37.義母の逆恨み
「あなたたち! このわたくしをどれだけ待たせれば気がすむの? 助けに来るのが遅いのよ! シルヴィア、あなた剣を嗜んでいるくせにふとどき者程度を相手にこんなに時間をかけるなんてどう言うことよ!」
ビンダを防いだ私の手を振り解いて、ユーミーは蔑むような目で見下してくる。
「ほんと、どこまでも役立たず……無能は無能らしく、家のために政略結婚だけしてあとは大人しくしてればいいのよ!」
ユーミーはもう一度手を振り上げ、私に平手打ちを放とうとしたその時、
「僭越ながら奥様! この度の件は全て俺たち私兵団の不手際で起こったこと。シルヴィアお嬢様を責めるのはおやめ下さい」
ゲインはレイネル公爵家の騎士として、私とユーミーの間に割って入った。だが、ユーミーの怒りは収まることを知らずに、矛先はゲインへと向く。
「ゲイン、あなたもあなたよ! そんなクズみたいな子の戯れに付き合って、それで屋敷に侵入を許すなんて……これだから腕っぷしだけの冒険者上がりは信用ならないのよ」
「返す言葉も、ございません……」
頭を下げ、唇を噛み締めるゲイン。ユーミーは扉の陰に隠れていたアンナと目が合うと、火に油を注ぐように、さらにユーミーの怒りは湧き上がった。
「このわたくしを差し置いてあんなメイドを先に助けたの? あなたたちはこの高貴で気高く美しいわたくしの命の価値が、替えがいくらでもいる平民ごときの軽い命と同等だとでも言うの? ふざけないで!」
「お母様、いくら何でも言い過ぎ──」
オルカスの声も今のユーミーには届かず、次の標的はノアに定まる。
「それにあなた、メイドのくせして強すぎないかしら? こいつらの仲間なんじゃないの? シルヴィアが連れてきた時点で信用できないのよ」
そう言うとユーミーは穢らわしいものでも見るような目でノアを見て、ノアから距離を取る。そしてゲインに向き直ると、苛立った声を上げた。
「ゲイン、一度だけ汚名返上の機会を与えてあげる。その怪しいメイドを切りなさい。そうすれば、あなただけは我がレイネル公爵家の私兵として残してあげる」
「はっ?」
ゲインは目を見開き固まって動かない。そんな彼にユーミーは、
「早くなさい!」
と一喝。仕方なく言われるがままに剣を構えたゲインだったが、何の感情も見せないノアと目が合って、どうしたものかと迷っていて動かない。
もういいわ。お父様に風評被害が及ぶかもしれないと自重していたけれど、ノアを殺すつもりなら話は別。せっかく見つけた協力者を殺されるなんてごめんよ。
私は目を細め、気付かれないように剣先を徐々に上げていく。そこから腰を落として重心を下げ、今にも飛び掛かろうとしたその時、一人の嘆きが部屋中の視線を集めた。
「ユーミーおまえ、今までずっとそんなことを思っていたのか? おまえは、誰にでも優しい器の広い人ではなかったのか……」
「メイガスト?! どうして? 今日は遅くなるはずじゃ……」
父メイガストの登場に、私はこっそり構えを解く。メイガストは手で顔を覆い、悪夢でも見ているかのように顔を顰めていた。
「ユーミー、なぜおまえは自分の命を救ってくれた者たちに感謝もせずに罵倒することができるのだ……その上、命を奪おうなどと……」
「いえその……だって屋敷に侵入者を許したのはこの者たちの不手際なのですよ? わたくしの命を救うのは当然で、処罰を受けるのも当然でしょう?」
「確かにその部分だけは概ねおまえが正しいよ。だがね、ゲインはおまえを助け謝罪することで、すでにその不手際に対する責任は果たしている。それに、処罰の内容を決めるのは私であり、おまえではない」
ユーミーが持っていた唯一の正論は、メイガストのより正しい正論で押し返された。するとユーミーはせきを切ったように暴論を捲し立てる。
「だからと言って、この屋敷でメイガストの次に重いわたくしの命よりも、そこのメイドやシルヴィアの命を優先するなんて職務怠慢よ!」
「……」
掛ける言葉が見つからないとばかりに、メイガストは眉間を指で押さえ青い双眸を閉じる。だがユーミーはそれを無言の肯定と受け取ったようで、彼女の聞くに耐えない暴論侮蔑はヒートアップしていく。
「だいたい、そこの小さいメイドなんて賃金をひと月抜きにすると言っただけで何でも言うことを聞くような守銭奴なのよ。そんな意地汚い娘、大人なる前に死んだ方が世のためよ!」
ユーミーはアンナを侮辱し、心底見下した目で小さな女の子を睨みつける。
「ひっ……」
鬼の形相で睨まれたアンナは扉の陰で崩れ落ち、壁に寄りかかりながらもガクガクと震え出す。だがユーミーは我関せずといった態度で踵を返し、ノアを指差した。
「あなただって死んだ方が良かった。シルヴィアが連れてきたという時点で怪しいのに、そんなナイフを隠し持っていたなんて怪しすぎるわ。あなた、屋敷の中にいるだけで不愉快なの! さっさと死んどきなさいよ!」
シルヴィアはユーミーの罵詈雑言に何も反論せず、ただじっと白い目を向けていた。
この老害おばさん、いつまで話すつもりかしら? そろそろ我慢の限界なんだけど……。
内心ため息を吐いていると、ユーミーはズカズカと私に歩み寄り、私の銀の髪を力任せに引っ張った。
「そしてシルヴィア、あなたが一番ムカつくわ! 前妻の子のくせに、いつまでもいつまでもこの屋敷の中心に居座って……あなたの顔も髪も姿も何もかもどんどんあの女に似てきて……うんざりなのよもう! 今すぐわたくしの視界から消え──」
「ユーミー!」
この時、私は父親の怒鳴り声を初めて耳にした。
いつも冷静で温厚な父の姿はどこにもなく、今やメイガストの顔にはユーミーに対する憤りと侮蔑のこもった表示が浮かんでいた。
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明日は十三時頃に投稿する予定です
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