冬に実る
吐く息が白く染まるたび、もうすぐクリスマスなんだと実感する。
高校二年生の冬。
白星学園へ続く坂道には、街路樹を彩るイルミネーションが灯り始めていた。
「ことね~!おいてくよ~!」
遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。
考え事をしている間に、いつの間にか友達に置いて行かれていたようだ。
私は、立花琴音。
今年で十七歳になった。
そして、入学式の日からずっと、一人の男の子に恋をしている。
──早川佑真。
入学式に出会ってから二年連続で同じクラスになった彼は、誰にでも分け隔てなく接する優しい人だった。
笑顔が自然で、困っている人を見ると放っておけなくて、私にもいつも気さくに話しかけてくれる。
その優しさを向けられるたびに、私は何度も勘違いしそうになった。
でも、その優しさは私だけのものじゃない──。
だから、この恋は二年間、ずっと胸の奥にしまってきた。
「ねぇ琴音。今年も一人でクリスマス?」
昼休み。
親友が頬杖をつきながら聞いてくる。
「……そう、なるかな」
「また逃げる気?」
痛いところを突いてくる。
「だって……」
好きだからこそ、怖い。
──もし振られたら。
──今みたいに笑い合えなくなったら。
そんな未来ばかり考えてしまう。
「でもさ──」
親友はにやりと笑った。
「クリスマスって、一年で一番告白しやすい日と思わない?」
「え?」
「イルミネーションにプレゼント。そしてロマンチックな雰囲気。これ以上ないタイミングでしょ」
確かにそうだ。
もし告白するなら、この日しかない気がしてきた。
もしかしたら私って単純なのかな。
「とりあえず、ダメもとで佑真君を誘ってみたら?」
「そ、そんないきなりで──。断られたらどうしよう......」
「ダメなときは私が面倒見てあげるから!」
その一言に背中を押され、私の心は決まった。
──放課後。
帰ろうとしていた佑真を見つけ、慌てて駆け寄る。
「佑真!」
「お、琴音。どうした?」
いつもの笑顔。
その笑顔を見るだけで自然と鼓動が速くなる。
「えっと……突然なんだけどクリスマスって......予定ある?」
恐る恐るクリスマスの予定を聞いてみる。
「二十五日?」
「う、うん!」
「──特にないけど」
よし!まずは第一段階完了。
予定が空いてるならチャンスは今しかない!
「じゃあ……一緒に遊ばない?」
一瞬だけ沈黙が流れる。
心臓が締め付けられてるみたいに苦しい。
「いいよ」
「……え?」
まさかの返答に脳の処理が追い付かない。
「俺もせっかくだし誰かと遊びたいと思ってた」
あまりにもあっさりした返事に、思わず聞き返してしまう。
「本当に?」
「もちろん」
爽やかな笑顔で告げられる。
そのあとのことは、嬉しさで頭の中が真っ白になってしまい記憶が定かではないが後日、クリスマス当日の予定を話し合うことにして別れた。
この日の帰り道は世界中の景色が輝いて見えた気がする。
佑真にクリスマスの予定を取り付けたあの日から早くも迎えたクリスマス当日。
あの日から佑真のことを意識しすぎてしまい、顔を見てまともに話すことができずにいた。
だがここで逃げるわけにはいかない。
逃げに逃げ、ついにつかんだチャンスなのだ。
朝から何度も鏡を見た。
髪型はおかしくないか。
服装は乱れてないか。
マフラーは......これで大丈夫だよね?
不安は尽きないがお母さんにもチェックしてもらって準備は万端。
「琴音。頑張ってきなさい」
お母さんからの声援を受けて私はいつもより硬い玄関を開け家を後にした。
──待ち合わせ場所に着くと、佑真はもう来ていた。
「おはよう」
近づいてくる私を見つけて先に話しかけてくる。
「お、おはよう!」
ぎ、ぎこちない......。
「その服、似合ってる」
「っ!」
いきなりの一言で心臓が止まりそうになる。
「ありがとう……」
それだけ言うのが精一杯だった。
まさかそんな自然に褒めてくるなんて思ってもいなかった。
完全なる不意打ちだ。
なんとか気持ちを落ち着かせて、まわりに目を向けてみると街はクリスマス一色だった。
ショッピングモールではクリスマスソングが流れ、大きなツリーの前では家族や恋人たちが写真を撮っている。
「それじゃ、今日はよろしく」
佑真はそう言って私の半歩前を歩き始めた。
やはりクリスマスだけあって街中は大勢の人でごった返していたが、事前に行きたいお店を二人で話し合っていた運良くお店に入れないといったことはなかった。
二人で雑貨屋を見たり、温かい飲み物を飲んだり。
佑真と一緒に過ごす時間が全て特別に感じられた。
「そういえば──」
歩き疲れたので少しベンチで休んでいると、佑真が口を開いた。
「琴音とは二年連続で同じクラスなんだよな」
「うん」
「最初はこんなに仲良くなると思わなかった」
「──私は最初から、仲良くなりたかった」
「そうなの?」
「うん」
それ以上は言えなかった。
まだ勇気が足りない。
夕方。
空が茜色から群青色へ変わり始める。
イルミネーションが一斉に輝き始めた。
「きれい……」
思わず漏れた言葉に、佑真も頷く。
「ほんとだ」
今しかない。
今日を逃したら、また言えなくなる。
私は大きく息を吸った。
「佑真」
「ん?」
鼓動がうるさい。
手が震える。
声まで震えてしまう。
「私……」
逃げちゃだめ。
二年間、ずっと好きだった。
この想いを伝えるって決めたんだ!
「入学式の日から、ずっと佑真が好き!」
時間が止まった。
街の音も。
風の音も。
全部聞こえなくなる。
「友達としてじゃなくて......一人の男の子として好き」
涙がにじむ。
「だから……私と付き合ってください」
返事が来るまでの数秒が、一生のように長く感じた。
佑真は驚いた顔をして、それから困ったように笑った。
「実はさ」
「……?」
「俺、琴音は別の人が好きなんだと思ってた」
「え?」
「だから、ずっと友達として接してた」
思わず目を丸くする。
「でも今日、琴音が気持ちを伝えてくれてやっと気づけた」
佑真が少し照れくさそうに頭をかく。
「俺、一番自然に笑えてる相手は琴音なんだ」
胸が熱くなる。
「これが恋って言い切れるかは分からない。でも──」
彼は真っ直ぐ私を見つめた。
「これからは友達じゃなくて、恋人として一緒にいたい」
その言葉を聞いた瞬間、張りつめていたものが全部ほどけた。
「……ほんと?」
「うん」
「よろしく」
差し出された手を、私は両手でぎゅっと握る。
「こちらこそ、よろしくお願いします……!」
つい大きな声で返事を返してしまった。
恥ずかしさのあまり俯いていると視界の端に白いものが映る。
いつの間にか小さな雪が空から舞い始めた。
「雪だ」
「ホワイトクリスマスだね」
二人で空を見上げる。
白い雪は街の光を受けて、まるで星の欠片のように輝いていた。
入学式の日、一目見ただけで始まった私の恋。
友達として過ごした二年間。
勇気が出なくて何度も諦めそうになった日々。
全部が今日へ続いていたんだ。
私は彼の隣で笑う。
今度は友達としてじゃない。
恋人として。
きっと来年も、その先の冬も。
今日の景色を思い出すたび、私はこの雪の日を好きになれる。
繋いだ手の温もりは、冷たい冬の空気なんて忘れてしまうくらい、優しくて温かかった。




