十三
最後の方で他宅のキャラが出てます。
戻ってきた蒼月は、何やら難しい顔をしていた。
何か嫌なことがあったらしいと気付いた月華は、ひとまず念話を切る。
「お帰り、兄さん。リュートさんも、ザジもフィンもお帰り」
「ただいま。土産あるんだが、いるか?」
蒼月は少しだけ表情を緩めて魔法の鞄から土産とやらを取り出した。
「といっても、大したものじゃないけど」
「……着物?」
月華は手近のそれを持ち上げた。
やはり間違いない。着物である。しかも普段使いの、あまり派手ではない物だ。
「ちょっと外で一悶着あってさ。その時助けた〈大地人〉の人が、お礼にって」
「私達はいいって言ったんだけどねぇ」
リュートは頭をかいた。
「お金も払うって言ったのに、結局押しきられちゃって。それに、フィンちゃんとザジ君の新しい服まで」
「新しい装備ですっ。前のより強いですよ」
「僕も、僕も、革鎧の下にこんな立派な服っ」
ふたりはやや興奮気味に自分達の装備を見せた。
フィンは前のものよりも小綺麗な、エメラルドグリーンのローブ、ザジは質素ながらしっかりとした造りの袴と上衣である。守備力はおそらく大したものではないだろうが、それでも、前のものに比べればいいものであることには違いなかった。
「そっか……でも、着物は何で……?」
「俺達が今着てる服以外に持ってないって言ったらくれた。ほら、けっこう寝苦しい思いしてただろ?本当は洋服の方がいいのかもしれないが、な」
「……ああ、そっか。〈大地人〉が普段着持ってるんだから、普段着売ってて当たり前か」
盲点だった、と月華は苦笑する。
〈エルダー・テイル〉はゲームだったが、この世界は現実なのだ。生活に必要なものが売られていて当然だった。
「……ところで兄さん、何か気になることでもあった?」
月華がいぶかしげな視線を向けると、兄は何とも言えない表情になった後、口を開いた。
「月華、例の濡羽なんだけど」
「ミナミで聞いた?」
「そう。……そいつってさ、種族確か、狐尾族だったよな」
「え?」
月華は首を傾げた。
「確かにそうだけど……〈付与術師〉ってだけでも珍しいのに狐尾族だからますます珍しいんだよな。おまけに大規模戦闘経験者となれば、もう絶滅危惧種並だよ。……でも、それがどうかした?」
「うん……ちょっと気になることを聞いてさ」
蒼月は渋い顔のまま、一悶着を起こしたという貴族の言葉を皆に話した。
いわく、〈冒険者〉の雌狐、と。
リュートも驚いた顔をしているところを見る限り、彼は聞いてなかったらしい。フィンとザジも同様だ。
「……そんなこと言ってたのかい? あの貴族」
「ええ。ただ女性の〈冒険者〉のことを指してるんじゃないかとも思うんですけど、普通の〈冒険者〉が貴族に――それも、おそらくはキョウの貴族だろう人間と、今関わろうとはしないでしょう。ミナミとの距離が離れてますし、そもそも〈大地人〉の権力者と関わる理由がありませんからね」
「じゃあその貴族の発言が特定の人物を指すとして、雌狐という言葉が種族を指すとしたら……そしておそらく普通の〈冒険者〉ではないと仮定して……確かに、濡羽しか想起できないけど。でも、どうして貴族と関わってるんだ? そもそもそいつの言ってたのが本当にその〈付与術師〉じゃない可能性もあるだろ」
ホムラの指摘に、そうなんだよなあ、と蒼月は呻く。渋い表情がますます苦々しいものに変わった。
全員がしかめっ面をして考え込む様は、はたから見れば酷く滑稽である。特にザジなど、皆ほど知恵が回らないせいか頭がぐらぐらしていた。
しばらくだんまりしていた一同だったが、びくりと大げさなほど動いた者がいた。
月華である。
「うわっ。……びっくりしたあ、念話か」
「何だよ、驚かすなよなー」
ホムラの非難の声に苦笑で答えつつ、月華はコマンドを開いた。
