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 前半別の方の作品キャラが出てます。






 イセの宿の一室。借りたその部屋の椅子に腰掛けながら、月華はある人物に念話をかけようとしていた。

 部屋の中には、ほかにリリアしかいない。

 選択する名前は、月華が最も尊敬し、兄と並ぶプレイ歴を持つ数少ない人物である。

 違えずその名前を選び出し、しばらくの間。そして。

『――久しぶりだね、月華ちゃん。念話かけてくれるなんて、〈大災害〉以来じゃないかい?』

 月華にとって聞き慣れた、女性としてはどちらかというと低めの声――その辺りは月華も変わりないが――に、自然と笑みがこぼれた。

「お久しぶりです、クシ先輩」

『うん。本当に久しぶり。って言っても、まだ一ヶ月も経ってないか。山ちゃんからミナミにいるって聞いたけど、大丈夫?』

「はい。もうミナミからは出ていて、今はイセに」

『イセってことは、まだ出発して一日かそこらかな。まだまだアキバは遠いなあ……』

 しみじみとした口調で、女性――櫛八玉はぼやいた。

 月華と櫛八玉の関係を簡潔に述べるのならば、ギルドの元同僚ということになる。月華は先輩と言っているがギルドに入ったのはほぼ同時期で――正確に言うなら櫛八玉が入った直後に月華と蒼月を誘った――プレイ歴が櫛八玉の方が上、という程度に過ぎない。

 月華の先輩という呼称は、単純な尊敬の意からに過ぎなかった。

 月華はしばし懐かしさにひたった後、すぐさま脳内を切り替えた。

「ところで先輩、『ヤタガラスの導き』ってクエスト、覚えてますか?」

『うん?』

 櫛八玉は念話の向こうで面食らったらしい。しばらく返答に困っていた。しかし、それほど経たずに答えが返ってきた。

『覚えてるよ。覚えてるけど……それがどうかしたかな?』

「実は……」

 月華はことのあらましを櫛八玉に話した。全てを聞き終えた櫛八玉の答えは、予想通り難しいのでは、というものだった。

『七十レベルだからね、何せ。ちょっと苦しいんでないかい?』

「やっぱり、クシ先輩でもそう思いますか」

『私でもって部分に色々言いたいことあるけど、それはともかく……無茶しちゃ駄目だよ。いくら導入クエストだからって、敵が手強いことに変わりないんだから』

 もともと『ヤタガラスの導き』は、イズモのクエストである『アマテラスの禊』というクエストを受けるための腕試しクエストである。『アマテラスの禊』が九十レベルのクエストであるからか、七十レベルというレベル以上に手強い。七十レベルでクリアできるというより、七十レベルでどこまでやれるかを試すクエストと言っていいだろう。

 それにこのクエストには、ある縛りがあった。

『〈神祇官〉以外の回復職が参加できない(・・・・)クエスト……いくら低レベルでも、ひとりいないだけでかなりきついよ。ましてや、現実化した戦闘じゃなおさら』

「そうですね。レベルに開きがある以上、リリアのことを気にしてさえいれば、ダメージ面はそれほど苦労することはないと思うんですけど……問題は戦闘そのものですよね。でも」

