38.メイガストの激怒
「メイガスト……?」
メイガストの怒声に、意気揚々と私とアンナとノアを罵っていたユーミーの顔が引き攣る。そんなユーミーに、メイガストは心からの軽蔑を表す。
「おまえがそんな恥知らずな女だとは思わなかった」
冷淡な声色で放たれた言葉に、ユーミーは口元をワナワナと震わせ焦りを浮かべた。そしてメイガストが着ている、細やかな金の刺繍が施された黒のコートにすがりつく。
「ごめんなさいメイガスト。わたくし、今は気が動転していて自分でも何を言っているのかわからないんですの」
そう言うとユーミーは目に涙を浮かべ、メイガストにあざとい上目遣いを送る。
その歳でその仕草はさすがにキツい……。
「白々しい……」
私がユーミーに辟易していると、メイガストは怒りに顔を引き攣らせ、力んだ握り拳を震わせる。だがそれでも、メイガストは必死に怒りを抑え、紳士的に証言を募る。
「シルヴィア。おまえは最近のユーミーを見てどう思った?」
「そうですね。最近は日に何度もちょっかいを掛けてくるので、ユーミーお義母様には少しうんざりしていました」
皮肉をこめた視線をユーミーに送ると、
「喋ったら殺す」
と言わんばかりの血走った目で見返された。メイガストはメイガストで目を細め、
「ちょっかいとはなんだ?」
と抑えきれない怒りを滲ませた低い声を発した。
「貧困した家庭のメイドたちを脅して私の食事に毒を入れさせたり、ナイフを持たせて寝込みを──」
「それは……本当か?」
メイガストの視線がアンナに向く。アンナはメイガストの爆発寸前の怒りに怯えながらも、首をブンブンと縦に振る。
「ゲイン?」
「あ、ああ。俺も見ましたぜ。シルヴィア……お嬢様が奥様に突き飛ばされるとこを」
「ノア?」
「はい。あたしは、シルヴィアお嬢様の頭上から奥様が花瓶を落とす現場と遭遇いたしました」
メイガストの視線はアンナからゲイン、ゲインからノアへと移りゆく。その間、メイガストの怒りは限界を超えて膨れ上がっていった。
その様子に焦ったユーミーは震える声を早口にして弁明を始めた。
「これは違うのですメイガスト。わたくしはそのようなこと、一度もしておりません!」
全く無反応のメイガストに、ユーミーは語気を強め、さらに早口になる。
「わたくしは学生の頃よりメイガストをお慕いし、尽くしてきたではありませんか。付き合いが長く、何より伯爵家出のわたくしよりも、そこの平民たちや年端も行かない娘の戯言を信じるのですか?」
必死の形相で語るユーミーを無視して、次にメイガストはオルカスに視線を送った。
「オルカス。おまえも何か見たか?」
名前を呼ばれたオルカスは、ユーミーをチラリと見て、一瞬ためらうような表情を浮かべた。しかしすぐにメイガストに向き直ると、まだ幼いオルカスには似つかわしくない、けれどもカリスマ性を放つ芯の通った目で口を開いた。
「最近のお母様は──ユーミーは姉さんのことを目障りだと言って、何度も姉さんを殺そうとしていました」
「オルカス……?」
ずっと自分の味方であり続けると思っていたオルカスが私に味方したことで、ユーミーは私でさえ惨めに思えるほどの泣き笑いを浮かべる。
「そうか……ユーミー、おまえは我がレイネル公爵家の人間で、私はこれまでおまえの実家とも良い関係を築いてきた。だからできることなら穏便に済ませたかった……済ませたかったのだが、これはもう擁護しようがないぞ」
メイガストはそう言ってすがりつくユーミーを無造作に振り払うと、ゲインに剣を渡すよう指示する。そうしてメイガストは剣を受け取り、鞘から引き抜いた。
部屋の灯りが剣の刃を鈍く輝かせる。その銀色の光を見て、床に倒れ込んだユーミーの顔からはみるみる血の気が引いていった。
「ユーミー、おまえは私の愛しい娘を殺そうとした。これは許されないことだ。……せめてもの情けに、私自らの手で処刑してやる」
「どうして……待って。メイガスト! まだわたくしは死にたくない……」
メイガストはユーミーの命乞いにも耳を貸さず、両手で剣を握り上段に構えた。
「残念だよ、ユーミー」
メイガストは蔑視を向けたままユーミーに向かって剣を振り下ろす。歴戦の騎士のようにサマになっているメイガストの一閃は、正確にユーミーの首を切り落とした。死したユーミーの顔は、絶望に満ちて固まっていた。
「……ゲイン、後を頼む」
「りょ、了解です」
剣をゲインに返したメイガストは、アンナの目を覆っていた私に向き直る。アンナをノアに任せて、私も立ち上がり、メイガストを見やる。
その途端、メイガストは膝から崩れ落ちるようにして私を抱いた。
「すまなかったシルヴィア……私がもっと早くユーミーの悪感情に気付いていれば、おまえを危険に晒さずに済んだというのに……おまえが殺されそうになっている時に私は、おまえの父として何もしてやれなかった」
やっぱりお父様は優しい……暗殺者やらユーミーが暴走したやら、お父様も頭の中の整理がついていないはずなのに。
「そしてありがとう。シルヴィアが生きていてくれて本当に良かった……」
少し過保護だけど、不思議とうざいなんて微塵も思えない。
私は父の腕の中で少しはにかむ。
「ありがとうございます。お父様」
私は今、私のために怒り、一喜一憂してくれる父親の元に生まれ変われて良かったと、そう思った。
***
明日は午前十時頃に投稿します
***
この話を読んでいただきありがとうございます!
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と思っていただけたら、
ブックマーク登録や、
↓の「☆☆☆☆☆」をタップして、応援していただけるとうれしいです!
星はいくつでも構いません。評価をいただけるだけで作者は幸せです。




