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十六




 囮を使う。言葉としてはそれだけで済む作戦だが、蒼月達が考えたのは、やや複雑な手順を踏むことになった。

 まず、囮を使うと一口に言っても、標的となっている〈大地人〉の姫を使うわけにはいかない。もしもの時にさらわれる可能性があるからである。父親の貴族やその従者達も同様だ。彼らに至っては、命の危険にもさらされることとなるだろう。

 だから、囮は馬車のみとなる。しかし、空の馬車だと気配などで囮であることがばれるかもしれない。だから、ひとりでも馬車に乗せた方がいいだろう。

「――それで、馬車に乗る役目はフィンちゃんにやってもらいたい」

 蒼月の発言に一番驚いたのは、名指しされたフィン本人だった。

 最初はきょとんと蒼月を見上げるだけだったが、じわじわと理解が及んできたのかふえっ、と奇妙な声を上げる。その後、何で、と呟いた。

「な、何で、フィン、まだまだ弱いのに……」

「そりゃ、勿論まだまだ修行の余地はあるよ。夜までに、色々頭に叩き込んでもらいたいこともある。でも、それは仲間外れにする理由にはならない」

「でも、ザジ君は……」

「ザジは〈大地人〉だから、連れてけないな、確かに」

 でも、と、蒼月はザジの頭の上に、ぽんと手を置いた。

「ザジは今、相当強くなった。修行の成果が出たのか、この年でもうレベル十八だ。貴族達の護衛よか、強い」

 それは蒼月だけでなく、仲間達全員の共通認識だった。

 ザジは、やはり才能があったらしい。蒼月の師事の元、基礎の体力造りと素振りだけで、めきめきレベルを上げていた。レベルだけ見れば、下級騎士並のものとなっている。

 本来であれば、〈大地人〉の子供が到達できるレベルではない。才能の一言で片付けていいのかどうかも、定かではない。

 しかし、この場に置いては関係の無いことだった。

「だから、いや、だからこそ、置いていく。貴族の護衛ってとこかな。勿論街中だから滅多なことはないだろうし、〈大地人〉は身分があるみたいだから、一緒にいることはできないだろうけど」