『やるっていうんでしょ? 大体予想、ついてたよ』

「さすが」

『付き合い長いからねー。確か、〈D.D.D〉ができる前からだから……八年弱ぐらい?』

「私がエルダー・テイルを始めた頃ですから、それくらいですね」

『懐かしいな。当時はご両親とお兄さんとでパーティー組んでたんだっけ』

「私がゲームに慣れた頃に両親はまたやめて、兄と一緒にフリーで遊んで」

『私の古巣で遊んだこともあったね』

「その後しばらくして、先輩と三佐さんに〈D.D.D〉に誘ってもらったんですよね」

『当時は、当たり前だけど、ギルドも零細で……よくもまあ、あそこまで大きくなったよ』

 しみじみとした櫛八玉の声に、月華も吊られて懐かしむ。しばらくふたりで思い出にひたっていたが、はっ、と我に返った。

「話がそれました。あのですね、だから」

『あ、ああ、うん。解ってるよ。クエストの内容を、私の記憶と照らし合わせたいんでしょ?』

 切り替えれば、月華も櫛八玉も話が早い。あっという間に照らし合わせを終え――おそらく十分もかかっていまい――ほ、と、月華は息をついた。

「……ありがとうございます、先輩。おかげで助かりました」

『気にしない。私が抜けて、補佐やってくれてた月華ちゃんには負担が増えるだろうからね。これぐらいはやらねばだよ』

「ですか。じゃ、アキバに帰ったら、また一緒に遊んでくれますか?」

『当たり前だろう。私、諸事情でテンプルサイドにいるんだけど、いつでも来なよ』

「そうなんですか? 解りました。絶対に行きます」

 その言葉を最後に、念話は切れた。月華が切ったのである。

「話、終わった……?」

 おずおずと、リリアが尋ねた。彼女は彼女で別の人物に念話をかけていたのだが、とっくに終わっていたらしい。

 当然だろう。彼女も、念話の相手も無駄な話をする人物ではない。

「ああ、じゃ、行こうか」

「うん」

 ふたりは立ち上がり、荷物を整えた。

「街外れだっけ。みんながいるの」

「うん……多分、みんなもう待ちくたびれてるよ」

「どうかな。別に個人訓練というわけじゃないし」

 ふたりが向かっているのは、イセからほど近いフィールドだった。クエストクリアのために、ほかの仲間が訓練を行っている場所である。

 今までさんざん訓練はしてきたが、現実化した戦闘は、やはり様々な動きを制限する。それは、プレイスタイルにも影響を及ぼした。

 つまり、ゲームだった時のプレイスタイルができなくなったのである。完全にではないが、少なくともぎこちないものにはなっていた。現実で同じことをするには、更に訓練と経験を積まねばなるまい。

 ようは、今回のクエスト挑戦は勘を取り戻すためのものでもあった。

 プレイスタイルを完全なものとすることの必要性を感じたのは、やはりPKに遭遇してからであろう。あの時、後衛のリュートや補助職のリリアはともかく、前衛で戦う月華、蒼月、ホムラは今までのスタイルがうまく生かせていないと感じたのである。

「やっぱ戦闘ギルドにいる以上、まともな戦いができないのは忍びない、というか心もとないからな」

 蒼月の言は、そういうことだった。

 やはり、心情的な問題もあるのだろう。月華はそう思う。

 とれほど大丈夫だと言い聞かせても、内心はそううまくいかない。戦闘そのものに対する恐怖心と、自分の戦い方に対する猜疑心が捨てきれないのだ。

 それは決して悪いことではないし、恥じることではないのだろう。

 たけど。

「私……弱いよなあ」

「……? そんなことないよ……月華は強いよ」

 月華の呟きを拾ったリリアが、不思議そうに首を傾げた。それに、月華は苦笑で答える。

「強くないよ。私はただ、強気なだけさ」

「私、には、同じに見えるよ……だってどっちも、強くなろうって、努力、するでしょ……?」

 リリアのおだても飾り気もない言葉に、月華はあっけにとられた。しかし、すぐさま大笑する。

「あはははっ」

「え、えっ……! わ、私、変なこと、言った、かな……? ご、ごめんなさい……ごめんなさい……!」

「あー、いや。むしろ、逆かな」

「逆……?」

「うん。……ありがと、元気出た」

 礼を言われて混乱するリリア。その様子を眺めながら、月華は終止笑顔だった。


   ―――


 イセの街から西に位置する社。『ヤタガラスの(もり)』と呼ばれるその場所は、通常モンスターの出ない、少し大きい神社を模したゾーンである。

 普段なら。

 今は、社に反して奇妙なほど大きい鳥居の上に、大きな烏型モンスターが存在していた。

 人間より一回り大きな身体、漆黒の羽、二つの目は紅色で、鳥居を掴んでいる足は三つある。

 クエストのボス、〈ヤタガラス〉だった。

「……大きいねぇ」

 若干力無い声が、リュートの口から漏れた。確かに、と月華はこっそり同意する。パソコンの画面越しではそう感じなかったが、現実で見た〈ヤタガラス〉は、大きさだけで威圧を感じるほどだった。リリアなど、可哀想なほど震えている。

「リリア、大丈夫。この間の〈冒険者〉に比べれば楽なもんさ」

「解ってますけど……解ってますけどぉ……」

 蒼月が慰めるものの、リリアは涙目で槍を握り締めた。

「……怖いなら、後衛に回るか?」

 月華が尋ねると、リリアは一度びくりと身体を震わせた後、ふるふると首を振った。

「大丈夫……できる……頑張り、ます」

「そっか」

 蒼月がぽんぽんと頭を撫でた。リリアの耳がぴくぴく動き、ぶわりと尾が膨らむ。顔は真っ赤である。

 解りやすい反応だった。

「リリア、やる気を出すのはいいが、出し過ぎて目を回すなよ?」

「……」

「……」

 月華はホムラと顔を見合せ、肩をすくめる。あれで気付かない蒼月は、ある意味天然記念物なのだろう。

「よし。〈ヤタガラス〉が高く鳴いたら戦闘開始だから……ホムラ、俺にダメージ遮断。リリアは〈剣速のエチュード〉と、〈舞い踊るパヴァーヌ〉を頼む」

 蒼月の指示に、ホムラが頷く。遅れて、リリアがこくこくと首を振った。

 全員が慎重に進む中、〈ヤタガラス〉は傲然とした様子で月華達を待ち構えていた。

〈ヤタガラス〉との戦闘は十メートルまで接近してから始まる。距離はまだ二十メートルほど。あと十メートルだ。

 月華と蒼月は刀を抜く。視界の隅では、ホムラも刀に手をかけたところだった。

 十五メートル、十四メートル――無言で、月華は距離を測り始める。作戦を頭の中で思い返しつつ、両手の双刀はだらりと下げられたままだ。

〈ヤタガラス〉のレベルは、相対するパーティーのメンバーのレベルによって変動する。その変動値は、パーティーにいるレベル90の人数分×1。元のレベルは70だから、今の〈ヤタガラス〉はレベル74と考えるべきだろう。