どうやらミナミにいるレモン・ジンガーかららしい。珍しいことだった。
何やら、悪い予感がする。
「……レモンさん? どうしたんですか、念話なんて珍しい」
『ええ……そうですね。私も珍しいことをしたと思ってます。でも、伝えておかなければならないことがあって』
レモンの声は、酷く疲れた様子だった。言葉一つ一つがため息のようである。
月華は眉に力が入るのを感じた。
「レモンさん、本当にどうしたんですか? レッドさんは、どうしたんですか?」
『兄さん……ええ、兄の、あの馬鹿兄の件です』
レモンがレッドをけなし、こけ下ろすのはいつものことである。しかし、このように呆れと怒りが混雑したレモンの言い方を、月華は聞いたことがなかった。
「何したんですか、あの人。ミナミの大手ギルドの女性〈冒険者〉に手を出したとか? でも、あの人だったら未遂で終わりますよね……」
『それだったらどんなによかったか……あのですね、心して聞いてください』
「……? はい」
『あの馬鹿兄は……濡羽に付きました』
「…………はい?」
月華は唇から力が抜ける感覚を味わった。つまり、開いた口が塞がらなかった。
レモンの話を理解したから、ではない。月華が彼女の話を理解するには、いささかの間があった。
そして理解できるだけの間を起き、発した月華の一言。
「何してんの、あの人」
『ええ、全く。その一言につきます』
レモンも同意見だったのか、念話の向こうで頷いているようだった。
『〈エルダー・テイル〉が現実化してからこっち、何かやらかすだろうとは予想していましたが、こと欠いて濡羽に着いたんですよ! せっかく月華ちゃん達が危険人物だから気を付けてって言ってくれたのにですっ。兄でなければ見捨てるところですよ!』
「ちょ、レモンさん、落ち着いて。詳しく聞かせてください」
月華が恐る恐るなだめると、レモンは幾分か落ち着いたようだった。とはいえ、怒りはまだ冷めないらしい。
念話から流れる声は、非常にとげとげしかった。
『詳しくも何もないですが……濡羽が有力な〈冒険者〉達を集めつつあるのは、月華ちゃん達もご存知ですよね。そもそも教えてくれたのは月華ちゃん達ですから。それで、私達にも接触してくるだろうことは予想していたので、警戒してたんです。ですが、あの馬鹿兄、濡羽の姿を見たとたん、ついていくと決めてしまって……』
「あー……大体予想付きました。ようは、濡羽がレッドさん好みの胸の大きい美女だったんですね」
悲しいかな、長い付き合いのせいでレッド・ジンガーの悪癖というか性癖というか、とにかく欠点を嫌になるほど理解している月華だった。何しろ、割と昔から彼のセクハラ未遂(大抵はレモンに物理的に阻止されている)の被害を受けていたので。
「大丈夫なんですか、あの人。将来が心配になってきました」
『もう手遅れです。それと、これは私の予想なんですが、これからは、このように気軽に念話できないかもしれません』
「え? どういう、ことですか?」
『特に根拠はないんですけど……強いて言えば勘ですか。嫌な予感というか……』
レモンは言葉を濁した。それがかえって、彼女の言葉に現実味をつけている。
月華の声は、自然と固くなっていた。レモンの言葉の裏にある不穏な空気を感じ取ったからである。
「解りました。レッドさんのことは、レモンさんにおまかせします。私達は急ぎミナミから離れます。まだ、イセなので」
『ある程度実力のある〈冒険者〉なら行ける距離ですね……気を付けてくださいね』
レモンは労りの一言を添えて、念話を切った。月華はため息をついて振り返る。
大半の仲間がわけが解らないという顔をしている中で、蒼月とホムラだけが硬い表情をしていた。蒼月はジンガー兄妹がどういう人物か知っているから、ホムラは普段の言動に反して非常に理解力が高いからこそ、僅かな情報で何が起きたのかを理解したのだろう。
