人員は集まるだろう。それに、〈D.D.D〉が手を貸したと思えば、入りたがる者も出てくるかもしれない。
クラスティの許可は取ってある。後は月華達が結果を残せばよい。
高山のカウントが減っていく。月華はその隣で双刀を抜く。
目標は五人。全員が九十レベル。装備を見るに中堅かその下ほどだろう。追われているのは、レベル三十の〈冒険者〉がひとり。近付くにつれ、その〈冒険者〉が女性であることに気付いた月華は、冷静にいるよう自分に課した。
まずは持つこと。蒼月達が来るまで耐えること。
大丈夫と言い聞かせ、月華は魔法の準備をする。
まずは、動きを止めることだ。
「一、零!」
カウントが消えたと同時に、月華は魔法を解き放った。
お久しぶりです、皆さん。
今回はらっくさんの作品「片翼の天使~シブヤに舞い降りた道化師~」からギルファーさんを出しました。ちなみに無許可です(キッパリ
らっくさん不快に思われたなら言ってください、すぐ取り下げます(震え声
次で多分最終回です。では、次回にまた。




