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十一




 フィンは退屈を味わっていた。

 退屈そのものは嫌いではない。彼女は寝ることが趣味であり、月華達と行動してからも、暇を見付ければ睡眠をむさぼっていた。寝る子は育つというが、あまりにも睡眠量が多いため、一時は両親から心配されていたほどである。

 だから今も、ベッドに寝転がって存分に寝よう、と思っていたのだが。

 ――眠れないです。

 幼い頃読んだ漫画の影響で奇妙な敬語が癖になっているのは自覚している。その癖は、心の内にまで表れている。そんな口調で、フィンは初めての眠れない状況に心の中で戸惑いの声を上げていた。

 ――どうしてなんでしょう。こんなこと、なかったはずです。今まで、一度もです。どうしてです?

 考えて考えて――自覚する。

 フィンは、不安なのだ。

 この部屋は、蒼月達が借りてくれた宿の一室である。独立したゾーンであり、許可されていない者は入ってこれない。事実、この部屋にいるのはフィンとザジだけであり、不審者が襲ってくる心配は無い。不安は、それとは別のものだった。

 例えるならば、迷子になった子供の心境。

 守ってくれるはずの存在がいなくなった時の。

 フィンからすれば、ゲームに似た異世界に来た、という意識は無い。知らない世界に放り込まれた、という心持ちである。

そんな中で目覚めた時、フィン はただ泣くしかできなかった。泣いて一日目を過ごした。周りの大人は、誰も助けてくれなかった。

 二日目、ザジに気付いたのは偶然だった。蒼月や月華達には気になって追いかけたと行ったが、実際は違う。

 フィンは、一緒に逃げてくれる人を探していたのだ。わけの解らない世界から、一緒に逃げ出す人を探していたのだ。

 結局ザジはフィンの求める人間ではなく――それどころか、境遇すら共有できない〈大地人〉で――外で魔物に襲われた。

 その時、助けてくれた蒼月と月華は、フィンかり見ればヒーローだった。逃げ出すことはできなくとも、一緒に行こうと言ってくれるふたりが、すぐに大好きになった。いつも守ってくれるから、安心できた。PKとの戦いで役に立てたのが嬉しかった。

 だけど、だからこそ、今の置いてきぼりの事実は、フィンにとってとてもとても哀しい現状だった。

 軽い失望さえ感じるが――一方で、理解もしている。

「私がいちゃ……クエストができないです」

「……え?何か言った?」

納刀したままの刀で、室内にもかかわらず素振りをしていたザジが首を傾げた。刀は鞘と鍔が紐で固定されているため、すっぽ抜ける心配は無いが、それでも、身体を起こしたフィンは刀が気になった。

「何でも無いです。……ザジ君、室内で棒を振り回すのは危ないですよ」

「ん……そっか、そうだよね。腕立て伏せの方がいいのかなあ」

 刀を見つめて所在なさげな顔をするザジだが、ふと、眉をひそめて顔を上げた。

「……僕、まずいこと言ったかな」

「え?」

「昨日の朝、さ……ほら、野宿した時。〈冒険者〉は死んでも生き返るって言ったら……何か、蒼月さん達、顔強張っちゃったんだ。言っちゃ、いけなかったかな」

「……」

「考えてみたら、そりゃそうだよね。生き返るからって、死んでも平気でいられるわけ、ないもん。〈冒険者〉でも、死ぬ時は痛い、よね」

「……よく、解りません」

 フィンはうつむいた。

「フィンは、初心者だから。死んだことないから、だから、解りません」

「そう、なの? 〈冒険者〉には、初心者とかあるの?」

 フィンは言われてようやく、ザジが〈大地人〉であることを思い出した。

 彼は違うのだ。蒼月や月華達とは勿論、低レベルであるフィンとも。

 事実、レベルだけを見れば最初からフィンの方が勝っていたし、今はその差は歴然だった。フィンが杖を振るうだけで、ザジを殺してしまうかもしれないのである。

 それでも、フィンは大勢の〈冒険者〉の中で、未だ弱い部類にいる。

「います。〈冒険者〉は、最初から蒼月さんや月華さん達みたいに強く無いです。えと……リリアさんぐらいでも、まだ中堅には届かないって、言ってました。ホムラさんやリュートさんぐらいで、ようやく中堅って」

「そうなんだ……〈冒険者〉でも、強さに違いがあるんだ。みんな、僕から見れば強すぎて、違いなんて解らないや」

「解らないですか?」

「解らないよ。辛うじて、どんな職業なのか解るぐらい……でも、最初はホムラさんも蒼月さんと同じ〈武士〉だと思ってた」

「……? 見たら解るですよ?」

「解らないよ。僕達〈大地人〉は見てすぐに、どんな人かは解らないんだ」

 それはつまり、タグが見れないということだろうか。フィンは驚きのあまり二の句が継げなかった。

 〈冒険者〉のフィンにとって当たり前のことが、〈大地人〉のザジにとってはあり得ないこと。初心者のフィンでさえその噛み合わなさを感じるのだ。ベテランのあの兄妹はどう感じるだろう。話を合わせなければ、そもそも会話が成立しないのではないか。