「……さすがに今日、ってのはきついな、時間的に」
蒼月はぼやくように呟いて、前髪をぐしゃり、とかき上げた。
「明日の明朝に出るぞ。一気にハコネに向かう」
―――
ミナミを出た時と同様、〈鷲獅子〉と〈蒼天竜〉の背に乗った一行は、一路ハコネへと向かっていた。
ハコネ――言うまでもなく、現実世界に置ける神奈川県箱根市である。現在は海沿いを飛んでいて、景色は非常によかった。
現実世界に比べ、圧倒的に透明度が増した蒼い海に、鮮やかな蒼天、眼下に広がる緑の大地など、文明化が進んだ世界では見られないだろう風景は、自分達の身の上を忘却させるのに充分だった。
「レッドさんのことがなかったらなあ……全くあの人は、去年のクリスマスの時といい、余計なことしいめ」
「クリスマス?」
「あ、あー……こっちじゃクリスマスは無いんだっけ」
共に〈鷲獅子〉に乗り、今は蒼月の腕の中に抱えられている形のザジの声に、どう答えたものかと蒼月は眉尻を下げた。
同性に若干のトラウマを持つ蒼月にとって、こうして密着できる男は、ザジのように幼いか、ホムラのように気心の知れた友人数名のみである。後は、リュートのように信頼できる大人ぐらいか。
トラウマというのは、本人はあまり肯定したくないが、同性に好かれる、という、嬉しくない自身の性質に関することである。どういうわけか、蒼月は昔から、なぜか恋愛対象として男に惚れられるのだ。
幼稚園から小学校にかけて誘拐されかけた数は十を数え、中学校では同性に告白され――女子も同じぐらいいたのが救いだが――高校、大学では更にセクハラまで加味され、もう呪いか何かかと本気で思ったぐらいである。
「おまえ、もうあれじゃね? そういう運命なんじゃね? 全俺会議満場一致でそれに決定! 宿命の男惚れ体質っ」
俺会議ことセバス・チャンにからかいまじりでそう言われた時、ギルドホールであることも忘れて本気で斬りかかったのは、今でもギルド内では密かに語り種である。まさかセバスの方も冗談ごとではないと思わなかったらしく、すぐさま謝ったのだが。
――そんな運命背負ってたまるか!
改めてそんなことを思った蒼月は、ザジに外套を引っ張られて我に返った。
「蒼月さん、クリスマスって?」
「あ、ああ、ごめん。クリスマスっていうのはさ……」
蒼月が懇切丁寧にザジにクリスマスについての説明している頃、〈鷲獅子〉に乗り、フィンを抱えた月華は、〈蒼天竜〉の背に乗ったホムラと念話を繋いでいた。
「じゃ、具合はいいんだ、例のアクセサリー」
『ん。まあ体感的にはだけどな。大体これの真価は、ダメージ遮断魔法を使ってこそだろ』
ふたりの会話の中心は、昨日のクエストで手に入れた〈ヤタガラス〉の羽根から造られたアイテムのことである。
〈ヤタガラスの護符〉。それが、クエストの報酬なのである。
効果はMPとダメージ遮断魔法の耐久力の増加である。レベル70の導入クエストの報酬であるため、その増加量は微々たるものだが、あるのと無いのとでは当然ある方がいい。
ちなみに見た目は、黒い羽根に金属製の護符を付けた根付けのような形で、ホムラは腰に着けている。
「ごたごたが片付いたら、イズモの本命クエストも受けに行こう。しばらくは、無理だろうけど」
『月華は勿論、蒼月も来るよな?』
「当然。リリアはレベル次第かな。後はどうするか……まあ、その時に決めよう」
月華が気楽に言えば、ホムラも、んー、と返事のようなものを返す。
月華とホムラの関係は、ぱっと見は付き合っているようにも見え、実際それに近い関係ではあるのだが、ゲームの中にとどまっている。
それは、月華がゲームに恋愛を持ち込んでよいものかどうか、決めあぐねていたためである。
