#1-12.魔法の世界で科学捜査
【まじらぼ 前回までは】
試験で不正を働いたとの疑惑をかけられたサミちゃん。疑惑を晴らすべくソータが思いついたのは、指紋検出だった──
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この白い粉こそ、サミちゃんの無実を証明するものだ。
まさかキッチンで作れるとは思わなかったけど。
「皮膚の水分と脂肪分が、微細な塵を取り込んで指紋の形を残す。それがどうかしたのか?」
白髭の先生が、何を当たり前のことをという顔をする。
他の先生たち、そしてエリスも同じような顔をしている。
この世界でも指紋は存在し、そのことは知られていた。しかし──
「まあ、これを見ろ」
さっさっさっと空中に光の数式を描いてのじゃ子さんが言う。
フィニッシュの二本線の後、右手でコップを、左手で黒板を指した。すると黒板に、人の頭くらいの大きさに拡大された指紋が投影された。
「よく見ておれ」
と、のじゃ子さんがちょいちょいっと右手の指を動かすと、二つ目の指紋が現れた。拡大倍率は同じ、つまり同じサイズだ。
「右がソータの指紋。左が学長、お主のものじゃ」
「はあ」
白髭の先生が曖昧にうなずく。
あの人学長だったのかよ。オレは今さら緊張した。
「ソータによれば、指紋の形は人それぞれ違う。二つと同じものはないとのことじゃ」
のじゃ子さんが右の指を動かすと、二つの指紋がスライドし、一つに重なった。異なる指紋が重なり、ごちゃっとしたものになる。
「はあ」
「まだわからぬか?」
戸惑うアカデミーの先生たちに、のじゃ子さんは苦笑した。
そう、この世界では指紋の存在は知られていたが、それを使って個人を識別するという考えはなかったのだ。
オレたちの世界でも、指紋の存在は何千年も前から知られていたが、犯罪捜査に利用されるようになったのは1880年代からだ。(ドラマでみた)
犯罪捜査の「は」の字もないこの世界では知られてなくて当然なのだ。
「準備できましたぁ」
サミちゃんの声に振り向くと、イーサーの壺が白い指紋まみれになっていた。
みんなが黒板の指紋を見ている間、サミちゃんはイーサーの壺の指紋を検出していたのだ。
のじゃ子さんが右手を一振りすると、黒板に投影されていた指紋が消えた。そしてイーサーの壺のそばに移動し、先ほどと同じ魔法──拡大投影を行う。
コップの時と同じように、黒板に、壺に残された指紋がいくつも投影される。
「ざっと見たところ、イーサーの壺に残された指紋は二、三人というところじゃな──サミ?」
「はい、こちらです」
サミちゃんが自分の指にインクを塗り、それを用意してきた紙に押し当てた。
「見るがいい」
のじゃ子さんは、紙の上のサミちゃんの黒い指紋を黒板に投影。そこにイーサーの壺にある指紋のひとつと重ねた。
サミちゃんと壺の指紋は一致しない。つまり別人のものだ。
次から次に、同じ倍率で拡大した指紋が重ねられた。
サミちゃんの指紋と同じものはひとつもない。
「イーサーの壺にサミの指紋はない。サミが触れていないことの証明じゃな」
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「しかし、それは素手で触れていないというだけでは?」
教師の一人が言う。
「その通り。じゃから次は、誰がこの壺に触れたのかを特定する。アカデミー全ての生徒と教師から指紋を採り、壺のものと照合すればよい。もっとも──」
そこでのじゃ子さんは、エリスのほうを見た。
「そこまで手間をかける必要はないかな。のう、エリスよ」
先生たち、それにサミちゃんがエリスのほうを見た。
エリスは見るからに動揺していた。
唇を噛み、拳を握りしめている。そして、
「そうですわ! 壺をあの子の部屋に置いたのはわたくしですわ!」
髪をかきむしり、エリスは叫んだ。
「どうしてこんなことしたんだ?」
サミちゃんを陥れたエリス。オレは許せなくて声を上げた。
「あの子が嫌いだからですわ! アカデミーから消えてほしかったのっ!」
オレの問いに答えるように、エリスのサミちゃんへの罵倒がはじまった。
