#3-14.迷走! ウォーキングデッド
【まじらぼ 前回までは】
無縁墓地が荒らされたという情報。そして美味しいカワニシンの料理から、ソータはあるアイデアを思いつく──
1
食事の後、オレはクロエさんとのじゃ子さんの3人は地下にあるモルグへとやって来た。
モルグとは死体保管所のことだが、うちのはクロエさんが遺体を司法解剖する設備も揃えてある。
解剖台には二度目の脅迫状を持って来たゾンビ、通称「MZ2号」が乗せられている。
「生は仮初めにして肉体は器なり」
クロエさんが呪文を唱え、右の人差し指と中指を揃えて立てるとそれを自分の額に当てた。
「作られし魂魄よ。器より出でて姿を現せ」
反対の手──左の手の平を、解剖台のMZ2号に向ける。するとゾンビの身体から、青白いもやもやしたものが湧き出てきた。
人工の幽体。エクトプラズムだ。
それはみるみる人の形となってゆき、ゾンビMZ2号そっくりの姿となった。
「まるで幽体離脱だ」
解剖台に横たわるMZ2号、その上50センチくらいのところに、同じ姿のエクトプラズムが浮いている。
オレは、ネットかなんかでみた幽体離脱の画像を思い出した。
「ゾンビには自由意志も帰巣本能もないけど、そのエクトプラズムには学習能力が存在する。学習し、経験を積んだゾンビは、ある程度複雑な命令をこなすことができるようになる。そしてその経験は他のゾンビに複写することもできるの」
「一体に仕事を覚えさせれば、他の多くのゾンビに同じ仕事をさせられるようになる、というわけじゃ」
クロエさん、そしてのじゃ子さんが説明する。
ゾンビの中のエクトプラズムには、生前の幽体がそうであるように、ゾンビ化した後の記憶や経験が保存されている。そしてそれを別のゾンビにコピーして運用できる、というわけだ。
言うなれば、ゾンビは、死体を素材にした魔法ロボットなんだ。
そこで思ったんだ。
ロボットなら、ハッキングして、こっちの支配下に置けるんじゃないかって。
「問題なのは、異なる術者のエクトプラズムは混ざり合わないってことね。消去しないと新しいものは入れられない。でも、アタシたちにはもう一体、ゾンビがある」
クロエさんが死体保管庫を開けて、もう一つの死体をストレッチャーに乗せて引き出す。
MZ1号──はじめに脅迫状を運んで来たゾンビだ。
「先生、お願いします」
「任せるのじゃ」
のじゃ子さんが空中に光るルーン文字を書いてゆく。
その横で、クロエさんが新たな死霊魔法をはじめた。
「生は仮初め、巡りしは魂魄」
クロエさんが手にした小瓶に赤く光る液体がたまる。
「永遠の巡りに向かいしものに、我、一時の安らぎを与えん」
クロエさんが小瓶を振ると、空中に、無数の光る赤い雫が舞い散った。
それはストレッチャーに乗せられたMZ1号にとふりかかった。
さっきと同じように、MZ1号からもエクトプラズムが生じて、空中でそっくり同じ姿になる。
二つの死体の上に、それぞれのエクトプラズムが浮いている。
「クロエ」
のじゃ子さんがフィニッシュの二本線を引くと、空中に浮かぶMZ2号のエクトプラズムに色の濃い部分と薄い部分が現れた。
「はい、先生」
クロエさんが揃えた二本の指をMZ2号のエクトプラズムに向けた。すると色の濃い部分がふるふると震えだす。
クロエさんが、くいっと指を上に向けた。
震えていた場所が盛り上がり、そして分離した。
したたり落ちる水滴みたいな動きだ。そのエクトプラズムの水滴は、MZ1号のエクトプラズムへと向かい、そこに吸収されていった。
クロエさんが指をさっと振る。二つのエクトプラズムは、ぞれぞれ本体である死体の中へと戻っていった。
「ふぅ」
と、クロエさんがセクシーなため息をついた。
「できたの?」
オレが尋ねると、
「ええ。これでこのゾンビ──MZ1号に2号の経験を複写できたわ。こいつを使って死人団のアジトに案内させるわよ!」
2
クロエさんがストレッチャーを使い、MZ2号を保管庫にしまった。
それを見たオレは、ふと疑問を持った。
「のじゃ子さん、死体の保存に刻止めの魔法は使わないんですか?」
ここの保管庫は氷の精霊の力で死体を冷蔵保存している。オレたちの世界と同じだ。
でも刻止めの魔法なら、より完全な状態で保存できるはずだ。
「人間サイズのものにかけるには、あほみたいに大量の魔力がいるぞ」
のじゃ子さんは、自分の肩をとんとんしながら答えた。
「刻止めの魔法に必要な魔力は、対象の体積の三乗に比例して増える。王族の遺体でもないかぎり、そんなコストはかけられん」
「そうなの?」
「それがどうかしたのか?」
「前に、刻止めの魔法で遺体を保存するのをウリにしている葬儀屋と会ったんですよ」
ラマンド、ウィロウ夫婦と出会った墓地だった。
たしか、ウエスト葬儀社…だっけか。
新しい魔法技術の葬儀屋で、ネクロマンサーや火葬屋を馬鹿にしているイヤなヤツだった。
「新しい技術じゃと? あり得んな」
「あり得ませんか?」
MZ1号にフード付きローブを着せながらクロエさんが聞いた。
「そんなものが出来たなら、わしに情報が来る。インチキじゃよ。その葬儀屋は」
のじゃ子さんは断定すると、立ち上がったMZ1号を見た。
「準備は出来たようじゃの」
「明日、試運転に行ってきます。──付き合ってね、ソータ」
え? オレも?