例えば、リリアは現実世界でも蒼月と関わり合いがあるが、月華とホムラはリアルで顔を合わせたことがない。現実と混同していいのかと考えてしまい、たたらを踏んでいるのである。
しかし、今はこちらが現実である。ゲームだから、現実でないから、そんな言い訳はそろそろ通用しない。
――ホムラのためにも、決着付けた方がいいかな。
月華は頬をかく。今はそんなことを考えている暇などないと思いつつ、そう考えた。
兄妹の複雑な心境を乗せたまま、空の旅は続いていた。
―――
蒼月、月華達が空路を進んでいる頃――
アキバ、〈D.D.D〉のギルドキャッスル。その一室、基本的に会議使われている部屋では、異様な雰囲気が流れていた。
そこに集まった人々ほとんどの人間は頭痛を覚えたような、諦めをにじませた表情。一部は北極南極のブリザードさえ押しとどめてしまいそうな絶対零度以下の温度をかもし出す表情。
それが、月華からもたらされた情報に対しての、〈D.D.D〉幹部の反応だった。
唯一、どこか楽しそうな表情のギルドマスター、クラスティが一言。
「相変わらずだね、レッド君は」
「ミロード、それで片付けないでください。ただでさえ考えなければならないことが多いというのに、余計な頭痛の種を持ち込んだんですよ、あの人は。幸いなのは、彼が〈D.D.D〉のメンバーだったのは、昔のことであるという点ですか」
数少ない絶対零度以下の温度を放つ高山三佐は、クラスティをこれまた氷、というよりドライアイスの刃の如く声音でたしなめた。普通はそれだけで凍り付くものだが、クラスティは鼻歌を歌いそうな表情を崩さない。
諦めの表情を最もにじませているのは、猫人族の〈武闘家〉、リチョウである。
「もう、怒ればいいのやら呆れればいいのやら……何かしでかすよなあ、レッドの奴」
「レッドさんに関しては、諦めるほかないと思うね。全俺会議臨時決議で、七割がそれに決定」
いつもの勢いが無い、同じく〈武闘家〉、セバス・チャンに、リチョウは何となく尋ねる。
「残りの三割は?」
「巨乳美人のしもべとか、何そのギャルゲー!? レッドさんの裏切り者おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
即座にいつものテンションになったセバスに呼応するように、“らいとすたっふ”の面々が異様な熱気を見せ始めた。
「拙者、レッド殿には仲間意識感じていたでゴザルよ! なのに何でゴザルか今回の変わり身っ。すぐ傍で巨乳を見れるとか羨ましすぎるでゴザル! 拙者も混ざりたい!!」
「裏切りMAJIDE!?」
「天と地を司る神が告げている……かの裏切り者を裁けと……!」
「落ち着けよてめえら! 明らか羨ましがるところじゃねぇだろっ。どう見ても利用されてんだろ!」
「クリスマスといい……これだから殿方は! 不潔ですわ、不純ですわ、破廉恥ですわー!」
「お嬢も落ち着け! テンション奴らに感化されてんじゃねぇかっ」
「うっさいですわよ、ユタのくせに!」
「酷くねぇ!?」
ぎゃあぎゃあと喚き散らすメンバーに、目眩を覚えたリチョウだが、ますます笑顔のギルドマスターと、とうとう青筋を立て始めたその補佐官を見て、開きかけた口を閉ざした。
――でも、蒼月と月華がこの様子を知ったら、頭を抱えるだろうなあ。
まさしくその通りになるのは、その日の夜、日が暮れてからハコネに到着した直後の念話がかかってからのことである。
ある意味、いつも通りの〈D.D.D〉だった。
最後は津軽あまにさんの「D.D.D日誌」のキャラを出させていただきました。
今思うと、これ許可必要だったかな……しかもギャグ書けない人が書いたから、せっかくのキャラが潰れてる感が……;;
津軽あまにさん、気に入らなかったらいつでもおっしゃってください。すぐ消しますので……!
では、また次回……