 あんなに一昨日お話したのに、まだ足りなかったです――フィンはそう悟った。

「ザジ君、お話しましょう」

「え?」

「いっぱいいっぱいお話しましょう。そして、もっと解り合うです。そしたら、少なくともこうしてる間は〈冒険者〉と〈大地人〉なんて関係ありません!」

「……! う、うんっ」

 ザジは一瞬あっけに取られた顔をしたが、すぐにぱっと顔を明るくしてフィンの隣に座った。刀は、ベッドの下にそっと置いて。

「蒼月さん達に、謝らなきゃ。きっと、言ってほしくなかったはずだから」

「はいですっ。その時はフィンも一緒なのです!」



 イセの宿の一室で、初心者〈冒険者〉と幼い〈大地人〉は小さく笑い合った。


   ―――


 地面に突き刺さった無数の黒い羽根。それらは光沢を光らせた後、全て霧散する。

 それを見届けた後、蒼月は刀を構え直した。

 今の技は、〈ヤタガラス〉の固有特技、〈黒羽の雨〉。殺傷能力を持った羽根を降らせる強力な技で、範囲は三十メートル、発動条件はダメージ総量が一定溜まった場合。〈ヤタガラス〉に近いほど威力が増し、逆に遠ざかっていれば威力が弱まる。

 蒼月にかかっていたダメージ遮断の障壁は、この攻撃によって砕けてしまった。直前にダメージは幾らか蓄積されていたものの、戦士職である蒼月のHPの一割を補っていた障壁を一撃で砕いた辺り、やはり侮れない技である。

 一方、目の前の〈ヤタガラス〉は、その身を緑色の光で覆っていた。自己回復中なのである。

 〈ヤタガラス〉は自己回復能力がある。回復量はおおよそ二割。覆せない量ではないが、少なくとも戦闘が長引く。戦闘が長引けば、ただでさえ厳しい戦いがじり貧になることだろう。先ほどの技の再使用制限は一分半。そして、回復が不得手な〈神祇官〉ではその回復には手が回らないだろう。加えて、〈ヤタガラス〉は回復中は無敵状態である。

 ――やっぱり、打ち合わせ通り一気に決めるか。

 だが、蒼月達はレベル90の〈冒険者〉である。それに、対策も無く特攻したわけでもない。

「ホムラ、指示頼む!」

「了解! ……月華、〈ヤタガラス〉の動き止めろっ。蒼月はその後の敵愾心操作頼む!」

 回復が終了したと同時に、ホムラが指示を飛ばす。蒼月にダメージ遮断魔法を飛ばすことも忘れない。

 月華は一息で間合いを詰める。〈ヤタガラス〉は、まだ攻撃の予備動作の段階だ。

無防備とも言える〈ヤタガラス〉を、漆黒に輝く二対の刃が切り刻む。

 〈ヴァイパー・ストラッシュ〉と〈ブラッディ・ピアッシング〉。攻撃の命中率と回避率を下げる斬撃が間断無く斬り刻む。しかし、決定打にはなり得ない。

 甲高い鳴き声を上げ、〈ヤタガラス〉は翼をめちゃくちゃに振り回した。それは攻撃とは言えない、ただのもがきでしかなかったのだが、当たれば当然、ダメージがあるのだ。

「あぐっ」

 翼に打ちすえられ、小さな悲鳴を上げた月華は、体勢を崩した。そこに追い討ちをかけようとする<ヤタガラス>の攻撃を、蒼月が受け止める。

「〈武士の挑発〉!」

 攻撃を受け止め切った蒼月は、刀をかかげて敵愾心を自分に集めた。月華から蒼月へと目標を変えた〈ヤタガラス〉は、三つの鉤足を蒼月に降り下ろした。

 その内の二つを蒼月は受け流すが、残りの一つは捌ききれない。その一つをダメージ遮断障壁で受け止め、蒼月はただ〈ヤタガラス〉の気を引くことに腐心した。その影に隠れるようにして、月華が再び同じ技を繰り出す。

 〈ヤタガラス〉の動きは、目に見えて鈍くなった。HPも五割を切った。しかし、ホムラの障壁を破った広範囲特技の再使用制限はあと二十秒。

 その二十秒が、勝負だった。

「リリア!」

 ホムラの指示を受けたリリアの歌声が辺りに響き渡る。それらの全ては、魔法攻撃を補助するためのものだ。

 それらを受け、リュートの魔法が発動した。

「〈オーブ・オブ・ラーヴァ〉!」

 拳大の溶岩の塊がリュートの杖から放たれる。煮えたぎり、すでに煙を上げているマグマの魂は、蒼月と月華の間を縫い、〈ヤタガラス〉の右翼の付け根に叩き込まれた。

 〈ヤタガラス〉のHPは、残り二割。しかし、その二割を、蒼月と月華は削ろうとしない。

 実は、ここにもこのクエストの縛りがあった。〈神祇官〉以外の回復職以外が参加できないという縛り以外のものが。

 それは、とどめをさす者が〈神祇官〉であること。そのため、仲間を指揮する者は〈神祇官〉がとどめをさせるよう、〈ヤタガラス〉のダメージも管理しなければならない。

 ホムラは、それを可能にするため、ダメージ遮断以外の行動をひかえていた。リュートの魔法攻撃も、〈ヤタガラス〉の魔法に対する耐性の高さを考慮しての一撃である。確実にホムラがとどめを刺すために。

