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希は弁護士だが、その前に高校生であることを忘れてはならない。
希は17歳、典型的な(?)高校2年生なのだ。
弁護士の仕事があるので定時制高校だが、週3のペースで学校に通っている。
ちなみにメガネには度が入っていないので、学校では取っている。メガネは、依頼人に高校生だと思われてナメられないための変装だ。
――――――
希は、机で爆睡していた。
「おい守屋、聞いてるか?」
今は無論、数学の授業中だ。
「守屋、眠気覚ましに1番を解いてみろ。」
希は半開きの目で立ち上がり、黒板を見つめた。
「x=3…」
「正解だ。暗算か?」
「………zzz」
答えて席に座ってから寝るまでの時間、実に2秒。数学教師は呆れて、次の問題へ移った。
――――――
午後7時。
部活生ならともかく、帰宅部の希はすでに帰る時間だ。
希は、夜道を浅倉 優と歩きながら、とりとめもない話をしていた。
「なんか今日は遅くなっちゃったね~。」
優は多少天然が入った、本当に典型的な高校生である。
「ねぇ、遅くなったのは優のせいじゃない?数学教えてくれって言ったのはそっちでしょ?」
「いいじゃん、希は数学寝てても分かるんだし。」
「ああそうですか。授業中に寝てて授業を理解するのは結構大変なんだけど。」
閑話休題。
「で、いつになく遅くなってしまいましたけれども。」
肩をすくめ、希は言った。
「門限とかないの?心配されてない?」
ちなみに希に門限はない。作る人もいない。
「ああ、ダイジョーブダイジョーブ。お母さんの帰り、いつも遅いし。」
「いつも遅い?」
「そうそう、特に遅いときは日をまたいだりとか。」
「へぇ…」
希は腕を組んだ。
「理由は?」
「えーとね、なんか残業がどうとか。」
(残業…?)
「お父さんがいないから、夕飯は買って帰るし、そのお金も毎日くれるから全く困ってなんかないんだけどね~。」
「それで毎日コンビニに?」
「うんうん。」
希の、弁護士の血が騒いだ。
「残業代とかは?」
「知らないけど~、サービスとか言ってたような…」
(サービス残業…?)
「勤めている会社の名前は?」
「えーと、沖田商事。」
(沖田…だと…?!)
希は決意した。
「あー、ごめん。用事思い出した。じゃあね!」
「え?一緒に行くんじゃなかったの?」
何も言わず、希は走り出した。
――――――
沖田商事。
この会社、以前希が担当した事件の依頼人だった。
希は[労働基準法違反]のこの会社を弁護したのだ。
まあ結論を先に言ってしまうと、希は盛大に負けた。それはもう。
希としてはこの事件を受けたのは不覚だと思っているのだが。
その会社がまた労働基準法を犯したとなれば、黙ってはいられないのだ。
――――――
「すいません沖田商事の事件のファイル見せてください!」
勢いよくドアを開け、響法律事務所の中へ入る希。
中には響はいなかったが、弁護士仲間はいた。
「あれ?今日はこっちの仕事の日じゃなかったんじゃない?」
小粥は自分のデスクから声をかけた。
「それにいつものスーツじゃないし…」
「小粥さん、ファイルはどこに?」
「えーと、2年前だね、ここの棚。」
小粥の言葉はスルーされてしまったが、これも希のやり口なのだ。
小粥はため息をついて、自分の仕事に戻った。
――――――
(おかしい…あの時、家宅捜索も入ったはず…!)
自分のデスクでファイルをめくる希。
そう、おかしいのだ。あの時警察が介入したことにより業務は改善されたはずだ。
それなのにサービス残業が続いているということは、懲りる気が全くないということになる。
(変だ…!あれだけの指導を受けたのに…)
これは司に掛け合ってみるしかないと、希は決意した。