 蒼月はそう言ったが、それは、言い方を変えれば役立たず宣言にほかならなかった。仲間外れとも取れる発言だったが、しかし、ザジは文句を挟まなかった。

 最初こそ目を丸くしていたが、すぐに真面目な顔になって頷き、フィンに向き直る。

「フィンちゃん、頑張って。僕は街でみんなのこと待ってるから。フィンちゃんは、僕のことは気にしないで」

 そう言われては、フィンは何も言えなくなる。

 フィンは〈冒険者〉と〈大地人〉の垣根を越えて、ザジと対等の友達になると決めたのだ。そんな彼の期待に否と答える術を、彼女は持ち合わせていなかった。


   ―――


 数時間前のことを思い出し、フィンは顔をしかめる。

 今はそんな時ではないというのに、そんなことを思い出した自分が嫌になったのである。

 それより今は、目の前の吸血鬼に集中しなければならない。

 フィンは思い出す。蒼月や月華達から教えられた、吸血鬼の特異体質を。

 その体質とは。

ハートビート(・・・・・・)ヒーリング(・・・・・)!」

 フィンが放ったのは、回復魔法である。しかし、魔法はフィン自身に向けられたものではない。彼女は障壁に守られ、傷は一つも負っていない。

 では、仲間にだろうか。しかし、回復役はレベル上限者のホムラもいる。彼女がわざわざ回復をする必要は無い。

 フィンの魔法が向けられた先、それは――吸血鬼だった。

 仲間のHPを回復させる魔法。それを敵に向けるなど言語道断だった。そもそも、回復魔法は敵に向かって使えるものではない。

 しかしそれも――相手が吸血鬼以外のモンスター、ゲーム時代での話である。

「あ、ぐ、あああああああああああああああああああ!?」

 吸血鬼は顔を両手で多い、絶叫した。すぐ傍にいたフィンが身をすくめ、声の無い悲鳴を上げたぐらいである。

 その指の間から見える吸血鬼の顔は、赤黒くただれていた。白い仮面のように整っていた顔の半分が、硫酸でもかけられたかのように崩れていたのである。

「ほ、本当に回復魔法が攻撃になるですか……」

 フィンは信じられない気持ちで吸血鬼と杖を見比べた。

 吸血鬼、というサブ職業があると聞いたのは、細かい作戦を決めていた時だった。

 モンスター、吸血鬼の特徴を持つその職業は、能力は強力だが制限が多いものであるという。その一つに、回復魔法を受けると逆にHPを削られるというものがあった。

 それは、レベルが低いために決定的な攻撃力を持たないフィンにとって、それこそ攻撃的な対抗手段になる。

 それに、フィンが使ったのは脈動回復魔法である。しばらくは継続的にダメージを受けているはずだった。

 しかしそれは――動きを封じたことにはならない。

「っこの……!」

 吸血鬼は顔を押さえながらも、片手を伸ばした。その手から、一抱えもある火球が打ち出される。

 と、その時、吸血鬼とフィンの目が合わさった。紅く光る切れ長の瞳。ゆらゆら揺れるその美しさにフィンは目を奪われ、そのまま硬直してしまう。

 逃げ場の無い馬車の中で、火球が爆発を起こす。馬車の壁を吹き飛ばし、底を焼き尽くし、繋がれた馬さえ焼き焦がして、炎ほフィンを包み込んだ。

 それでも、最初の内は無事だった。フィンを守るダメージ遮断の障壁は、未だフィンを守っていたからだ。

 しかし、あくまで最初の内である。障壁が耐えられたのは二秒だけ。二秒を越えたとたん、障壁は砕け散り。

 フィンを、炎が包み込んだ。

「フィン!」

 蒼月の叫び声が聞こえた。ホムラが駆け出すのが見えた。

 それらを冷静な部分で確認しつつ、炎に焼かれるフィンのHPは激減していく――


   ―――


 最初に飛び出したのはホムラだった。

 それは当然だったのかもしれない。彼が一番、馬車に近かったのだから。

「おおぉ!」

 雄叫びを上げ、抜かれた刀は、吸血鬼の身体を貫いたように見えた。

 だが、ホムラの手に貫いた手応えは伝わらず、吸血鬼の姿はおぼろげになっていく。

 呆然とするホムラの目の前で、吸血鬼の姿はかき消えてしまった。

「っ、霧になったのか…………フィンっ」

 ホムラは燃え盛る馬車からフィンを引っ張り上げ、馬車から飛び降りた。

 馬車が燃える速度は収まらず、瞬く間にがらがらと崩れ落ちてしまった。燃える木片から逃れつつ、ホムラはフィンを抱えて仲間の元に戻る。

「ホムラ、フィンちゃんの様子は……!」

 真っ先に近付いてきた月華は息を飲んだ。リュートに支えられて戻ってきたリリアは小さな悲鳴を上げる。

 フィンは、防具も本人もほとんど焼け焦げた状態だった。皮が溶け、赤黒く染まった肌。ローブはほとんどその意味をなさなくなっており、焼けた肌に張り付いていしまっている。ショートカットの髪も、黒く縮れていた。

「ホムラ、フィンちゃんはっ」

「まだ息がある。でもやけどのバッドステータスがついてる。このままじゃまずい」

 ホムラの押し殺した声に応えるように、蒼月はふたりを囲むようにして陣形を取るよう指示を出した。吸血鬼がまだ潜んでいるとも限らないからだ。

 仲間に守られるように囲われたホムラは、地面にフィンを下ろして詠唱を始めた。

 彼の言う通り、フィンのHPはまだほんの僅かに残っている。だが火傷のバッドステータスがある以上、その僅かな体力も削られていってるのである。

 ホムラは計算する。フィンを助けるために、己の魔法とそのキャストタイム、そしてフィンのHPを比較する。

 計算はおそらく一秒も使っていないだろう。だがホムラは、その計算はあらゆることを詰め込んだ計算だった。

 まず使うのは体力を少量回復する〈快癒の祈祷〉。状態異常を回復するための魔法を使うには0.2秒足りなかったためである。少量とはいえ、レベルの差も手伝って六割弱回復した。

 次に状態異常回復。火傷のバッドステータスは、これにより消えることになる。

 だが、火傷そのものが消えたわけではないし、体力も依然大幅に減少したままである。それを回復させるために再びの回復魔法。みるみるうちに火傷は消え去り、跡も残すことなく、文字通り跡形もなく消え去った。

 ホムラは長々と細い息を吐いた。これほど身体の力が抜けたのは、この世界に来てから初めてかもしれない。まだしもPKと戦った時の方が余裕があった。

「回復完了。そろそろ目を覚ますはずだ……?」

 ふと、ホムラは眉をひそめた。瞬きを何度か繰り返し、まじまじとフィンを見つめ――驚愕する。

「まだだ……」

「え?」

 ホムラの様子がおかしいことに気付いた仲間は、皆ホムラに注視していた。そこにきてのその一言に、ついていくことができずに困惑する。

 ホムラは言った。

「あの時、フィンが受けたのは攻撃魔法だけじゃない……呪いも受けていた……らしい」

 未だ横たわるフィン。その目は、ぴったり閉じられていた。


   ―――


 吸血鬼は焦っていた。

 使うべきでないところで能力を使ってしまった自分を、誇り高い彼にしては珍しく罵倒し尽くしていた。

 彼が使った能力――あの〈冒険者〉に発揮されてしまった能力は、一種の呪い。相手を深い眠りに落とし、意のままに操るという呪いである。魔法などでは解くことはできず、吸血鬼が死ぬまで効果が発揮されるが、問題点が一つだけある。

 それは、ひとりにしかかけられないという点だった。もし誰かにかけてしまえばほかの人間には使えなくなるし、使うにはその人間を殺さなければならない。まさか〈冒険者〉にもかかるとは思わなかったが――

