第51話 フリッツは護送されていく
女神さまというのは人の脳では記憶できない存在らしい。
領祭が終わって、ヘレンの馬で三人乗りして家に帰る途中で、ヘレンもピカリも女神様の事をすっかり忘れていた。
前は覚えていたネコチャンさんの事もヘレンは忘れていた。
すごいな、女神さまの『愛し子』の噂がついて回ったらどうしようと思っていたけど、その心配は無さそうである。
ちなみに後日談として、不良キッチンメイドの二人が女神さまに奉納したワインは領館でもとびきりの物だったらしく、どこかに行方不明という事で家令さんに二人が怒られていた。
「あ、俺も現場にいたんで俺が出しますよ、レシピのお金から引いてください」
「良いのかい、リュージくん」
「ええ、大事な人に差し上げたので」
不良メイド二人にガガッと両腕を捕まれた。
「リュージ、貴様、何らかの御利益を独り占めにするつもりかっ」
「え、そっち?」
「何となく金を出さないと色々良い事が無くなる気がするんだっ」
そういや女神さまは不良メイドたちに素敵な旦那様を確約してたな。
そういう事だけは覚えているのか。
家令さんは眉を上げた。
「そうですか、何らかの御利益があるのならば、領館で費用を持ちましょう、そうすれば領館のスタッフ、いや、御領主さまやお嬢様にも御利益が当たりそうですね」
「「いやったーっ!!」」
不良メイドたちは両手を上げて喜んだ。
家令さんは伊達に歳をくってないな。
凄く正しいと思いますよ。
領館全体に、バーモント子爵家全体に、女神様の御利益があれば素敵だからね。
そんなこんなで領館は平和に戻った。
俺はロッカさんや他の料理人の仲間に、色々なレシピを教えてもらったり、焼き物の炉の使い方や串の差し方、火加減なんかを教えてもらった。
こっちの世界は炭火だから色々と取り回しが違うね。
ファミレスのキッチン設備が懐かしいけど、まあ、今ある物でやるしかないね。
そんな日々を過ごしていたら、フリッツさまの護送を見た。
彼はずっと領館の地下の牢屋で尋問をされていたのだが、ついに刑罰が決まって銀山に奴隷として収監されるようだ。
彼は肩を落としていたが、風呂には入れてもらったのか、意外に身ぎれいであった。
重装備の檻の馬車が領館の敷地に入ってきた。
俺はメインキッチンに移動する途中の廊下でそれを見た。
御領主さまがやってきた。
彼はフリッツに何か荷物を渡した。
「メッキの泡立て器とか、芋を蒸かす網とか、銀山で調理係としてやっていくための道具とレシピさね」
いつの間にか俺の隣にボフダナさんがいて、ぼそっと教えてくれた。
「銀鉱石を掘る方じゃなくて調理に入るのですか」
「ああ、お舘様が手を回してね。だから大人しくしていれば十年ほどで帰ってくるよ」
「そうなんですね」
御領主さまはフリッツを愛していたんだなあ。
出来が悪くても子供だからなあ。
親とは偉い物だな。
「フリッツさまが生まれた時、御領主さまは本当に大喜びでね、跡継ぎが出来たんだ、男子だぞ、そのうち嫡子として認めてやるつもりだ、と嬉しそうに言ってたのさ。でもね、フリッツさまは武道も学問も出来なくてね、困ったお舘さまが伝手をたどって一流レストランに修行に出したのさ」
「そんなにまで」
「料理の才能はあったみたいでね、頑張って色々覚えてキッチンに入ってきたんだよ。でもね、フリッツさまは嫡子になれなかった事、跡継ぎになれなかった事が不満で、街のゴロツキと遊び回るようになってね。賭場で借金を作って脅迫されてたみたいだよ」
「そうだったんですか」
ちなみに、ボナンザ一家へのフリッツさまの負債はチャラになったらしい。
デュークが笑って、「いやあ、イカサマ博打だからよう、請求するのが悪くってなあ」と言っていた。
まったく悪い奴らだ。
フリッツさまは御領主さまの足下にひざまずいて、泣いた。
「十年して帰ってきたら、彼は変わってますかね?」
「さあねえ、お舘さまが生きていればキッチンに入れるだろうが、お嬢様の代になっていれば、追い出すかもしれないね。先の事は解らないもんさ」
そう言って、ボフダナさんは興味を失ったように去っていった。
俺もメインキッチンに戻った。
ああ、俺はこのまま、この領館で死ぬまでお料理を作って生きて行くんだな。
それも良い人生だと思う。
老衰して死ぬ時には、女神様に、俺は地味だけど良い人生でしたよ、と言えれば良いな。
お嬢様の結婚式があるぐらいの時期に、揚げ物、トンカツとかからあげとかを開発しようかな。
トンカツには中濃ソースかケチャップが欲しいんだけど、作り方が解らないなあ。
からあげにはマヨネーズで良いから楽なんだけどね。
さて、色々がんばろう。
今度の休日には母ちゃんとピカリと姉ちゃんに領街でよそ行きの服でも買ってあげよう。
きっと喜ぶぞ。
うん。
(本格グルメファンタジー、了)
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