第31話 晩餐の支度をして、夜道を帰る
三時にメインキッチンに入り、洗い物とスダラ芋を蒸かす準備をした。
フリッツさまは依然とカリカリしているので触らない方向で。
「晩餐のメニューは、川鱒の煮物、牛のステーキ、牛すね肉のスープ、スダラマッシュサラダだ、いいな!」
「「「「はいっ」」」」
今日は魚の日だから、川鱒の煮物が付くんだな。
結構大きい鱒を使っているね。
牛ステーキも分厚くて大きい。
御領主さまの晩餐は毎日豪華だね、さすがは貴族さまだ。
俺の仕事はスダラマッシュを作り、飾り切りをした野菜を使ってサラダの皿を二つ作る事だ。
野菜類も同じ物ばかりだと飽きるので、変化を付けてと。
今日はラディッシュがあるので赤い物には困らないな。
綺麗に盛り付けて、マヨネーズを掛ける。
「今日は赤が綺麗ね、持って行くわね」
「よろしくお願いします」
さすがにお昼に、お嬢様直々にリクエストが来たのでスダラマッシュサラダに文句は言わなくなったな。
ん?
なんだかこっそりフリッツさまが俺の後ろに行こうとしているな。
気を使ってちょっとどいたら、俺の居た所に麺棒が振ってきて鍋を凹ませてもの凄い音を立てて転がった。
「うお?」
フリッツさまを振り返ると、彼は鬼の形相で麺棒を持って震えていた。
「な、なんです?」
「あ、え、……、手が、手が滑った」
「そ、そうですか……」
直接殴り殺そうとしたな、今。
キッチンのメンバーもそれが解ってなんだか変に沈黙していた。
「デ、デザートだ、デザートを作れ、早く!」
「は、はいっ」
パティシエのコーラルさんが慌ててデザートのケーキを皿に盛り付けた。
その間もフリッツさまは麺棒を離さないでブルブル震えていて、なんだか異様に怖い。
俺の後ろに行こうとするので、なんとか後ろを取られないように動く。
「なにをしてらっしゃいますか、フリッツさま」
ボフダナさんがキッチンのドアから出て来て、そう言ってくれた。
フリッツさまは、麺棒を一瞥して、テーブルにゴトンと置いた。
「な、なんでも無い」
「そうでございますか」
おー、危なかった。
フリッツさま直々に撲殺される所だったな。
メインキッチン全体の空気が緩んだ。
というか、これからはフリッツさまを警戒しないと駄目だな。
キッチンには棍棒になるものや、切れる刃物なんかもあるしな。
やばいやばい。
ボフダナさん監視の中、ギクシャクしながらメインキッチンは晩餐の後片付けをした。
配膳メイドさん曰く、今日もお嬢様はスダラサラダを大層喜んで食べてくれたらしい。
そして、鱒の煮物は完食したが、ステーキは一口、スープは汁だけを食べて後は残していた。
わりと健康な感じの晩餐になったな。
偶然だけど。
フリッツさまは肩をブルブル震わせて怒っていた。
大丈夫かね、この人。
何だか知らないけど、追い詰められている感じがするなあ。
とりあえず、控え室でコック着を脱いでボフダナさんに渡した。
「注意するんだよ、リュージ、なるだけ、私と家令さんで守るけどね」
ボフダナさんは小声で俺にそう言ってくれた。
「ありがとうございます」
とりあえず味方もいることで少し安心だ。
ロッカさんも寄ってきた。
「俺も見てやるから」
「ありがとうございます」
「お前が死んだら、俺達も何もしてなかったと怒られる、下手をすれば解雇されるからな」
「そうだね、たのむよ、ロッカ」
ボフダナさんもロッカさんにうなずいた。
「なんか焦っているんだよな、フリッツさま」
「なんだろうね」
「領街の賭場に出入りしてるからなあ、借金でも膨らんでるのかもしれねえ」
「馬鹿だねヤクザは、領主に喧嘩を売ったら騎士団に皆殺しにされるのにさあ」
「まあなあ」
しかし、メインキッチンに味方が出来て良かった。
撲殺と刺殺に気を付けなくては。
私服に着替えて領館を出る廊下でキッチンメイドさん二人とすれ違う。
「おつかれ~~」
「どうした、しょぼくれてんなっ」
「ああ、まあ、色々」
「そっか、元気出せ」
「メレンゲやるからよう」
ミレーネさんが俺のポケットにメレンゲの入った麻袋を突っ込んで来た。
「ありがとう、家族と食べるよ」
「おう、気を付けて帰んなあ」
「また明日なあリュージ」
キッチンメイドのお二人には仲良くして貰って嬉しいね。
さすがに今日は騎士さんの護衛は無かった。
寂しく一人で川縁の道を行くぜ。
月が綺麗だぜ。
後ろからひたひたと早足で付いてくる人がいる。
うわあああ、フリッツさま?
と思ってふり向くと、カンテラを持ったアマンダさんだった。
「よう、一応今日もな」
「わ、助かりますよ、馬は?」
「あたいの馬、足をくじいてしまってよう、今日は徒歩で送るさ」
「ありがとうございます」
アマンダさんは剣では無くて今日はモーニングスターを腰に吊していた。
若いし綺麗なのに騎士なんだよなあ。
「アマンダさんは騎士の家のお生まれですか」
「ああ、領館付きの騎士爵家だよ、しばらく従士をやって、この春やっと騎士になれたんだぜ」
アマンダさんは猫みたいな顔でニシシと笑った。
どうやら彼女はシャルロットお嬢様の護衛として女騎士になったらしいね。
なかなかロマンがあるよね。
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