8.アードの訪問
「シルヴィアお嬢様。アード殿下がいらっしゃいました」
応接室で待つ私に、扉の外から声がかかる。程なくして、扉からシルヴィアの父──メイガストが入ってくる。その後ろから横柄に胸を張って入ってきたのは、この国の第二王子にしてシルヴィアの婚約者──アードだ。
「久しいな。我が婚約者シルヴィアよ」
「お久しぶりですアード殿下。殿下におかれましても、お元気そうで何よりです」
「フンッ……相変わらずつまらない奴だ」
態度悪いな……。
まだ声変わりが終わっていない高い声に、私と同じ十三歳で、私より小柄な男の子。基本的には可愛らしく見える要素が揃っているのに、アードにはまるで可愛げがなかった。
「それで、アード殿下はこの度どのようなご用で我が家を訪れられたのでしょうか?」
一人がけのソファに座ったアードは、足を組んで頬杖を付き、対面に腰掛けるメイガストと私を交互に見た。
「王家に嫁ぐ以上、シルヴィアには手際よく執務をこなせるようになってもらわねば困る。そこでオレは、シルヴィアは王立学園に入る前から執務経験をしておいた方がいいと考えた」
そこで一度言葉を切ったアードは、私を小馬鹿にするように薄く歯を見せて笑った。
「そこで、シルヴィアには明日から、オレに与えられた執務を担当してもらう!」
要は面倒な執務仕事を、都合がいい私に押し付けようってことね。
アードに白い目を向ける私の横で、メイガストが口を開いた。
「しかし殿下。それでは殿下の執務経験が……」
「メイガスト! オレを誰だと思っている!」
「ぐっ……」
公爵家当主であろうと王子の言葉には逆らえない。メイガストは唇を噛み締めて、目を閉じた。
「そういうことだ。シルヴィア、明日から毎日王城に……」
「お断りします」
「はっ……?!」
何驚いた顔してるのよ……そんな面倒な押し付け、受けるわけないでしょう。
「おい! オレはこの国の第二王子だぞ。それにおまえはオレの婚約者だろうがっ!」
「それが何か?」
「貴様ぁ!」
アードはその真紅の瞳に怒りを滲ませて立ち上がり、座っていた私の胸ぐらを掴んだ。私の軽い体はアードによって持ち上げられ、首が締まっていく。それでも私は、アードを白い目で見ることを止めない。
「なんだその可哀想なものでも見るような目は! このオレを馬鹿にしているのか!」
「おやめくださいアード殿下! 娘にはよく言っておきます。必要な教育も私が責任を持って受けさせますから、どうかお怒りを鎮めていただきたい」
メイガストが立ち上がって頭を下げると、アードは一瞬迷い、チッ、と舌打ちしてから手を離した。
「フンッ……メイガスト。今日のところはおまえに免じて許してやる。次会う時までには生意気なシルヴィアをどうにかしておけ」
あからさまに機嫌を悪くしたアードはそっぽを向いたまま、頭を下げたメイガストの横を通り部屋を出て行った。
「ゴホッ……ケホッ……」
「シルヴィア! 大丈夫なのか?」
メイガストは喉を押さえて咳き込む私に駆け寄り、背中をさすってくれた。
「私は大丈夫です。お父様」
胸を撫で下ろすメイガスト。私を二人がけのソファに寝かせ、膝枕をしてくれたメイガストは王子の馬車が去る音を聞いてから口を開いた。
「シルヴィア。私はいついかなる時もおまえの味方だ。婚約に関しては、私にはどうすることも出来なかったが……それでも私はおまえが幸せに暮らせることを願っている」
メイガストが浮かべたのは、心から愛するものにしか向けることのできない、愛おしい微笑み。
「お父様……」
メイガストってこんないい人だったの?! ゲームでは切れ者で厳格な人としか設定されていなかったけれど……。
「だからシルヴィア。嫌なこと、困ったことがあったらいつでも私の元に来なさい。私はおまえの父として、できる限りのことをすると約束しよう」
優しい光が反射するメイガストの瞳は、私と同じ青色でありながら、私にはない温かさを含んでいた。
それから私は、魔法の特訓で樹林を破壊したことも、武器庫から剣を持ち出して壊したことも、冒険者になってダンジョンに潜ったことも打ち明けた。
「シルヴィアは冒険者になりたかったのか。本当は危険だからあまり冒険者をして欲しくないのだが、シルヴィアがやりたいというのなら小言は言うまい」
そう言ってメイガストは私の頭を優しく撫でる。
「ただなシルヴィア。魔法の実力は申し分ないようだが、おまえの剣の腕はまだ未熟なのだろう? 冒険者をやるには少し不安だよ。今度、我が家の私兵長に見てもらいなさい」
「ありがとうございますお父様! 私、剣にも興味があったんです」
その後もしばらく雑談をすると、時計の長針が一周した頃にメイガストは立ち上がった。
「すまないシルヴィア。君とはまだまだ話したいことが山積みなのだか、私は王城に行かねばならない」
もっと話していたかったけれど、仕方ないよね。
「お父様、お仕事頑張ってください!」
「うん、頑張るよ」
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