 そして、リュートが魔法を準備しているのと平行して、ホムラもまた、魔法の準備をしていた。刀での攻撃はまだ不安があったし、接近までのタイムラグがある。このタイミングを逃せば、戦闘が無駄に延長することになるだろう。

 そうならないために、ホムラが放ったのは。

「……〈剣の神呪〉」

 ぽつんと、ほとんど呟くようにした言葉と共に放たれた魔法は、しかし苛烈としか言いようが無いものだった。

 刀を向けた先である〈ヤタガラス〉。黒い巨鳥に向かって、幾十の刃が降り注いだのだ。

 〈剣の神呪〉。〈神祇官〉の持つ、攻撃魔法の一つである。魔力で作り出した刃よって敵を討つ強力な魔法であり、必殺技とも言える威力を誇っている。

 ただ、そういった特技に総じて言えることだが、この魔法は消費するMPが大きい上に、使用までの詠唱時間が長い。敵愾心も集めるし、再使用制限もため、連発できる魔法特技ではないのだ。

 だが、とどめの一撃としては最高の威力を発揮する。

 結果、全身を刀傷で覆われた〈ヤタガラス〉は、どうっ、と大きな音と振動を上げ、倒れ伏した。

「やった……か?」

「HPが無くなるまで倒れることはないから、多分……」

 皆が固唾を飲んで見守る中、〈ヤタガラス〉の身体は淡い緑色の光に包まれて消えていく。輪郭もぼやけ、完全に姿が消えた時、後には大きな黒い羽根が一枚、残っているだけだった。

「……やった」

 上がったのは歓声ではない。気の抜けた、弛緩しきった声だった。それを合図にするように、前線で戦っていた蒼月、月華、リリアの三人が武器を下ろす。

「つ、疲れた……思ったより迫力があるもんだね」

 月華は、彼女にしては珍しい、情けない声を上げた。

「お、終わっ、終わっ、終わった……」

「リリア、胸貸して上げるからそんなにしゃくりあげなくていいって」

 月華が手招きすると、リリアは月華に抱き付いてひっくひっくと泣き出した。

 リリアはもともと怖がりなのだ。戦闘が終わって、それを思い出したのだろう。一向に泣き止む様子がない。PKを相手にしても果敢だった姿を考えると、忘れかけていた事実であるが。

 それを見てあからさまに顔をしかめていたホムラだが、やがてゆるゆると息を吐いた。

「今回一番駄目だったのは俺だな。ゲームの時は刀振るいながらでも指示できたのに。俺、一応戦域哨戒班なんだけどなあ」

「それ、関係無いし。第一ゲームと現実じゃ全然違うだろう。そっちに関しちゃ、結局慣れるしかねぇだろうし」

 蒼月は苦笑した。

「そうだよ。それを言ったら、私は魔法一つ使っただけだ」

「リュートさんは、俺が最後まで魔法使うなって言ったからじゃん。ヘイトの問題とかさ」

 ホムラは再度ため息をついて、黒羽根に近付いた。黒羽根を回収し、それを加工する〈大地人〉に渡せば、クエストは終了、報酬がもらえる。

 〈ヤタガラス〉に関しては、倒されても不死鳥のようによみがえるという設定であり、社の中で次の挑戦者を待つのだそうである。現実化した今、その設定は実際のものになっているはずだ。

 蒼月は黒羽根をじ、と眺めるホムラを見て、複雑な思いを抱いた。

 確かに、ゲーム時代の彼のプレイスタイルを考えると、今の戦いは彼のやり方からはほど遠い。真逆と言っていいほどに。しかし、現実の戦闘で前線に立ちつつ指示を出すのは、なかなかに至難の技である。今回のように強力な敵であれば、なおさらだ。

 それもこの旅の課題か、と蒼月は結論付け、仲間に呼びかける。

「〈ヤタガラス〉を倒したんなら、さっさと帰ろう! 長居して、また〈ヤタガラス〉に襲われたらたまらない」

 そんなことはない、とは思っている。ゲームであった頃、一度倒したクエストエネミーが再び襲ってくることはなかった。

 しかし、もしかして、と思う気持ちもあるのだ。その時は――

 ――その時は、何だろう。

 蒼月は顔を曇らせる。けれどそれは一瞬のことで、仲間と共に帰り支度を始めることにした。




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