第一話 攫われた花嫁
「アカネ……、アカネ……?」
派手ではないが、荒らされた様子のある新居に、レオンは呆然としつつ、視線を走らせる。
「アカネ……、何処だ、アカネ!?」
持っていた剣を落とし、家中を探し回る。
寝室、リビング、浴室、納屋、キッチン、トイレ。
あちこち探し回り、名を叫ぶ。
「アカネ! アカネ!?」
悲鳴に近いような声に、近所の者が集まり始めた。
「レオン、どうした?」
「アカネに何かあったのか?」
開け放たれたままの扉から、村人達が家の中を心配そうに覗き込み、レオンに尋ねた。
レオンは泣きそうな顔で、絶叫した。
「アカネが居ない!!」
* *
それからは、村は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
村人達総出でアカネを探すも見つからず、遂に空が白み始めた。
このレオンとアカネのカップルは村でも有名なバカップルで、まず、アカネが自ら失踪するような事はない。そして、何よりも荒らされた跡のあった家。明らかに、第三者が家を荒らし、アカネを連れ去ったに違いなかった。
村人達の胸に暗い予感が過ぎる中、王都へと向かう道に、多数の馬の蹄の跡が在るのが発見された。
「アカネ……」
呆然とするレオンに、渇をいれたのは、レオンの母、アイリーンだった。
「しっかりおし、この馬鹿息子!!」
――ゴンッ!!
「いっ!?」
振り下ろされた母の鉄拳に、レオンは頭を抱えて蹲る。
「何、こんな所でちんたらしてんだい! さっさとアカネを助けに行っておいで!!」
母の一喝に、レオンはのろのろと顔を上げる。
「けど、何処へ行ったのか……」
息子の弱音に、アイリーンは眉根を寄せる。
「アンタ、ええと、確か『ケッコンユビワ』に迷子防止のために追跡魔法をかけたんだろう?」
あっ、と光明を見出したように、表情に少し明るさを取り戻した息子にアイリーンは苦笑する。
「アカネの事だ。攫われたって、上手くやるだろうさ。アンタの仕事はさっさとアカネを助ける事だ。さあ、分かったら早く迎えに行っておいで!」
「わかった!」
急いで荷造りするために家へと飛んで帰る息子に、アイリーンは息を吐き、地平線の向こうから顔を出した太陽に向かい、胸の前で指を組み、祈った。
「太陽神ファーラよ。どうか、アカネを守り、無事にお返しください……」
祈るアイリーンを目にした村人達は、次々に指を組み、祈った。
――どうか、アカネが無事でありますように……。
* *
目を覚ましたアカネが見たものは、知らない天井だった。
まるで霞がかかったようにぼんやりとした頭を振り、アカネは眠気を振り払う。
そして、身を起こし、改めて周囲を見遣ると、其処にあったのは、シミ一つ無い白い壁に、ロココ調の高そうな家具。活けられた薔薇は美しく、豪奢。
明らかに、自分達夫婦の愛の巣ではなかった。
「ここ、何処……?」
呆然とするアカネは、何故こんな事になっているのか、どうして自分が此処に居るのか思い出そうと記憶を掘り返す。
そう、確か、あの初夜。
レオンが魔物退治に借り出され、めくるめく愛の夜をもんもんと妄想していたら、何か……、そう、何か良い匂いがしてきて、急に眠気が襲ってきたのだ。
そして、目を覚ましてみれば、木で作られた簡素なベッドではなく、天蓋付きの大きく豪華なベッドで寝ていた、と……。
「……何で?」
アカネのその疑問の答えを持つ者が現れるのは、それから五分後の事だった。