第33話 フリッツさまに泡立て器を壊される
意気揚々と領館へ出勤である。
川縁の道も朝は気持ちがいいねえ。
のびあがって深呼吸。
空が高くなって夏雲が出始めているね。
領館に着いて、衛兵さんに挨拶をして入場、まずは鍛冶現場へ。
ゴメスさんに小兄ちゃん製のメッキ泡立て器を見せて自慢する。
「おーおー、なかなか綺麗にメッキしやがったな、腕前がいいな、リュージの村はどこだ」
「西の関村だよ」
「あーあー、そうすると鍛冶屋はヨハンか、そりゃあいい、奴は短気で馬鹿だが腕は大したもんだ、これをすぐ作れるのがすげえなあ」
ゴメス親方はメッキ泡立て器を凄く褒めてくれて、俺は我が事のように嬉しかった。
「負けてらんねえな、こっちも領館の泡立て器をメッキしちまわねえとよ」
「がんばってくださいよ」
「おおよ、今度お前の兄ちゃん連れて来い、顔が見てえよ」
「そうですね、今度の休みにでも連れてきますよ」
おお、これは小兄ちゃんが領館鍛冶に就職の目もあるかな。
我が家から二人も領館入りしたら、村でも一目置かれるな。
うんうん。
父ちゃん喜ぶぞ。
控え室に入り、ボフダナさんに新しいコック着を貰って着込む。
制服を着込むと、なんだか心がピシリと決まる感じがするね。
とはいえ、お昼の準備が始まるまでは俺はやる事が無い。
朝食から戻って来た食器やシルバーを洗って戸棚に収める。
高い物だから、傷つけないように丁寧に丁寧に。
朝食の始末がついたら昼食の支度に入る。
「今日の昼食は、豚の炙り焼き、チキンシチュー、ウズラの丸焼きだ、あとスダラサラダを作れ」
「はいっ」
今日のメニューも肉々しいな。
とはいえ、俺の作業はスダラマッシュサラダを二皿作るだけだから大した事は無い。
今日の野菜は……、赤カブがあるな、あと大根とズッキーニを飾り切りだな。
トントントントン。
あとはマヨネーズだ。
メッキ泡立て器でシャカシャカシャカ。
「おい、なんだ、その泡立て器は」
「あ、兄ちゃんにメッキしてもらった泡立て器です」
「メッキか、良いなあ」
目ざといロッカさんに泡立て器を見つけられて褒められたな。
そこへフリッツさまが割り込んできた。
「おい、これは俺が使う、よこせ」
「あ、いや、その、兄に作ってもらった私物ですので、ゴメスさんがこれから領館内の泡立て器もメッキ化するそうですよ」
「うるせえっ!! 農民のお前がなんで一番良い器具を使ってるかって聞いてるんだよっ!! よこせっ!!」
「いや、だから兄が作ってくれた」
フリッツさまは俺の手から泡立て器をひったくった。
「あ、やめてくださいよ」
「なんで、農民がこんな良いの使ってんだよっ!! どうして料理長の俺が鉄の奴なんだよっ!! ふざけんなよっ!!」
そう言うとフリッツさまは調理台にメッキ泡立て器を叩きつけた。
「や、やめろっ!!」
「うるせえっ!! 生意気な農民があっ!!」
メッキ泡立て器が壊れた。
フリッツさまはさらにそれを床にたたきつけて、足でダンダンと踏んだ。
「やめろっ!!」
たまらず、俺がフリッツさまを押すと彼は床に倒れた。
俺の兄ちゃんが作ってくれた泡立て器はぐにゃぐにゃに曲がり針金が外れて壊れていた。
ああ、ああ、なんて事だ。
「お前、御領主さまの血を引く俺様に手を掛けたな、死ね……」
そう言うとフリッツさまは麺棒を取って俺に振り上げた。
棒が来るのは解って居たが、俺は兄ちゃんの泡立て器を壊されたショックで動けなかった。
ドカン!!
フリッツさまの麺棒は盾に当たって阻まれた。
「やめなさい」
「アマンダっ!! 貴様、どけっ!!」
「やめなさい」
アマンダさんが駆け込んで来てフリッツさまの麺棒から俺を救ってくれた。
ロッカさんや、他の調理スタッフもフリッツ様を遮るように立った。
「やりすぎですよ、フリッツさま」
「兄ちゃんが作ってくれたって嬉しそうにしてたじゃあねえですか、人の心が無いんですかい?」
「さすがに、これは……」
「なんだ! お前らっ!! その農民の肩を持とうってのかっ!! 解ってるのかお前らっ、俺は料理長なんだぞ、首にすんぞ、お前らっ!!」
調理スタッフは困惑していた。
その中で俺は一人、壊れた泡立て器を手にして悲しんでいた。
なんでさあ、こういう人達は何もできない癖に、壊す事だけするんだろうなあ。
せっかく兄ちゃんが作ってくれたのになあ。
自然に涙がぽろぽろこぼれ落ちた。
騒ぎを聞きつけてボフダナさんが来て、家令さんが来て、御領主さまが来てアマンダさんに事情を聞いていた。
どうもアマンダさんは調理場の俺が危ないと思って近くの廊下で待機していてくれたようだ。
「フリッツ、自室で謹慎していなさい」
「で、ですが、僕は、料理長でっ」
「良いから謹慎していなさい」
「……はい」
御領主さまは俺に近寄って頭を下げた。
「すまなかったね」
「あ、いえ、とんでもない、御領主さま、やめてください」
「大事な泡立て器を壊してしまって、後で弁償しよう」
「あ、いえ、兄ちゃんに直してもらうので……」
ゴメスさんがキッチンに入ってきて、俺が握っていた泡立て器の残骸をつまみ上げた。
「帰りまでに直してやっから、機嫌直せ」
「あ、いえ、ありがとうございます」
「頼んだよ、ゴメス」
「おう、だけどよう、アレをなんとかしろや」
「ああ、うん、そうだな」
御領主さまは思案顔でフリッツさまが去った方を見た。
お嬢様がメインキッチンを覗いていた。
「とりあえず、昼食を作ってくれ、ロッカ、頼む」
「わかりました、リュージ、調理は大丈夫か?」
「ええ、なんとかします」
アマンダさんがポンポンと肩を叩いてからキッチンから出て行った。
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