「はじめて会った時から気に入らなかった。田舎郷士の娘のくせに、このわたくしを、平民と同列に扱って!」
サミちゃんは誰に対しても丁寧に、敬意を持って接する。
それがサミちゃんのいいところだ。ところがエリスはそれを侮辱と受け取った。
ドジっ子で失敗ばかりだけど、サミちゃんは周りから愛されている。それがムカついたという。
極めつけは、サミちゃんがコンクールで入賞したことだった。
ちょっと懲らしめてやれ、という軽い気持ちでエリスは、不正の告発文を出した。
ところがサミちゃんは頑として不正を認めない。
エリスは焦り、ムカついた。
そこでイーサーの壺を持ちだし、サミちゃんの部屋に隠したのだった。
× × ×
「まさかサミちゃんを嫌うヤツがいるなんて思いませんでしたよ」
エリスが自供した後、オレとのじゃ子さんは、二人でアカデミー内のカフェに来ていた。
先生たちは、エリスの処分とサミちゃんへの相談があるとのことで、別室で話している。
「まだ若いな」
苦笑してのじゃ子さんが言った。
「憧れと嫉妬、愛憎の分岐はささいなものじゃ。自分と正反対の人間を好ましく思うこともあれば、自分を否定する存在と映ることもある」
そう語るのじゃ子さんは、幼いのに賢者の顔をしているように見えた。
気がつけば、太陽は街の建物の近くにまで降りていて、世界を赤く染めはじめていた。
もう夕方か…と思った時、サミちゃんが戻って来た。
「先生、それにソータさん。本当にありがとうございました」
ぺこり、とサミちゃんはお辞儀して言った。
「これでサミちゃん、アカデミーに復帰できるね」
エリスのことは結果としてサミちゃんを傷つけてしまったけど、これで万事解決だ! と、オレは思ったのだが──
「自主退学を勧められました」
力なく笑って、サミちゃんが言った。
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「な…なんで?」
「エリスさんだけを退学処分にしたら、後々困ることになるみたいです。ですから、わたしも、と」
「エリスの家──ソーエラ伯爵家は大貴族じゃ。アカデミーへの寄付も多いからな」
のじゃ子さんが言う。
「サミちゃん、まさか承知したの?」
オレの問いに、サミちゃんは小さく頷いた。
「どうして!!」
「わたしが、エリスさんを傷つけていたことは事実ですから」
「そんな! そんなことって──」
大声を上げようとするオレの手を小さな手がつかんだ。のじゃ子さんだ。
「察してやれ。この状況でサミがアカデミーにいられると思うか?」
「お二人は、わたしが不正を働いていないことを証明してくれました」
涙をこぼしながら、サミちゃんは笑ってみせた。
「それで十分です。ほんとうに、ありがとうございました」
そして、ぺこりとお辞儀をするとオレたちに背を向けた。
帰って行くサミちゃんの細い背中を、オレはただ見送るしかなかった。
「アカデミーのバカ共が。この国は、有能な術師を一人失ったぞ」
のじゃ子さんが冷たい怒りを燃やし、吐き捨てた。
「何も…できなかった…!」
オレは頭を抱え、うずくまった。
サミちゃんを助けられたと思ったのに、学校に復帰は叶わなかった。
真犯人を見つけたけど、サミちゃんを傷つけただけの結果になった。
「お主はサミを救ったぞ。疑惑を晴らし、名誉を回復したのじゃ」
ぽんぽんとオレの頭をたたいてのじゃ子さんが言った。
「ヘタな慰めはよしてください」
小さい女の子に慰められるのがカッコ悪くて、オレは顔を上げられなかった。
「いやいや、お主の知識と機転は大したものじゃ。さすがはマロウド。この大賢者すら思いもよらぬ知恵がある」
「ドラマの知識ですよ」
「科学捜査とかいうヤツじゃな。それをこの国でやってみないか?」
「えっ?」
いきなりの申し出に、オレは思わず顔を上げた。
流行りでない物語。
今時の主人公でないソータ。
この物語、思いついたのが2019年で、そういうの気にしてなかったんですよね。
冤罪を晴らすのは、「ざまぁ」に近いかな? 近づけたほうがいいのかな?
悩みながらの公開です。
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