 たかが4。しかし、現実化した今では、その数は重く見るべきだ。おまけに、〈ヤタガラス〉のレベルは目に見える分には74でも、実質の実力は80に及ぶだろう。体感では、もっとかもしれない。

 だが。

 ――負ける気は、しないな。

 月華は自然と唇を緩ませていた。

「……十メートル!」

 月華が叫ぶと同時に、〈ヤタガラス〉が甲高い声を上げた。大きな翼を広げ、鳥居から離れる。それと同時に、蒼月が走り出した。

 走り出したと同時に、振り下ろした蒼月の刀の一振りから、赤い衝撃波が放たれる。蒼月の〈飯綱斬り〉は、〈ヤタガラス〉の右翼に直撃した。

〈ヤタガラス〉は揺るがない。しかし、蒼月に狙いを定めたようだ。再び甲高い声を上げて蒼月の頭上に急降下してきた。

 自らを狙った鉤爪に、蒼月はぎりぎりまで動かなかった。ほとんど目前まで迫って、ようやく刀を持ち上げる。

 右の刀と鉤爪がぶつかり合う。金属がこすれ合う音を上げ、蒼月の目の前で火花が散る。

 しかし、それらは全て一瞬のことだった。刀を僅かに動かして、蒼月は〈ヤタガラス〉の攻撃を逸らしてしまった。

 バランスを崩した〈ヤタガラス〉は、空中で両翼をばたつかせる。しかし、かの鳥が体勢を整える前に、脇から月華の攻撃が襲った。

「〈アーリースラスト〉!」

 左の刀からの、袈裟懸けによる斬撃。ただし、入りは浅かった。未だせわしなく動く漆黒の翼に邪魔されたせいである。月華の攻撃は、脇腹にかすり傷のようなものを残しただけで終わった。低レベルのモンスターならばそれだけで消滅するだろうが、〈ヤタガラス〉の失ったHPはせいぜい一割程度に違いない。

 だが、月華は攻撃は無駄ではなかった。

 月華の攻撃がヒットしたと同時に、〈ヤタガラス〉の喉に赤い的のようなものが浮かび上がる。それを確認した月華は、跳躍した。

 目の前に現れる大烏の顔。その顔に背筋がぞわりと粟立つ。しかし月華はそれを飲み込んで、更に攻撃をしかけた。

「〈ラウンドウィンドミル〉!」

 空中で一回転。それと共に横凪ぎにされた刀が、赤い的と一緒に〈ヤタガラス〉の喉を斬り裂く。〈ヤタガラス〉の潰れた声が、月華の鼓膜を貫いた。

 月華にそれを防ぐことはできない。技の使用後の硬直で、身体が動かないのだ。

 しかし、それでも慌てることはない。先ほどの技により、〈ヤタガラス〉もまた硬直している。

 それに、その隙を埋めてくれる仲間がいるのだ。不必要に取り乱すことはなかった。

 視界の横で、リリアが駆けるのが見えた。彼女は自身にさまざまな強化技をかけながら、強張った顔で〈ヤタガラス〉との距離を詰めていく。

「〈レゾナンスビート〉!」

 叩き付けた槍を中心に、波紋のような振動が〈ヤタガラス〉を包んだ。音の波紋は硬直したままの大烏を揺らめかす。

「蒼月さん!」

「おう!」

 リリアの声に答え、蒼月は打刀を振るう。白刃が〈ヤタガラス〉の腹を斬り裂いた。

 振動が一瞬爆発的に大きくなり、黒い巨体が揺さぶられた。

「六割切ったぞ、後退しろ!」

 ホムラの勧告に、月華とリリアは後衛まで下がった。蒼月は距離を取りつつも前衛にとどまる。

〈ヤタガラス〉は身体中を傷たらけにしながらも翼を広げた。

 それからきっちり一秒後。

 大量の黒羽がパーティーの頭上に降り注いだ。





 今回ヤマネさんの『辺境の街にて』の主人公、櫛八玉さんをお借りしました。

 ヤマネさんの小説で名前だけでも月華と蒼月を出させていただいたお礼……になるといいなあ(希望かい

 アニメ『ログ・ホライズン』アニメ放送おめでとうございます! 一週間遅れですがこの場を借りてお祝い申し上げます!

 では。



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