× × ×
──翌日。
クロエさんが操るゾンビMZ1号の試運転に、オレも付き合うことになった。
「あら、また」
しかしこのMZ1号、何か不具合があるのか、ちょくちょく立ち止まる。そうかと思うと急に方向転換する。
「ソータ! 止めて!」
ゴーレム馬が牽く荷馬車の進路に向かうMZ1号。
「止めてって…! パワーがダンチだよ!」
後ろから抱くようにしてしがみつくけど、ずるずると引きずられてしまう。
ウマやクマに匹敵するゾンビは、オレ程度の腕力じゃ押さえられない。
「両肩をつかんで、方向を変えるの!」
「こ、こう?」
言われた通り、両肩をつかんでくるりと回してやると、ゾンビは方向転換した。その後2、3歩歩いて止まった。
「あ、また!」
「なんで水路に突進する?」
しばらくして、MZ1号は、今度は水路に向かって突き進みはじめた。
それをさっきと同じ、両肩をつかんでくるり、で止める。
そんなことが何度もあった。
「クロエさんて、ゾンビ操るのヘタ?」
つい、そんなことを言ってしまう。
「得意じゃないわね。アタシってマジメな葬儀屋だったし」
そうか。遺体の保存以外で死霊術を使うことは禁止されていたんだっけ。
それに、火葬屋の人たちの話を聞くと、クロエさんってこれで仕事はちゃんとしていたみたいだし。
「ゾンビは、暇つぶしにちょっと動かして遊んだくらいね」
「どこがマジメですかっ」
それでも1時間もすると、MZ1号はクロエさんの思うとおりに動くようになってきた。
「ニューロックのお屋敷も近いことだし、ためしにアジトへ還るよう命じてみる?」
自信を付けたクロエさんが提案した。
試運転だけのつもりだったけど、上手く行けばめっけものだ。
3
ニューロックの屋敷の前に来たオレたちは、門の前からMZ1号を歩かせてみた。
「お、順調だ」
「さすがアタシ」
ゾンビを操りながら、クロエさんは、ふんす! と、大きな胸を張った。
MZ1号の後に従い、お屋敷街を抜け、人通りの多いメインストリートへ出る。
「こんなに人通りがあるのに、誰もゾンビが歩いてるって気がつかなかったのか」
「それがゾンビのヤバいところよ。においを消して、顔を隠せば誰も気に留めない」
クロエさんの言う通りだった。まさに今この時もゾンビを歩かせているのに誰も気がつかない。
こんなに大勢、人がいるのに。
いや、大勢いるからこそ気がつかないのか。
ぎくしゃくした歩き方も、酔っ払いか具合の悪い人、くらいにしか思えないのだろう。
MZ1号の案内で大通りの途中で横道に入る。そしてまた大きな通りに。
でも、この通りはさっきと違って人通りがない。商店が少ないからだ。
そしてMZ1号はいきなりそこで止まってしまった。
「また不具合ですか?」
「うーん……」
クロエさんは立ち止まった1号を、前から後ろから眺めてみて、
「多分、ここで馬車から下ろされたのよ」
と、結論づけた。
イエールの追跡の時と同じだ。あっちは船だったけど。
またしても乗り物に乗せられることを想定していなかったな。
さて、この後どうしようか…と、考えていると、
「あら、また会ったわね」
突然、声を掛けられた。
園芸家のウィロウさんだった。
「今日も捜査?」
「ええ、そんなとこです」
「ウィロウは仕事帰り?」
クロエさんが聞くと、
「ラマンドが仕事なくてくさっているからね。カワニシンでも買って元気だしてもらおうと思ってさ」
とのことだった。
「いつの間にか、ウィロウさん家の近くにまで来ていたんだね」
「気がつかなかったわね」
市場へと向かうウィロウさんを見送りながら、オレたちはつぶやいた。
「「……あっ」」
そして、同時に思いついた。
「この近くに、墓荒らしのあった無縁墓地があったよね」
「このMZ1号は、そこから掘り出されたのかも? そうでなくとも死体を掘り出したり運んだりするのに使われた可能性もあるわね」
オレとクロエさんはうなずき合った。
このMZ1号を無縁墓地に連れて行けば、何かわかるかもしれない。
「って、またヘンなほうに歩いてくし!」
と、思ったのに、MZ1号は無縁墓地の近くで急に方向を変え、どんどん違う方向に歩いてゆく。
「あれぇ~?」
クロエさんが、緊張感のない声で首を傾げる。
「またニューロックの屋敷前からやり直そうか」
「そろそろ夕方ですよ?」
オレとクロエさんは空を見上げ、
「「お腹空いた」」
そろってつぶやいた。
一日じゅう、ゾンビに振り回され、歩きまわって、もうヘトヘトだった。
ゾンビ──死体が動く仕組みは作品によってあれこれありますね。
謎の薬だったり、ウイルスだったり、魔法だったり。
本作では死体を素材にしたロボットという設定にしてみました。
そしてロボならハッキングで…というわけです。
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