 もともとは、〈大地人〉の姫に使う予定だった。彼女をそれで手にいれるつもりだった。

 しかし、思わぬ奇襲と自分よりも弱そうな〈冒険者〉の攻撃に、完全に気が動転していたのだろう。とっさに、逃げるために使ってしまった。

 使える様子が無いということは、おそらくあの少女は生き残ってしまったのだろう。これで自分は彼女を殺すまでかの能力を使えなくなってしまった。

 いや、そもそも少女を殺すことは可能なのだろうか。自分をはめるほどである、おそらくは呪いの解き方も勘づいているに違いない。そうなれば、彼らは自分を殺しにくるだろう――吸血鬼はそう考える。

 しかしここに至っても、吸血鬼の頭の中に逃げるという選択肢は現れなかった。むしろ、正反対の考えが浮かんでいた。

 憎悪。敵意も殺意も飛び越えて、浮かんだのはタールのようにどろどろとした黒い感情だった。

 殺す。確実に、殺す。ひとりずつ狩り取っていってやる。

〈冒険者〉に対しての死が決定打にならないことなど頭から追い出されていた。ただ彼は、己のプライドを傷付けた連中が許せなかった。

 だからだろうか。彼は気付かなかった。

 自分が、見られていることに。


   ―――


 比較的冷静に対処した月華達だったが、かと言って、すぐに行動を起こしたわけではなかった。

 呪いを解く特技は一切効かず、同じ効果のポーションにも反応無し。これはもしかして吸血鬼を倒さねば解けないのか、という結論に至るのは、当然である。

 問題は、肝心の吸血鬼がどこにいるかである。姿を見せないことからもうこの場にはいないと判断してもいいだろう。しかし、どこにいるのかが解らない。

 何も思い付かないまま五分、十分と過ぎ――不意に、月華が顔を上げた。

「ねえ、〈式神遣い〉って使えないかな」

「それって……〈神祇官〉の特技だよ、ね……?」

 リリアは思わずといった体でホムラを見た。顔をしかめていたホムラは、名を上げられたことで顔を上げる。

「あ……? 俺の特技がどうしたよ」

「だから、〈式神遣い〉って特技、吸血鬼探しに使えないかなって。あれ、現実化した今なら偵察に使えるかもって話出てたじゃないか」

 まだミナミにいた頃、偵察のしにくさに月華が愚痴をこぼした時に、ホムラ自身が提案したことだった。

 実際使ってみて式神と感覚を共有することができることが解り、使いこなせば多方面に活用可能なのでは、という声が上がっていた――が、しかし。

「多分月華なら解ってると思うけどさあ……あれ、周辺偵察には向いてても、どこにいるか解らないエネミー探すのには向いてないぜ」

 ホムラはむくれた顔で言い放った。彼の言う通りその辺りは理解していた月華は、つい、と肩をすくめる。

「そりゃね。けど、他に効果的なのあるか?フィンがこの状態である以上、無闇にこの場から動けないし、そもそもあの吸血鬼、諦めたか否かはさておき、まだこの周辺にいると思うよ」

 吸血鬼は霧に姿を変えてどこかへと移動したようだが、しかし、それはけっして瞬間移動ではない。それほど遠くへは行ってないはずだというのが、月華の主張だった。

 確かにミニマップが使えない今、他に有効な手立てはない。動けない状況というのが、思いの外枷になっていた。

「ホムラ、頼めるか?」

「まあ、使うこと自体は構わないんだけどさ……」

 蒼月にも促され、ホムラは下唇を突き出して不満そうな顔をした。本当に不満なわけではなく、単に面倒くさく思ったのだろう。

 それでも、指示には従順だった。

 ホムラの足元出前に現れる仄赤い陣。複雑な紋様のそれの前で、ホムラはたん、と一回、地面を蹴る。

「式神召喚」

 ぽつん、と呟いた言葉は、おそらく特技に元から設定されていたワードだろう。若干気恥ずかしげにこぼされた呪文に呼応するように、陣から一匹の犬が現れた。

 否、犬にしては体躯が大きすぎる。大型犬よりもがっしりとした、それでいて無駄の無い流麗な身体付きである。毛皮は緋色で、血よりも炎に近い色に思えた。

 狼である。

「……〈召喚師〉みたいだな」

 月華がぽつりと呟くと、リリアが同意するようにこくこく頷く。それには反応せず、ホムラは式神のうなじをゆるりと撫でた。それが指示だったらしく、式神は森の闇の中へと走り出していた。

「……さて、俺達は待機だ。今のうちに休憩、及び作戦会議をしておこう。ホムラは式神を動かすのに専念してくれ」

 蒼月は仲間達を振り返った。

「あんまり時間が無い。今夜中にかたをつけたいからな。吸血鬼の実力が実力だから、正直攻略は難しいが……」

「……それ、なんだけどさ」

 月華が、そうっと手を上げた。動作自体はおそるおそるといった体だったが、その顔には確信めいたものが浮かんでいる。

「ぶっつけ本番だけどさ、試したいことがあるんだけど」

 無意識にか、月華は双刀の柄頭をしっかりと握った。





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