39.公爵家での一日
「お父様、あの暗殺者たちからは何かわかりましたか?」
私は今、執務室で高級そうな椅子に腰掛けるメイガストと向かい合っている。
あれから三日。暗殺者たちの死体を片付けたり、屋敷の壊れた部分を修繕したりして、屋敷は平穏を取り戻していた。
「いいや。奴らは皆、口内に隠していた毒で自殺してしまって何も情報を引き出せなかった。だがおそらく、我が家の襲撃を企てたのはアルガルド公爵だろうな」
アルガルド公爵──たしかうちと同じエステワ王国の三大公爵家の一つで、有望な近衛兵を何人も輩出している名家。
そういえばゲームでも、奴隷制度の是非やら平民への援助がどうのこうのって争っていて、レイネル公爵家とアルガルド公爵家は犬猿の仲だったわね。
「そうですか」
「ところでシルヴィア。オルカスの様子はどうだ? 母を失って心を病んではいないか? 私もオルカスに会いたいが、あの子の母を殺した私では、顔を合わせる資格がない……」
指を組んで項垂れるメイガストに、私は戸惑った。なぜなら父の心配は全くの──。
「姉さんここにいたのか。今日は魔術を教えてくれる約束でしょう? さあ早く──」
「オルカスおまえ……なんともないのか?」
以前よりも生き生きとしたオルカスが部屋に入ってきて、驚きを隠せないメイガスト。そんな彼に向かってオルカスは小首を傾げた。
「なんのことですかお父様? 母のことなら、僕もいなくなって清々してますよ。メイドたちに傍若無人に振る舞って、あまつさえ母は姉さんを殺そうとした。僕も我慢の限界でしたから」
「そ、そうだったのか……」
「それより姉さん! 早く魔術を教えてくださいよ!
今までずっと我慢してきたんですから」
そう言って私の手を取り走り出すオルカスに、どこか微笑ましさを覚えた。振り返ると、メイガストもオルカスの様子に安心したように疲れ笑いを浮かべていた。
***
「火属性の魔術は、魔力をこういう風に変換するのよ」
私は昼下がりの前庭でオルカスと手を繋いで魔力を操り、魔術行使の感覚を教えていた。
「やってみて」
「うん……ハアァァッ!」
シュボッ!
次の瞬間オルカスの手からは野球ボールほどの大きさの火の玉が現れる。そして火の玉はすぐさま的にしていた大岩に向かって一直線に飛んでいった。
ポスッ……。
「できた……できたよ姉さん。僕生まれて初めて無詠唱で魔術を使えたよ!」
岩には焦げ一つつかなかったが、無詠唱で魔術を行使できたことに満面の笑みを浮かべるオルカス。私は弟のあどけなさの残る紳士的な微笑み方に、将来確実にモテるだろうな、と思いつつ頷いた。
「上出来よ、オルカス」
「シルヴィアお嬢様。そろそろ私兵たちと訓練の時間では?」
「そうね」
ノアの声を聞き、私はオルカスに軽く手を振った。
「オルカス、私はいくからね」
「うん。姉さん、また明日も魔術教えてよ!」
「ええ、わかっているわ」
そうして私は前庭にオルカスを残して、私兵たちが訓練している中庭へと向かった。その途中、
「あのっ、シルヴィアお嬢様……これどうぞ」
廊下でアンナが、藁で作られたバスケットを差し出してきた。その中には、彩りの良いサンドイッチがいくつも敷き詰められている。
「ありがとう。でもどうして?」
「それは、その……お嬢様は忙しくていつも昼食を摂るのが遅くなるって聞いたので……」
茶髪のおさげを弄りながら、耳まで赤くしたアンナがしどろもどろに話す。
この子可愛い……。
自分より背の低いアンナを見つめていた私は、廊下の先から覗く視線に気付き顔を上げる。すると、廊下の曲がり角辺りでこちらを見ていたマーザはお辞儀をし、その場を去った。
なるほどね。アンナや他の貧乏な家庭のメイドたちがユーミーに怯えずに済むようになったのと、お父様も彼女たちに謝礼金を払ったからそのお礼なんでしょうね。
「あの、シルヴィアお嬢様。それ、わたしが作ったものなんです……だからその、美味しくないかもしれないので食べなくても──」
パクッ!
アンナの心配をよそに、私はバスケットからサンドイッチを一つ取り出し一口食べた。
柔らかい口触りに、新鮮な野菜の味が染み渡る。それと共存するように、ベーコン代わりの薄切り肉から程よいコクが伝わってくる。
美味しいじゃない。謙遜することないのに。
「お嬢……様?」
黙々とサンドイッチを口に運ぶ私を見て、アンナは心底不安そうにしている。
「アンナ」
「は、はい!」
ビクッと肩を跳ねさせるアンナ。そんなアンナに私は、サンドイッチを一つ差し出した。
「アンナも食べてみなさい。あなたは自分の料理の腕にもっと自信を持った方がいいと思うわ」
私の言葉にアンナは、パアァッという効果音が似つかわしいような笑顔を浮かべ、胸を撫で下ろした。
「ありがとうございますシルヴィアお嬢様!」
アンナは勢いよく腰を九十度に折り曲げ頭を下げると、サンドイッチも受け取らずにルンルンとスキップをしながら曲がり角へと消えていった。
私は生き生きとしたアンナの様子に驚きつつ、やり場をなくしたサンドイッチをノアに差し出す。
「ノアもアンナのサンドイッチ食べない? 多分私一人だと食べきれないと思う……の」
私は思わずギョッとした。なにせサンドイッチを見るノアの目が、獲物を追うライオンのように鋭かったのだ。
「……それならいただきます」
猫のような目でサンドイッチをじっと見つめたまま、ノアはサンドイッチを手に取り一瞬でふた齧り。ノアの意外な行動に、私は驚きを隠せなかった。
「え、ええ……。ノア、もしかしてサンドイッチが好きなの?」
サンドイッチ一つを丸ごと口に入れたノアは、無表情のままサンドイッチを満足するまで味わうと、ようやく私の問いに答えた。
「はい。大好きです! この屋敷に来て、サンドイッチを初めていただいた時の衝撃は今でも忘れられません!」
*********
明日は午前八時半までには投稿します
*********
この話を読んでいただきありがとうございます!
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と思っていただけたら、
ブックマーク登録や、
↓の「☆☆☆☆☆」をタップして、応援していただけるとうれしいです!
星はいくつでも構いません。評価をいただけるだけで作者は幸せです。




